第十四章 ③神在月の出会い(イレーズの心情)
出雲大社・ご本殿上空。
イレーズは苛立ちを隠せない。
龍使い女を冷ややかに見下ろす。
眉をひそめた。
……目障りだ。
コン太は有能な龍使いだと言っていた。
だけど俺は認めない。
人間の女とは。
不快極まりない醜悪生物だ。
打算的で利己的、邪念の塊だ。
隙あらば。
色目を使って擦り寄ってくる。
あわよくば。
取り入ろうと諂って媚びてくる。
無遠慮で厚かましくて虫唾が走る。
もしもこの女が。
邪な感情を抱いたならば抹殺する。
微粒子レベルに粉砕する。
木っ端みじんにしてやる!
…………?
おかしい。
先入観に齟齬が生じている。
私見に違和感がある。
疑念解明のため龍使いを観察する。
感応透視と数値的分析を開始する。
瞬時に数値データが算出された。
…………?
おかしい。
この龍使いの女、おかしい。
フィールリズムの目盛りが最大値を振り切っている。
私利私欲に塗れた俗世(人間界)に身を置いているはず。
それなのに。
他利の心に満ちている。
なぜだ?
なぜ心奥が澄んでいる?
なぜ打算を芽生えさせずにいられる?
日夜に欲望を消滅させているとでもいうのか?
この女が放つ瑞光オーラに穢れはない。
澱みのない精神を維持している証拠だ。
どうやら好意的類型であることは間違いないらしい。
コン太は『特別な龍使い』だと言っていた。
もしやそれは。
その通りなのかもしれない……。
イレーズは微かに興味をそそられた。
いつの間にか。
龍使い・凛花への嫌悪感は薄らいで和らいでいた。
コン太はイレーズの心情変化を敏感に察知した。
「あれれえ?
冷淡非道のイレーズが珍しいねえ!
嫌悪感、かなり薄いみたいだねえ?
もしかして!
凛花を気に入ったのかい?」
ギロリッ!
イレーズはコン太を睨み付けた。
そして初めて言葉を発した。
「コン太、うるさい。
少し黙れ……」
コン太はからかい口調で畳みかける。
「イヒヒッ!
なんせ凛花は龍神界のアイドルだからねえ?
憎めなくって可愛いよねえ?」
「……関係ない」
「だけどさあ?
あんまりそれほどぜんぜん!
嫌悪感を感じないよ?
もしかしたら!
ふたりは仲良しになれるんじゃないかい?」
コン太はにんまりする。
イレーズに巻き付いて甘え始めた。
「イレーズゥゥッ!
おいらとは仲良くしておくれよ!
久々に会えた親友なんだからさあ!
頭を撫でて可愛がっておくれよ。
なあ、イレーズゥー!
よしよし、って。
撫でておくれよ」
「よせ! くっつくな!
馴れ馴れしい!
ふざけるな! 調子に乗るな!」
「だってさあ?
滅多に会えないんだよ?
おいら嬉しんだよ!
イレーズに会えてさあ。
嬉しくってたまらないんだよ!
だから頼むよ!
頭を撫でておくれよ」
「…………。」(撫でる)
イレーズはコン太の頭を撫でた。
コン太は嬉々としてじゃれつく。
「イヒヒッ! ありがとっ!
イレーズゥ!
やっぱりやっぱり!
大好きだよおっ!」
「……ばか」
凛花は感嘆する。
「わあっ!
コン太とイレーズさんは本当に仲良しなのね!
親友なのね!
私もノアのことが大好き!
おんなじね」
ふわり、
そよ風が吹き抜けた。
どこからともなく真珠色龍神ノアが現れた。
「ふふ、私も凛花が大好きよ!」
ノアは凛花に頬ずりをした。
コン太は口を尖らせる。
「まったく相変わらず仲良しだねえ?
おいらの存在、忘れないでおくれよ?」
凛花は心配して問いかける。
「ノア!
体調は大丈夫?
一身上の都合って?
どこか具合が悪かったの?」
「ええ、体調は大丈夫よ。
元気だから安心して」
「本当に? もう平気なの?
……良かった」
コン太は暴露する。
「イヒヒッ、実はねぇ!
ノアはこっそり護衛をしていたのさ」
「護衛……?」
ノアは気まずそうに呟く。
「だって、……凛花の命が危ないでしょう?」
「……えっ? そうなのっ?」
「だって!
今年の神議。
イレーズが来臨するのよ?
何としてでも守らないと!」
「…………?」
「瞬殺されたらお終いなのよ?
だからもしも凛花に危険が及んだら!
挺身するつもりだったの……」
コン太はケラケラ笑う。
「まったく無謀だよねえ?
それに残念ながらさ!
イレーズに見破られていたよ?」
「え? ばれてたの?」
「まあそれは無理もないさ。
相手は超天才のイレーズだからねえ?
すべてお見通しってわけ!
とはいえ。
凛花は無事だったし。
結果オーライ!
よかったねえ」
凛花は感激する。
「ノア、ありがとう。
私のことを心配してくれたのね?
身を挺して守ろうとしてくれていたのね?
それで時間差で出雲に来たの?」
「ええ……。
でもね、理由はそれだけじゃないの。
今朝コン太が言っていたでしょう?
一身上の都合って……。
実は私、イレーズが苦手なの。
だから会うのが怖くって……」
「ええっ? どうして?」
ノアはチラリ、
イレーズを窺い見る。
「イレーズは比類なきカリスマよ?
八百万の神々から尊敬されているわ。
宇宙一の美貌の持ち主よ?
天人天女や神霊獣よりも美しいといわれているわ。
だけど……。
感情が読めなくて怖いのよっ!
いつも不機嫌だし。異常に不愛想だし。
気難しくて厳しくて! 冷たくて寒くて!
イレーズの近くにいたら氷河期の再来よ!
みんな凍えて死んじゃうわっ」
ノアは憤慨する。
コン太は笑う。
「だけど決して!
悪い奴じゃあないよねえ?
いつだって任務は完璧だしさ。
……優しくはないけど」
「まあ、確かに。
誰よりも頼もしい存在なのよね。
芯がブレないから安心だしね。
……優しくはないけど」
「ふふっ。
コン太もノアも甘えん坊の子供みたい。
ふたりともイレーズさんを信頼しているのね。
大好きなのねっ」
「イヒッ! ウヒッ!
照れるなあ!
実はそうなんだよ。
なんだかんだイレーズは真っ直ぐな男だしさ。
おいらたちを正確無比に理解してくれている。
まあ、びっくりするほど笑わないし?
親切ではないけどさ。
だけどみんな尊敬しちゃって敬慕しちゃってさ。
結局ものすごーく!
イレーズのことが大好きなんだよねえ」
ノアは首肯する。
「ちょっと悔しいけど。
イレーズの見解に狂いはないの。
いつだって極致なのよ。
本当に非の打ち所がないカリスマなの」
スリスリ、
コン太は頬ずりする。
「イレーズ!
あとでいっぱい遊んでおくれよ?
絶対に逃がさないからねえ?」
イレーズはため息をつく。
肩をすぼめて呆れ顔をした。
凛花は威儀を正す。
深々と頭を下げる。
「厚かましいですが。
謝意を伝えさせてください。
私は今日。
天上界から大きなはからいを頂戴いたしました。
燦紋さまとイレーズさんに会わせていただけました。
一期一会のご縁をいただきました。
身に余る光栄な出来事でした。
ありがとうございました」
コン太は問いかける。
「へええ?
一期一会かい?
それじゃあ今日が最初で最後ってことかい?
イレーズとは、もう二度と会えないってことかい?
それじゃあ寂しいねえ?」
「うん……。
だけどもう願いは叶っちゃったの」
「ふーん……。
だけどさあ?
もしかしたら!
『友達』になってくれるかもしれないよ?」
「わわっ!
そんなのとんでもないよ!
燦紋さまに家族として握手していただけた。
そしてイレーズさんのお姿を拝すことができた。
もう幸せ過ぎるよ」
「イヒヒッ!
そうなのかい?
相変わらず欲がないねえ?」
するり、
『裏龍王』夫妻が現れた。
黄金龍王トールと緋色龍神ミュウズである。
ふたりは表龍王とイレーズに頭を下げて挨拶した。
燦紋は笑顔で応えた。
スッ!
イレーズが右手を高く掲げた。
するとどこからともなく。
雅やかな二尊の龍神が姿を現した。




