第十五章 ③八大万能龍神
出雲大社・ご本殿。
結界上。
ふと凛花はぐるりと周囲を見渡す。
いつの間にか絢爛美々たる龍神たちに囲まれていた。
色とりどりの龍神たち。
言葉で言い表せぬほど鮮麗だ。
嘆息して見惚れてしまう。
コン太は感心する。
「それにしても凛花は凄いな!
この短期間に!
『八大万能龍神』のうち。
七体とまみえてしまうなんてさ。
まったく『龍たらし』だなあ」
凛花は首を傾げる。
「八大万能龍神?」
「知らないっけ?
ではでは!
八大万能龍神について説明しよう!
表の龍王一族の三尊。
裏の龍王一族の三尊。
そして、そして!
ジャジャーンッ!
この呂色九頭龍神在狼だぜっ!
あれれ? それじゃあ合計七体だって?
イヒヒッ! もう一体はさ!
ウーム……、それはまたあとでねえ?」
「……。うん」
凛花はあともう一尊が気になった。
いきなりコン太のレクチャーが始まる。
「聞いてくれよ!
『万能龍神』を名乗ることは簡単ではないんだ。
その条件は異常なまでに厳しいんだよ。
多くの特殊能力を習得して使いこなす。
さらには判別魔眼を磨く。
龍神界のリーダーとしての品格を具える。
そうしてさらに!
難易度マックスのテスト!
そのすべてをクリアーしなければならないんだ」
「わあっ、そうなんだ」
凛花は万能八尊に敬服する。
「なんと言っても!
一番の障壁はカリスマ神霊獣使いのジャッジだ。
イレーズは空恐ろしいまでに厳格だ。
あいつの超絶シビアな実技テストをクリアする……。
それはそれは雲をつかむよりも難しい!
至難の業なんだよ」
コン太は続ける。
「そうそう!
龍蛇神王の膚はさ。
漆黒色がベースなんだけどさ。
黄金色、緋色、貝紫色、至極色。
それから真珠色・呂色。
それに加えて『藍方色』の色彩が織り込まれている。
これは八大万能龍神のカラーが投影されているんだよ。
つまり燦紋さまは八色の蛇ってわけ」
凛花は瞳を輝かす。
「あ、確かに八色だ!
わあ、燦紋さまっ、とっても美しいです!」
燦紋は照れ臭そうに笑う。
「そうかね? 嬉しいねえ」
イレーズは考え込む。
周囲の様子を客観的に観察する。
静黙して分析する。
……それにしても不思議な女だ。
聖なる神域の中に溶け込んでいる。
気難しい龍神たちと気さくに談笑している。
いつの間にか。
燦紋やユウイまでもが心を許している。
ときに潔癖であり残忍である表裏の龍王一族とコン太。
見事なまでに懐柔されている。
龍使いの周りには笑顔が溢れている。
再度。
龍使いの潜在意識を透視解析してみる。
……やはり。
濁り、穢れはない。
人間特有の媚び、駆け引き、打算が存在していない。
龍神への尊敬と親愛の情に満ちている。
もしかすると。
龍蛇神王燦紋やコン太の言う通り。
屈託のない聡い龍使いが現出したというのか……。
不本意ながら。
納得せざるを得なかった。
コン太が声をかける。
「それでさ、おいらたちは今日から七日間。
十九社に宿泊するからさ。
凛花は赤煉瓦ベルでお留守番だよ」
「うん、大丈夫。
ちょっとだけ寂しいけどね」
「あっ、そうだ!
今日の分の神議が終わったら送り届けてやるからさ。
それまで出雲観光すればいい」
ノアも同意する。
「そうね! せっかくの機会だしね。
神在月の出雲を楽しむといいわ」
「え? 観光してもいいの?
だけど送ってくれなくても大丈夫!
自分で帰れるよ」
「もうっ、凛花ったら!
たまには親友に甘えなさい」
「そうだよ。
日暮れまで時間をつぶして待っていておくれよ。
所沢まで一瞬で送ってやるからさ」
「うん……。
じゃあわかった。ありがとう」
凛花は頷いた。
カミハカリの刻が近づく。
出雲に数多の神々が参集する。
そこに富士五湖の乱波五大龍神がやって来た。
本殿神域。
乱波は驚愕して慌てふためいた。
結界上に。
カリスマ神霊獣使い・イレーズの姿がある!
一目散にすっ飛んでいく。
足元に畏敬してひれ伏した。
続いて。
表裏の龍王一族に挨拶をした。
ふと。
乱波は龍使い・凛花を見つけた。
「おおおっ! 凛花アァ!
来ていたのかい? 凛花アァ!」
「わあっ!
サイロン、ショウロン、カワロン、モトロン、ヤマロン!
奥様たちも! 会えて嬉しい」
強面屈強龍神が擦り寄る。
順番に並ぶ。
龍頭と龍宝珠を撫でてもらう。
「この前は御馳走さん!
今日はすぐに帰るのかい?」
「ううん。
これから出雲観光するの」
「そうかっ。それは良いな。
また遊びに行っていいかい?」
「もちろん!
次は鍋パーティーしようよ!
モトロン、ショウロン、カワロンの好物の太巻き寿司を作るね。
あとはサイロンとヤマロンの大好物!
実家から『みかん』をいっぱい送ってもらうね!」
「おお! 良いねえ!
やったね! 楽しみだ」
イレーズは眉間にしわを寄せる。
……なんだ? 〇〇ロンって……。
まさかあの女……。
乱波にあだ名をつけたのか?
可笑しなあだ名だ。
まるで麻雀牌だ……。
それにしても。
気性の荒い乱波たち……。
なぜ激昂しない?
なぜ嬉々としている?
なぜ、子供のように甘えている?
もしやすでに懐柔されているのか?
あまりに奇天烈な光景だった。
フッ……、
イレーズは思わず笑みをこぼした。
コン太は仰天してのけぞる。
ほんの少し、口角をあげたのを見逃さなかった。
「おいおいおいおい!
ノア、見てみろよ!
イレーズが笑ったぞ?
いやはや、いやはや。
これはなかなか……」
「……うそ?
初めて見たわ……」
「あっ、ヤバい!
もう時間だ」
コン太は凛花を背に乗せる。
瑞垣の門。
八足門前方の地面に降ろした。
「じゃあ、また後でねえ?
夕方まで遊んでいてねえ!」
「うんっ!
いってらっしゃい」
「それじゃあねえっ!
本殿を参拝し終えた帰路の境内は、
右側を歩くようにねえ!」
そうして八百万の神々は。
七日間神議『カミハカリ』に向かっていった。




