第十二章 ⑤集結(天上界との取り引き)
赤煉瓦ベル。
スッ!
黄金龍王トールが右手を上げて威儀を正した。
慈悲籠る声をもって告げる。
「刻下。
龍使い・凛花に未來王からのメッセージを伝達する」
凛花は慌てる。
正座をして畏まる。
黄金龍王は続ける。
「過日。
龍神界に未來王直々の下命を賜った。
龍使い・凛花に。
『未來の選択権』を与えることに相成った。
我が黄金龍王一族及び呂色九頭龍神たっての願いでもある。
心して返答せよ」
「はいっ」
凛花は深く諾った。
富士の乱波五大龍神が凛花と合い向かう。
横一列に着座した。
五体は告げる。
「これより『選択権』の詳細を伝達する。
まずは選択肢ひとつめ。
『治癒』である。
十五年前の忌まわしい出来事によって。
破壊された身体の内部を完全修復する。
『あの日』の記憶痕跡。
刳り抜いて完全消去する」
「これは富士の五大龍神の力を合わせることにより。
実現できるものとする。
内臓機能が復活すれば妊娠出産が可能となる。
そしてこの上ない『良縁』を賜るだろう」
「ただし『治癒』を実行すれば。
龍使いの任は本日付で解かれる」
「解任事由の要旨は以下のとおりとする。
【他利の任務を放棄して自利を優先した。
自らの利益のために龍神の力を利用した】
そうみなすものとする」
「次に選択肢ふたつめ。
『継続』である。
内臓機能の治癒をせず。記憶の操作をせず。
今生に於いて。
龍使いの任務を継続するものとする」
「ただし任務継続を選択すれば。
肉親と龍神以外との深い関わりは許されない。
人間界に於いて。
結婚・出産などの良縁を得る可能性は皆無となる」
「老いさらばえ衰弱して息絶えるまで。
ただひたすらに。
龍使いの任務を全うするものとする」
「さらに死没後。
『龍使い・凛花』の生きた痕跡は完全消去する。
すべてが『無』となって人生を終えるのだ!」
乱波は柔らかな声音で告げる。
「凛花よ……。
黄金龍王一族は貴女の幸せを心奥から願っている。
在狼コン太も同様である。
人間としての幸せを得て欲しい!
誰よりも幸せになってもらいたい!
その強い思念が未來王に届いた。
よって。
貴き『選択権』が与えられたものである」
「自らの幸せを優先せよ!
『治癒』を選択せよ。
目先の忖度は不要である」
「我々龍神を慮るあまりに。
未來の選択を誤ってはならない。
問題ない、なにひとつ気にするな」
「憐れみは無用である。
安心して『治癒』を選択せよ」
「たとえ龍使いの任務を本日付で終えても。
心苦しさを感じる必要はない。
龍神界との『家族の絆』は永遠に残る」
「たとえ龍使いとしての記憶が完全消去されても。
なにひとつ案ずるな。
我ら龍神が貴女と友人であることに変わりはない」
「たとえ凛花が我らを忘れても。
我らは凛花を忘れない。
高い空から見守っている。
密かに応援し続ける」
「もうすでに。
多くの人間に『チャンス』を与えてきたではないか。
だから今度は。
凛花が『未來の希望』手にする番だ」
「人間の誰もが欲する『幸福』を得るのだ。
躊躇うことはない。
我らに遠慮をするな」
「誰よりも幸せになれ!
良き縁を掴むのだ」
乱波は最終決断を迫る。
「さあ凛花!
『治癒』か。『継続』か!
今すぐ選ぶのだっ!」
凛花は即答する。
「治癒していただく必要はありません。
継続を選択いたします。
身に余るご厚意に感謝いたします。
しかしながら。
龍使いの使命を全うする日々の喜びは極大です。
それに勝る幸せは存在しません」
凛花は治癒の提案を斥けて『継続』を選択した。
真っ直ぐな眼差しを向けて言葉を続ける。
「五歳のあの日から。
ノアは私に寄り添って支え続けてくれました。
親愛なるノアやコン太と過ごす生活は無二なるものです。
すでに過ぎるほどの幸せをいただいております。
これ以上の何かなど望んでおりません」
乱波は焦る。
凛花の言葉を遮ろうと試みる。
「待てっ! 早まるな!
よく考えてから言葉を述べよ!」
凛花は首を横に振る。
きっぱりと言い切る。
「私に未來の選択権など必要ありません。
龍使いの使命は生きる意義のすべてです。
龍使いの任を解かれることは死刑宣告に等しいです。
それに宇和島の家族と龍神はかけがえのない家族です。
何があっても『家族』との縁を切りたくありません。
私には知識も徳性も足りておりません。
未熟で至らないことは重々承知しています。
ですが!
どうか任務を『継続』させてください。
お願いいたしますっ」
シーーーーーーン………………
無音の沈黙が続いた。
「りっ……、りっ……、りっ!
凛花アアアァッ!」
そう叫んだのはどの龍神だろうか?
乱波は凛花を抱きしめた。
よほど感激したのだろうか。
人間に化身していたはずが。
顔だけ龍神に戻ってしまっている。
五体の龍神人間に頬擦りされている絵面。
ある種ホラーである。
凛花はやさしくハグをする。
龍宝珠を包みこむ。
コン太は泣きながら問いかける。
「凛花、いいのかい?
龍使いとして生きる道を選択してしまって、
本当にいいのかい?
人間界での並外れた成功幸福が約束されているんだよ?
それを放棄してしまって、
後悔しないかい?」
凛花は屈託なく笑った。
「うんっ! もちろんっ!」
黄金龍王一族が両手を広げた。
凛花はその胸に飛び込んだ。
ノアと凛花は見つめ合って笑い合う。
温かな涙が頬を伝う。
家族みんなで愛情たっぷりの抱擁をした。
龍神たちは涙にくれる。
龍使いから与えられるフィールリズム(慈愛)に満たされる。
より一層に絆を深めた。
上弦の月。
淡い光が街並みを照らしている。
龍神たちが一斉に飛び立った。
ぐるり、
赤煉瓦ベルの上空を旋回する。
まるで名残を惜しむかのように。
其々の棲み処へと帰っていった。




