第十四章 ②神在月の出会い(出雲大社本殿)
稲佐の浜。
灰色の雲が風に流されてゆく。
朝の空に薄日が差し込んだ。
いつの間にか。
細雨は降り止んでいた。
コン太は気まずげに呟く。
「凛花、ごめんよ?
冷たくされて傷ついたかい?」
「ううん! 大丈夫っ。
自分の想像(お爺さん)と違ったから。
少し驚いたけど……」
……密かに憧れていたカリスマ神霊獣使い。
仙人のお爺さんではなかった。
勇ましく豪胆な猛者でもなかった。
若くて美しい男性だった。
……追慕していた神霊獣使いに会えた。
だけど残念なことに嫌われてしまった。
友達になっていただくのは難しいようだ。
本音を言えば。
心はわずかに消沈している。
イレーズさんは不機嫌オーラ全開だ。
纏う空気は鋭角的で刺々しい。
嫌悪と拒絶の刃を突き立てている。
冷めた瞳から不快感が滲み出る。
押し黙って眉ひとつ動かさない。
煩わしさ。
忌々さ。
排斥の意志。
明々と表明している。
稲佐の浜から。出雲大社に向かう。
空上移動する。
カリスマ神霊獣使い・イレーズはコン太と並んで歩いていく。
結界上を歩くのは眩い光を放つ長身美男子だ。
伽羅色の髪を靡かせて飄々と歩く。
その後ろ姿も美しい。
摩訶不思議な光景だ。
大地は赤々とした日輪に照らされた。
第二の精溜の大鳥居(木製・コルテン製)をくぐる。
凛花を背に乗せたコン太が説明する。
「神在月の出雲大社の空上にはさ。
透明結界が張り巡らされている。
だから地上の人間からは神々の姿は見えない。
まあ遥か高き天界からは。
よく見えるらしいけどねえ?」
ストン、
凛花は地面に降ろされた。
コン太は人間に化身する。
「さあ、これから参拝だ。
ほらほら!
イレーズも一緒にお参りしようよ!」
「…………」(無視)
イレーズは脇目も振らず、さっさと行ってしまった。
コン太はおどける。
「まったく愛想が無くてしょうがない奴だなあ。
じゃあ凛花、
おいらとふたりでお参りしよっか!」
「うんっ!」
神迎の道。
下り参道の左側を歩く。
まずは参道右手にある『祓社』を参拝する。
人間界にいる限り穢れは生じる。
『二礼四拍手一礼』。
心身を浄めた。
コン太が示教する。
「出雲大社の作法では四回手を合わせるだろう?
それは『一霊四魂』。
四神魂に敬意を示すってことなのさ。
まあそうだな。
四アワセ!
そう覚えておけばいい。
五月十四日の大祭礼の勅祭ではさ。
無限∞を意味する八拍手をするんだよ!
天上界に向かって『八開手』の作法でさ。
無窮の拍手を貴き神々に捧げるんだ」
「わあ、素敵だね!
特別な日なんだね」
「もちろんそうさ!
それにしても『無限』っていいよねえ?
なんだか広くて大きくてかっこいいよねえ?」
「ふふっ、
かっこいい!
コン太のレクチャーは分かりやすくって助かるな」
第三の中の大鳥居(鉄製)をくぐる。
通行禁止の松の馬場(参道)をそっと眺める。
左の。
因幡の白兎伝説の御慈愛御神像。
右の。
み魂をいただくムスビの大国主命大神御神像。
左右を見上げて拝した。
第四の鳥居(銅製)をくぐる。
荒垣内の拝殿のしめ縄が見えてきた。
八足門手前に到着した。
二礼四拍手一礼。
出雲の作法に則って。
日頃の感謝を心中に念じた。
(今日もとっても幸せです。
いつもありがとうございます)
くるり、
コン太は呂色九頭龍神の姿に戻った。
「通常はさ。
八足門に入ることは許されない。
だからほら、おいらの背中に乗って」
凛花は龍神の背に乗った。
そうして。
八足門を飛び越えた。
ご本殿の屋根を眼下に見下ろす。
出雲大社・ご本殿上空。
コン太は空上静止した。
透明結界上に。
すでに先客が居るのだ。
それはカリスマ神霊獣使い・イレーズ。
それから『小さな龍神』だった。
凛花は小さな龍神に特別な威厳風格を感じる。
深々、拝礼した。
四人は正対して向かい合う。
コン太は威儀を正して言葉を発する。
「紹介するよ!
こちらに居わすのは龍神界の表龍王!
『龍蛇神王燦紋』さまだ。
実はさ。
ノアのパパ、黄金龍王トールは『裏龍王』なんだよ」
凛花は驚く。
「龍王様は表裏の二体、
いらっしゃるってこと?」
「その通り!
だけど表龍王には滅多に会うことができない。
カミハカリが行われる七日間しかまみえることができないんだ。
凛花は未來王からの下命によって対面が許された。
是・契約者たちに見返りを求めずに与え続けた。
その積み重ねによって、今日の対面が実現したのさ」
凛花は感激する。
そして再度拝礼する。
「はじめまして。凛花と申します。
表龍王・龍蛇神王燦紋さま!
お会いできて光栄です」
「うむ。
我は龍蛇神王燦紋である。
凛花は働き者の龍使いだと聞いているよ」
「ありがとうございます。
燦紋様は小柄で可愛らしい龍王様なのですね。
黒色の膚の中に鮮やかな何色もの色彩が輝いていています。
空に架かる虹のように美しいです」
燦紋は問う。
「ふむ。龍神は怖くないかね?」
「恐れながら申し上げます。
龍神たちは私にとって大切な家族です。
怖いどころか……。
可愛くて仕方ありません」
「ほう……。かわいい、か。
それはそれは! 良かったなあ。
これからも龍使いの任務を頼んだよ」
凛花は深々頭を下げる。
「この肉体が消滅する瞬間まで。
お仕えさせていただく覚悟です。
ですが燦紋さま。
私は龍使いと言っても名ばかりです。
日々、ノアとコン太に甘えてばかりです」
燦紋は問う。
「なぜ、そう思うのかね?」
「情けないですが。
まったく知識が足りていません。
龍使いとして知識を得たいのですが。
どこで学べるのか分からないのです。
ですがいつか!
龍神界の一員としてお認めいただけるように!
精一杯、努力精進いたします。
至らず申し訳ありません……」
龍蛇神王燦紋は目を丸くする。
それから声を上げて笑った。
「龍使い・凛花よ。
龍神界ではとっくに家族として認めているぞ?
では、かわいい凛花。
家族として握手をしよう」
「ええっ?
あっ、ありがとうございますっ!
光栄です。
ううっ、うっ……」
凛花は瞳を潤ませた。
表龍王・燦紋と握手を交わした。
燦紋はイレーズに囁く。
「屈託のない聡い龍使いだな。
イレーズもそう思わんか?」
「…………。」
イレーズは憮然とする。
表龍王の問いかけに対しても諾否の返答すらしない。
微妙な空気だ。
イレーズは一切表情を緩めない。
ツン!
不機嫌顔でそっぽを向いた。
コン太はお構いなしに喋り出す。
「凛花、聞いてくれ。
イレーズはさ。
表裏龍王はもちろんのこと!
数多の神霊獣を統括している。
さらには八百万の神々の伝統・歴史・呼称・性質。
そのすべてを完璧に網羅している。
B木アルゴリズムってあるだろう?
その索引可能のデータベースよりも速く解答できる!
(質問しても無視されるけど)」
「わあっ!
やっぱりすごいなあ…………」
凛花から心の声が漏れ出ていた。
コン太は笑う。
「イレーズは超絶美形の天才だ。
だけど世界一(宇宙一)の冷淡不愛想だ。
確かにパーフェクト男だけど。
気難しいのが玉に瑕だよな」
凛花はそっと嘆息する。
……確かに美形だ。
容姿容貌が究極なまでに磨き上げられている。
そこはかとなく高貴な空気が漂っている。
これほどまでに洗練された人物を見たことがない。
だけど美しいのは外見だけではない。
並々ならぬ煌めき。
これは内面から発せられるものではなかろうか。
纏う光が聡明澄明、清らかなのだ。
なぜだろうか。
ノスタルジックな親近感を覚える。
イレーズさんはきっと純粋で優しい人に違いない……。
凛花はそう感じていた。




