表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/56

第十四章 ①神在月の出会い(稲佐の浜)

 箱根町元箱根。

 湖畔(こはん)の紅葉が見頃を迎えた。

 九頭龍神社の本宮・新宮には改心した毒龍が祀られている。

 昔々、里人を苦しめた毒龍はもういない。

 鎮座するのは、心優しくユーモラスな縁結びの龍神様である。


 日の出前。

 芦ノ湖は白い霧に包まれた。

 ぐるぐる、水面が渦を巻く。

 ……シュンッ!

 湖の深奥(しんおう)から漆黒の龍神が天高く飛び立った。

 呂色九頭(ろいろくず)龍神在狼(あるろう)が天空を駆け抜ける。

 あっという間に目的地に到着した。

 くるり、人間に化身(けしん)する。

 するり、壁を通り抜けた。


 所沢市・緑町。

 赤煉瓦ベル。

 ここは親友の龍使いと最愛の恋人が暮らすマンションだ。

 コン太が叫ぶ。

 「凛花、起きろ!

 (つい)に遂に時空(とき)が来た! 

 おいらと一緒に出雲(いずも)へ行くよ!」


 早朝六時。

 凛花はすでに起きていた。

 しかしまだパジャマ姿だ。

 「出雲って? 大社(おおやしろ)?」

 「そうだよ! すぐに支度(したく)してくれ!

 早く早く! 大急ぎでっ」

 「わあっ、待って!

 五分だけ待って!」


 凛花は顔を洗って歯を磨く。

 日焼け止めを塗る。

 ざざっと髪を()かす。

 黒のロングワンピースに着替える。

 ネイビーのカーディガンを羽織る。

 財布、スマホ、ハンカチを確認する。

 スナイデルのポシェット(ノアからの誕プレ)を斜め掛けにした。

 準備完了!

 「おまたせっ!」

 「イヒヒ、二百八十秒だ。

 さすが早いな。

 それじゃあすぐに出発だ」


 凛花は疑問を抱く。

 「ねえ、ノアは? 一緒に行かないの?

 めずらしくまだ寝てるけど……」

 ノアは布団にもぐって丸まっている。

 コン太は考え込むふりをする。

 「うーん……、実はねえ……。

 ノアは一身上(いっしんじょう)の都合で遅れるんだよ。

 だけど後から合流するからノープロブレム!」


 凛花は心配する。

 「ノア、もしかして体調悪いの? 

 ……大丈夫?」

 コン太は肩をすぼめる。

 「ノアの心配は無用だよ!

 とにかく先に出発するよ?

 ほらっ、スニーカー履いて」

 「うん……。でも……」

 コン太は恋人に優しく声をかける。

 「ノア、おいらたちは先に現地に行っているねえ? 

 無理して急がなくて大丈夫だからねえ?」


 ノアは布団(ふとん)をかぶったまま返事をする。

 「凛花、必ず後から行くから心配しないで?

 コン太、悪いけどよろしくね」


 コン太は呂色九頭龍神の姿に変化(へんげ)した。

 すっぴん凛花を背に乗せる。

 「それじゃあ、お先にっ!

 しゅっぱぁーーつ!」

 ふたりは瞬間移動(ワープ)した。

 

 大社町(たいしゃちょう)杵築東(きづきひがし)

 ワープして辿(たど)り着いたのは宇迦橋(うがばし)の第一の鳥居(とりい)(石製)の上空だった。

 ときは旧暦神無月(きゅうれき)の十月の十一日。

 新暦では霜月の十一月。

 まさに今。

 出雲地方は『神在月(かみありつき)』である。

 

 昨晩七時。

 稲佐の浜では御神火が()かれた。

 神迎えの神事(しんじ)神迎祭(かみむかえさい)』が(おごそ)かに執り行われた。

 『龍蛇神(りゅうじゃしん)』が八百万(やおよろず)の神々を先導する。

 浜から大社(おおやしろ)へ続く『神迎の道』を進む。

 

 『神在祭(かみありさい)』の祭典では。

 幸縁結びを祈る祝詞(のりと)奏上(そうじょう)される。

 参集した神々による七日間神議(かいぎ)『カミハカリ』が始まる。

 出雲に迎えられた神々たちは長屋造りの『十九社(じゅうくしゃ)』にて七日間滞在(たいざい)する。

 普段は扉は閉じられ遥拝所(ようはいじょ)になっている十九社。

 この七日間だけは神々の宿所として使われ、その扉は開かれる。


 神在祭の神事『カミハカリ』によって。

 八百万(やおよろず)の神々によって。

 未來の方向性が清々粛々(しゅくしゅく)と決定されてゆく。


 人知れず、良縁幸縁が定まりたる。

 人知れず、先々の明暗は分かれたる。

 森羅万象(しんらばんしょう)すべてに新しき道、示さるる。

 

 七日後。

 『神等去出祭(かれさでさい)』が執行される。

 そうして八百万(やおよろず)の神々は帰還する。

 神在祭の七日間議(カミハカリ)は終了となる。


 今日は神在祭の一日目。

 コン太は凛花を背に乗せたまま喋る。

 「これからあいつとの待ち合わせ場所。

 『稲佐(いなさ)の浜』に向かうよ?」

 「うん! 実はね、以前から尊敬していたの。

 だからお会いできると思うと嬉しくて……」

 コン太は困り顔をする。

 「うーん、ごめんよ。

 実はさ、カリスマ神霊獣使いは人間が嫌いなんだよ。

 それも根底から嫌悪軽蔑(けんお)レベル」

 「え? そうなの?」

 「残念ながらそうなんだよ。

 あいつは尋常じゃなく冷たくて、あだ名は『氷河期男』だ。

 つまり、仲良くなるのは至難(しなん)(わざ)、ってわけ」

 「……そっか、わかった。

 お顔を拝せるだけで満足だから大丈夫っ」

 「よしっ、それならオッケーだ!

 それじゃあ瞬間移動(ワープ)するよ!」

 

 大社町杵築北。

 稲佐の浜は出雲大社西方(さいほう)に位置している。

 早朝の空気は森閑(しんかん)として冷んやりしていた。

 天からは(きり)のような細雨(さいう)が降り落ちている。

 白い砂浜は潮が満ちている。

 日本海の波は荒く激しかった。

 

 弁天島の上空に。

 スラリとした長身の男性が浮揚(ふよう)している。

 光沢のある白銀色の束帯布袴(そくたいほうこ)を身に(まと)う。

 烏帽子(えぼし)(かぶ)っていない。

 伽羅色(きゃらいろ)の髪がさらさらと風に(なび)いている。

 どうやら。

 憧れていた()()()はお爺さんではなかったらしい。


 凛花は感激に震える。

 ……なんて、なんて! 神々(こうごう)しいのだろう。

 柔らかな白金色(ホワイトゴールド)の光が放たれている。

 キラキラ、全身が(きら)めいている。

 肌は白く端整(たんせい)な顔立ち。

 髪と同じ伽羅色(きゃらいろ)の瞳は奥行きがある。

 一切の非の打ち所がない、とは。

 途方もなく美しいカリスマ神霊獣使いのことではなかろうか。

 あきらかに世俗(せぞく)とは一線を(かく)している。


 コン太は声を(ひそ)めて説明を始める。

 「凛花、空に浮かぶキラッキラ男が見えるかい? 

 あいつがおいらの愛称『コン太』の名付け親だ。

 未來王の側近弟子、魔導師(ウィザード)四人衆のひとりなんだ。

 四人衆は規格外のジーニアス集団だ。

 (すさ)まじい能力(アビリティ)を有した魔法使いだ。

 彼らを(あざむ)くのは神であっても不可能だ。

 彼らは一瞬で森羅万象(しんらばんしょう)のすべてを暴く。

 超速で読み取って透視分析(データアナライズ)してしまう。

 だから必然的に畏敬尊敬(そんけい)されている。

 八百万(やおよろず)の神々もイレーズに格別なる敬意を払う。

 そもそも神という立場にあっても!

 未來王や魔導師にまみえる機会は滅多にないんだよ」


 コン太はさらに続ける。

 「あいつの名は『イレーズ』。

 イレーズは飛び抜けた天才だ。

 十二天将を(つかさど)る比類なきカリスマだ。

 そして宇宙一の美貌を有している。

 しかし欠点がある。

 異常なまでに気難しくて冷淡不愛想だ。

 要するに!

 凛花と口を聞いてくれるかどうかすら分からないんだ」


 コン太はまとめる。

 「と、いうことで! 今日の対処法は……。

 ウームムム……。

 ま、特に無いんだけどさ?

 まあこんなものか! って慣れてしまえばオッケーさ!」

 凛花は思わず吹き出した。

 「ふふ、承知しました。

 大雑把(おおざっぱ)なアドバイス、ありがとう。

 ちょっと面白かった」


 「まあ、補足だけどさ。

 基本的にあいつは悪い奴じゃない。

 見た目はもちろんだけど、心根も物凄く綺麗なんだよ。

 おいらにとってイレーズは大切なマイベストフレンドだ。

 だから悪いけどさ。

 多少の当たりの強さは耐えておくれよ。

 凛花、ごめんよ。

 おいらが代わりに謝っておくよ……」

 ペコリ、コン太が頭を下げた。

 それは親友への愛で溢れていた。


 凛花は神々に感謝した。

 カリスマ神霊獣使いに会いたい……、密かに祈り続けていた。

 その願いはたった今、叶えられた。

 密かに憧れていたカリスマ神霊獣使いに会えた!

 この目で拝することができたのだ……!


 すうっ……、

 ふたりは弁天島に近づく。

 コン太はカリスマ神霊獣使い・イレーズに声をかける。

 「イレーズ、久しぶりだねえ! 

 ほら、おいらの背に乗っかっているのが『龍使い・凛花』だよ。

 どーぞよろしくねえ!」


 凛花は挨拶する。

 「はじめまして。凛花と申します」

 イレーズは凛花を見ようともせずソッポを向いている。

 「あ、あの……、お会いできて、光栄です」

 「……………………」(無言)

 ツーンッ! プイッ! 

 完全無視だった。

 どうやらよろしく、ではないらしい……。


 コン太が仲介する。

 「おいおいおいおいっ! イレーズ!

 せめて一目だけでもこっちを向けよ!」

 「…………」(無視)

 「ふーん……? へえ? そう?

 それじゃあ! 

 未來王に言いつけちゃおっかな?」


 イレーズは眉間に深くしわを寄せた。

 不快げにため息を()らす。

 そして露骨なまでに渋々(しぶしぶ)嫌々(いやいや)と。

 ちらり、凛花を視界に入れた。

 

 一瞬、ふたりの視線が重なった。


 その刹那、ピリリッ! 

 体内に電流が走り抜けた。

 …………? 

 凛花は首を傾げる。

 不思議な感覚に戸惑った。


 コン太はニヤリ、笑う。

 「さあさあ! 

 大社(おおやしろ)に移動するよ!」

 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ