第一章 ②病院にて
総合病院・集中治療室。
幼気な五歳の愛し子の純潔が奪われた。
通りすがりの成人男にレイプされた。
男の身勝手な欲望によって、生命までもが危ぶまれていた。
みかん畑で発見されたとき。
それはそれは惨たらしい姿だった。
雨に濡れて泥まみれ。
下半身から大量出血していた。
ぐったり、死んでいるかのようだった。
「龍が……、龍が…………」
意識が混濁していたのだろう。
譫言を繰り返していた。
緊急手術が施され命は助かった。
しかし。
女性機能のすべてが壊されていた。
破壊された内臓は二度と元には戻らない。
家族は絶望する。
残酷な宣告を突き付けられた。
命が助かったことを僥倖とするべきか？
それとも。
幼い我が子の前途に影を落とされた現実を恨むべきなのか？
答えは、そのどちらでもない……。
父も、母も、爺も。
茫然自失だった。
術後の麻酔が切れて意識が戻った。
つぶらな眼が開く。
母親と視線が合わさる。
にこり、
安堵の表情を浮かべた。
まるで壮絶なる出来事など無かったかのように。
微かに笑った。
そうして再び眠りに落ちた。
幼い娘は病院の真っ白いベッドに横たわる。
小さな寝息を立てている。
父親は小さな手を握りしめる。
母親は泣きながら頬を撫でる。
……清らかな寝顔だ。
いつもと何ひとつ変わっていない。
変わっていない、はず……、なのに。
けれど、何かが変わってしまった。
父が嘆く。
母が嘆く。
爺が嘆く。
愛し子の『未來』を嘆く。
涙が止まらない。
ただただ不憫で痛ましい。
怒りや悲しみ。憎しみや憂い。
一度に襲いかかってくる。
次に目覚めたとき。
何と声をかけようか？
延々と続く心胸の痛み。
どうしたら慰めることができるのだろうか？
愛嬌のいい人懐こさ、失われていないだろうか？
以前のように屈託なく、笑ってくれるのだろうか？
この先の未來、希望を失わずに生きてくれるのだろうか？
嗚呼……、身体に力が入らない。
総ての灯りが消え失せた。
真っ暗闇になってしまった。
仄暗い闇の中に堕ちた。
漲っていたはずの気力はどこか遠くに流されてしまった。
魂が抜け落ちて生気を失ってしまった。
絶望の淵へと追いやられてしまった。
家族は失意のどん底にいた。
もはや抜け殻だった。
数日後。
招かざる客が訪れた。
その来客は当該者の代理人だと名乗った。
「今回の件は箝口してもらいたい」
淡々と述べた。
そして。
法外な『口止め料』を提示した。
代理人に悪びれる素振りはなかった。
それどころか。
被害者を慮る言葉のひとつすらない。
ただ一方的に。
示談を求めてまくしたてるのだ。
爺は怒りに震えて激昂する。
「ふざけるなっ！
金を払えばいいというものではない！」
父親は逆上して喚き散らす。
「犯人はどこだ！
今すぐここに連れてこいっ！
絶対に許さない……、許さないぞっ！」
母親は取り乱して悲鳴を上げる。
「いっ、嫌あぁっ！
娘に近づかないでえっ！」
代理人を名乗る男はせせら笑う。
これ見よがしに札束を積み上げた。
母親は幾千万もの言葉を封じ込めて泣き叫ぶ。
「お金はいりませんから！
誰にも口外いたしませんからっ！
だからお願いします。
二度と私たち家族に関わらないでください！
お願いよ……、出て行って……！
出て行ってええぇっ……！」
神無月の宇和島の夕刻。
慟哭する家族の姿があった。
