第三十章 ③もしものもしもの話
出雲大社・結界上。
ゲイルが深妙提案をする。
「凛花よ、
君は聡く純真明朗だ。
ゆえに教練をしてみないか?
憶測話の仮定想定訓練だ。
仮説表題は。
『もしも未來王が大宇宙から消え去ったら』とする。
どうかな?」
ゴクリ、
凛花は息を呑み込んだ。
不吉な表題だ。
萎縮しながら諾った。
ゲイルが前置きする。
「まずは心せよ。
未來王が消え去る……。
これはもしもの例示であって事実ではない。
その折に起こりうる現象予測であって、
架空の創作話である」
「はい」
「では始める。
もしも。
未來王が大宇宙から消え去るとしたら……。
それは不意であって。
僅少の前触れすらないだろう」
シップが続ける。
「未來王は愚鈍な人間に嫌気がさした。
呆れてウンザリした。
未來の活路を見出せず疲れ果てた。
ふと、虚無感に苛まれ脱力する。
……掬いがあること。
当然であるかの如くに常態化している。
掬っても掬ってもキリがない。
この先も延々、掬い続けるのか……?」
ゲイルが付加する。
「愚か者が過ちを繰り返す。
虚構の正義を振りかざして善人を気取る。
私欲に塗れて巧妙に搾取する。
五大欲求を満たすために誑し込む。
姑息手法で罠にはめる。
そうして。
不穏な道筋へと扇動する……。
いがみ合い、奪い合い、騙し合い、殺し合う。
陥れて責任転嫁する。
そしてまた不条理な犠牲者が生まれる。
……そんなある日。
未來王は不意に姿をくらました。
大宇宙から忽然と消え去った」
イレーズが冷たく笑う。
「ククッ……、
もしそうなったらさ?
天界は瞬時に消滅するよ?
そして霊界地獄だけが残されるんだ。
灼熱と極寒の不毛地帯でさ?
飢えと渇きの飢餓と。
重苦責苦と隠忍と。
憎悪と怨恨と。
凶暴な肉慾が支配する」
クロスが鼻で笑う。
「王が消えたことで冥境が無くなるんだヨ!
邪鬼悪鬼やら魔物やら。
不快害虫やら寄生虫やら。
亡者やらゴブリンやら……。
悪霊怨霊がうじゃうじゃ湧き出す。
好き勝手に暴威を振るう。
血しぶきが飛び散って腐敗臭を巻き散らかす。
辺り一面、強烈異臭が漂うぜェ?」
ゲイルが頷く。
「そうして。
逃げ場のない恐怖支配の日常が幕を開ける。
蔓延る無数の悪霊怨霊は。
無作為に生命体に襲い掛かる。
憑りついて好き勝手に悪さする。
血液を欲して執拗に嬲り合う。
しかし力量が互角ゆえに決着はつかない。
縷々延々、
エンドレスの血みどろ地獄となるだろう」
クロスが解説する。
「要はァ!
人間の邪念から生み出された『粗悪念塊』がァ!
人間や動物に憑りついて好き勝手に操縦するんだヨ。
なにしろ法統制が消え失せた無差別無法地帯だからなァ?」
イレーズは薄く笑う。
「正邪善悪の境が無いからさ?
すべてが曖昧なんだ。
化け物が生物の御霊を喰らって身体ごと乗っ取る。
そうして無間増殖するんだ。
その増えたバケモノたちがさ?
ジワジワ周囲を浸蝕して呑み込んでいく。
そうして六百六十六年後。
残虐無慈悲世界が完成するんだ」
ゲイルが総括する。
「未來王は消えてしまった。
ゆえに泣き叫んで悲鳴を上げても返事はない。
声を枯らして助けを乞うても無意味である。
永遠に。
誰一人として掬われることはない。
しかしその。
狂乱苦患の日々のすべては。
人間が招いた帰結である。
それゆえ同情の余地はない。
然れば潔く!
因果応報の理に則って!
冥界のエンドレス地獄!
思う存分、堪能すればよいのだっ」
凛花は絶句する。
神々は恐怖に慄いて震えあがった。
シップは叱責する。
「こらこらっ……、
ゲイル、クロス、イレーズよ!
神々までも脅かすのは感心せぬぞ?
まあだがしかし。
これこそが。
キングが消失した『仮説未來』の末路である。
懲りない人間が愚かしさを積み上げた終局である。
それゆえ観念して。
応報刑を受容するよりほかに術はない」
クロスは真顔で言い放つ。
「魔導師はァ!
未來王の下命以外は完全拒否だ。
つまり。
王が存在しない世界の俺たちは『役立たず』に成り下がる。
だから王が居なくなったら……!
パアァッ!
霧散して消え去るゼ?」
ゲイルは即座に同意する。
「それは当然だ。
そもそも。
王のいない世界など無価値である」
イレーズは凛花の頬をそっと撫でる。
一転して穏やかな声音で囁く。
「心配しないで?
今はまだ『未來王時代』だから、ね?」
「あの……?
もしもイレーズさんが消え去るときには……。
私も一緒にお願いします」
「ん。それは当然だよ。
凛花は俺のディアーなんだからさ。
永遠にずっと一緒だよ?」




