第十三章 ③命名センス
所沢市・緑町。
コン太はひと仕事を終えた。
そしていつものように赤煉瓦ベルに立ち寄った。
「へいへいっと、ただいまっ！」
「あっ、コン太！ おかえりなさいっ」
部屋の奥から凛花の可愛い声が聞こえてきた。
続いて。
威圧感のある重低音が響いた。
「コン太、おかえりーーーっっ！」
「……んん？
た、ただいま…………？」
恐る恐る部屋の奥を覗きみる。
五人のムキムキ大男。
六畳の居間を占拠している。
なんとなんと！
富士の乱波五大龍神が集結していた。
コン太はダイニングで立ち尽くす。
異様な『団らん図』を注視する。
ほのぼのほのぼの、和気あいあい。
凛花と炬燵で『みかん』を喰っている。
乱波の目元はだらしなく緩んでいる。
その眼差しは。
徹頭徹尾穏やかだ。
荒ぶる強面乱波。
ニッコニコのデレデレだ。
それはまるで。
猫かわいがりしている孫やペットを見つめるが如し！
龍使いへの愛で溢れている。
凛花の弾む声が聞こえてくる。
「みかんの皮はね、
『有田剥き』にすると簡単にむけるよ。
ほらっ、見て見て！ ねっ？」
どうやら。
みかんの剥き方をレクチャーしているらしい。
乱波は凛花に倣う。
ゴツイ手でせっせと皮を剥く。
テーブルの上はみかんの皮で山盛りだ。
「わあ！ モトロン上手！
あっ、カワロン、ショウロン！
白いすじ(アルベド)は取っちゃダメ！
ビタミン豊富だからそのまま食べてね。
サイロン、ヤマロン！
もう食べ過ぎ！
これで最後ね？」
……んんっ？ なんだ？
『〇〇ロン』って？
麻雀牌？
いやいやいや？
それよりも！
乱波を変なあだ名で呼称して……？
大丈夫、なのか……？
コン太は呆気に取られて立ち尽くす。
我が目を疑う光景だ。
もはや視線は釘付けだ。
「ねえ…………」
突然。
背後から声をかけられた。
「ヒッ……！」
コン太は思わず飛び跳ねた。
乱波に気を取られ過ぎていた。
愛する恋人の気配に気づけなかった。
ノアがそっと囁く。
「ねえ？
乱波たち、気分を害していないかしら？
あんな変なあだ名を付けられて……」
コン太はおどける。
「そうだよねえ？
ヤバいよねえ？
口から火を噴いちゃうよねえ？
激怒コースまっしぐらだよねえ？」
「そうよね？
だから冷や冷やしながら見ているんだけどね？
何故か嬉しそうなのよ」
「イヒヒッ！
どうやらご満悦、みたいだねえ？」
富士の乱波五大龍神。
昔と比べればだいぶ落ち着いた。
しかし元来。
凶暴荒くれ龍神だ。
其々が独自のパワーを具えている。
グツグツ、グツグツ……、
激しいエネルギーが沸騰して滾っている。
そんな彼らの逆鱗に触れてたとすれば！
真っ黒焦げにされたとしてもおかしくない。
だがどうやら。
その懸念は無用のようだ。
乱波は嬉々としてご機嫌だ。
鋭いはずの龍眼は垂れさがっている。
子犬のように尻尾を振って懐いている。
もはや。
龍使い・凛花にメロメロのデレデレだ。
ノアは苦笑いする。
「それにしても。
凛花の命名センス。
ちょっとどうかと思わない？
心配しちゃったわ」
「同感！
かなりヤバいよねえ？
いささか賛同しかねるよねえ？
冷や冷やするよねえ？
まあだけど、さすがは凛花！
恐れ入ったね」
ふたりは敏腕龍使いに敬服した。
大勢で夕食を済ませた。
所要時間はわずか三分。
凛花特製・大盛りカレーライスを平らげた。
「モトロン、ショウロン！
サイロン、カワロン、ヤマロン！
楽しかったね！
また遊びに来てねっ」
凛花は乱波五大龍神の龍頭を撫でる。
首元の龍宝珠をやさしく擦った。
「凛花、御馳走さん！
また来るよ！」(乱波)
「凛花、ありがとう！
またねっ」(乱波妻たち)
乱波は手土産の宇和島産みかんを受け取った。
ブンブン！
笑顔で手を振る。
名残惜し気に飛び立った。
くるり、
赤煉瓦ベルの上空を飛翔する。
富士の麓の棲み処へと帰って行った。
コン太はつくづく感心する。
凛花は究極の人たらし。
いや、龍たらしに違いない。
しかしながら！
その『命名センス』は独特すぎる……。
命名センスと言えば！
愛称『コン太』の名付け親。
天才・カリスマ神霊獣使い……。
あいつの感性は底知れない。
クールでニヒルなおいらのイメージを一瞬で崩しやがった。
もしかすると。
凛花はあいつと似ているのかも知れない……。
シュンッ…………！
未來王から転瞬メッセージが届いた。
おいらに正式ミッションが下されたのだ。
パンパカパーンッ！
遂に遂に！
ネオフューチャー(新しい未來)のステージに突入するらしい。
脳裏に明瞭に映し出された。
それは。
あいつの顔だった。
「なあ凛花、近いうちにさ。
親友のカリスマ神霊獣使いを紹介するよ！」
「えっ、本当に？」
「おいらに『コン太』ってあだ名をつけた男だよ？」
「うんっ！ 最高にセンス良いよねっ」
「…………。
そうかい？」
「だけど、もの凄く偉い人なんだよね？
会ってくれるのかな？」
「それは大丈夫！(たぶん)
何しろ未來王からの推奨だからねえ？」
「わあ、やったあ！
ぜひにっ！ 嬉しいっ」
凛花は満面の笑顔だ。
飛び跳ねて喜んだ。
