第三十二章 ①顕現(インカーネイション)
出雲大社・上空。
ゆらり…………、
空気が揺らいだ。
魔導師四人衆は聖なる気配を察知した。
ゲイルが声を上げる。
「間もなくだぞっ!」
クロスは口角を上げる。
「よオォしッ!
準備はいいかァア?」
ザザッ!
四人衆は横一列に整列した。
アイコンタクトを交わして呼吸を整える。
スッ、
シップとゲイル。
右手の人差し指を立てた。
スッ、
クロスとイレーズ。
左手の人差し指を立てた。
くるりっ、
時計回りに弧を描く。
眩い閃光を放射した。
ブワアアァ…………、
光は波紋のように広がる。
大気圏を染めゆく。
澄んだ青空は黄金色に変じた。
出雲大社・御本殿上空。
『黄金結界』が張り巡らされた。
シュパッ!
シップは精緻なる扇子を広げる。
鳳凰と桜の花が描かれいる。
ゆらゆらゆら……、
扇ぐ。
ぶわっ……!
花びらが噴出した。
季節外れの桜の花びらが舞い上がって舞い踊る。
ゲイルは神々に呼びかける。
「皆の者!
こころせよっ!」
クロスとイレーズが声をそろえる。
「さァァア……!
お出ましだっ!」
ピッカアアァァァァァァッ…………!
幻日が現れた。
天日のすぐ脇に。
幻の太陽が現出した。
横に並んだふたつの火輪。
赫々と光を放つ。
キラッ!
キラキラキラキラ…………
天使の梯子の光芒が揺らめいて波打つ。
遥か上方から。
蒼色と金色の閃光が明滅して差し込む。
パラッ、パラッ、
パラパラパラパラ…………
高き宙から。
植物の種子が降り落ちてきた。
シュウゥゥ…………
その種子は黄金結界に吸い込まれた。
ふたつの太陽が照りつける。
ポンッ!
龍華樹が芽吹いた。
双葉を広げて伸長する。
瑞々しい青葉が艶めく。
みるみるうちに枝葉が繫る。
巨大樹へと成長した。
ポポン、ポポン、
ポポポポンッ……!
可愛らしい音を立てた。
白き可憐な花が咲く。
天日と幻日は輝きを増す。
『太陽の花』が咲きこぼれた。
さらさらさら、
金風が吹き抜けた。
さわさわさわ、
龍華樹の葉が揺れる。
風の音が調和を奏でた。
空気の色が変わった。
天上を仰ぎ見る。
木槿色のうろこ雲に覆われている。
大空は薄紅色に染められていた。
神々は息をのむ。
未知なる雰囲気だ。
天と地。
海や川。
遠くの山々。
吹き抜ける風……。
柔和な光に包まれている。
……んん? あれれ?
あれはうろこ雲ではない!
龍神の鱗ではないか?
木槿色の巨大龍神が空を泳いでいる!
ぼそり、
イレーズが呟く。
「あ……、
兜率天來龍…………」
神々は瞠目する。
巨大龍神を凝視する。
そうしてふと気づく。
……龍神の鼻先に。
丸々肥えた童が仁王立ちしているぞ!
凛花は思わず声を上げる。
「あっ……、
ゴン子さんっ」
ぴょんっ!
童が両手を広げて空中ダイブした。
キラリッ!
光の塊になる。
ビュウゥ……!
それは雲を突き破り迫り来る。
ピタリッ!
凛花の目の前で空上静止した。
ズッ……!
ズズッ……!
ズザザザザザザザザアアアアア…………ッ!
数多の神々。
数多の龍神。
一斉に平身低頭してひれ伏した。
魔導師四人衆までもが跪拝している。
凛花は吃驚する。
慌ててひれ伏した。
シン…………………………
静寂が支配する。
それはあっさり破られた。
「やあやあ、お嬢さん。
さあさあ、顔を上げておくれ」
頭上から。
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
恐る恐る顔を上げる。
その途端……、
笑顔がはじけた。
「わあっ!
まん丸お爺さん!」
「久しぶりだねえ?
今日はお嬢さんの婚約祝いに来たんだよ」
「ええっ?
お祝いに来てくださったのですか?」
ニイッ、
まん丸老爺は目を細める。
ゴソゴソ、
頭陀袋に手を突っ込んで漁る。
透明宝珠を取り出した。
「ほら、お嬢さん。
この宝珠を擦ってごらん」
目の前には。
握り拳ほどの透明宝珠。
スリスリ、
凛花は指先で擦った。
モクモクモクモク…………!
綿菓子のような白煙が噴き出した。
白い雲がふたつ、創出された。
綿菓子雲の上。
威風堂々、ふたりの神がそそり立つ。
それは風神・雷神だ。
風神は。
風を起こして雨雲を呼びよせた。
雷神は。
渦雷を誘発させて神鳴りを轟かす。
サアッ!
その刹那、驟雨が降り注いだ。
シュウウウウウウゥゥ…………
風神・雷神。
透明宝珠に吸い込まれて引っ込んだ。
老爺は宝珠を頭陀袋に仕舞った。
驟雨が止んだ。
雨上がりの空に。
無数の円環虹が架かる。
ぐるんっ、
ぐるんぐるんぐるん……っ!
円環虹は幾重にも重なって大空を染めゆく。
鮮やかな色彩に染め上げてゆく。
凛花は驚嘆する。
「なんてっ……!
なんて美しいのっ!
こんな絢爛華麗な空……、
生まれて初めてっ」
神々は言葉を失う。
空を仰いで嘆息する。
奇跡の絶佳に暫し見惚れた。
再び。
静寂が破られる。
「凛花さん、お久しぶりです」
独特なバスバリトンの低音ヴォイスが響いた。
凛花は仰天する。
目の前に。
『太郎』が立っていた。
「わわっ、わわあっ!
たっ、太郎さんっ」
「ハハ、お元気そうで?
凛花さん、この度は婚約おめでとうございます。
イレーズとの未來を選択してくださいましたこと。
友人として。
大変嬉しく思います」
「あっ、あっ、
ありがとうございます!」
「どうやら……。
凛花さんの『人生最良の日』。
それは今日、ですね?」
「ああっ、確かに!
そうかも知れませんっ」
「好運はさらに積み重ねられていきます。
この先も増大していくことでしょう。
そして本日より。
兜率天・藍方星の一員に加わりました。
未來の時間軸では。
仲間たちと共に恒久使命を担います」
「はいっ!
あっ、あのっ!
ああ、どうしよう……。
胸がいっぱいで……、
うまく言葉が出てきません……」
凛花は感涙する。
大粒の涙が溢れた。
太郎は微笑む。
「それでは改めまして。
自己紹介させてください。
『ネオ・トレジャン・ヴェルセント・マイタレイヤ』です」
凛花は目を丸くする。
「え……?
ネオトレジャンヴェルセントマイタレイヤ……、ですか?」
「ハハ、そうです。
それにしても長くて面倒ですね。
ですから人間界では。
仮名ですが『太郎』とお呼びください」
「あ、はっ、はい!
太郎さん!
どうぞよろしくお願いいたします」
ふと。
太郎は辺りを見渡す。
数多の神々、霊獣たち。
静止画像のように固まっている。
まるで金縛りの如くに動かない……。
突然の未來王降臨に畏怖恐縮しているのだ。
太郎はフランクに語り掛ける。
「神々の皆さん、
驚かせてしまって申し訳ありません。
イレーズの婚約成立が嬉しくて……。
不意打ちに訪れてしまいました。
どうか固くならず。
気楽にお過ごしください」
神々は破顔微笑する。
好機到来とばかりに『未來王』を凝視する。
……人間界での風貌。
肌は白皙。
スラリ、細身だ。
ショートカットの黒髪。
シャープな顔立ち。
服装はストレートパンツにスニーカー。
イマドキ若者ファッションだ。
それにしても……。
実に掴みどころがない。
ふたつの属性を併せ持つクレバーな青年だ。
親しみやすいが近寄りがたい。
温和だが冷めている。
フレンドリーだがクールだ。
未來王は頭を下げる。
「約一世紀の時間軸。
人間界に身を置いております。
できれば人間界では。
『友人』として仲良くしてください。
そして是非とも。
『未來王』ではなく『太郎』とお呼びください」
魔導師四人衆は共鳴して笑う。
親愛なる友の名を叫び呼ぶ。
「諾! 太郎よっ!」
「諾っ! 太郎っ!」
「諾ッ! 太郎ォオ!」
「諾! 太郎……!」
神々も四人衆に続く。
未來王を呼称する。
……わああっ!
太郎さん! 太郎っ!
太郎くん! タロちゃーん!
「ハハハ、太郎です。
どうぞよろしくお願いします」
未來王はにこやかに笑った。




