第三十章 ②天界法の重要性
出雲大社・結界上。
凛花の前に四人衆が並び立つ。
シップが問いかける。
「イレーズよ。
今回の立法内容について。
凛花に委細説明したのかな?」
「あ……、(してない)」
シップは呆れる。
ふうっ、
ため息を漏らす。
「まったく、仕方のない奴だ。
では私から説明するぞ」
「うん……(長いから助かる)」
「…………。
この度。
異時空間での極上縁が発生した。
それに伴い。
兜率天界法に新たな項目を追加した。
兜率天と人間界。
異時空における婚約に関する掟(要項)を定めたのだ。
つまりは。
イレーズと凛花のための立法である」
凛花は驚く。
「え?
私たちのための立法……、ですか?」
イレーズは肩をすぼめる。
「ま、確かにそうだけど……。
そんなに恐縮しなくていいよ?
ふたりのため、って。
それだけじゃないからさ」
ゲイルが爽やかに告げる。
「そのとおりだ。
『未來予見図』によれば。
我ら四人衆は二百数十年後に増員され『五人衆』となる。
そしてその五人目も。
存命中の人間と恋に落ちるらしいのだ。
つまりは。
イレーズと魔導師五人目のための立法である」
クロスは口角を上げる。
「ち、な、み、に、だけどなァ?
俺たち四人衆の初恋相手はァ?
揃いもそろって『同一人物』なんだゼ?
誰だか知りたいかァ?」
シップとゲイルは顔を見合わせる。
「初恋……、か。
確かに彼女はとびきり魅力的である。
まさに骨抜きである。
……ハッ!
もしかすると五人目祭司も……?」
「ま、まさか?
そんなことは?
いや、だがしかし。
大いにあり得る」
凛花は瞳を輝かす。
……わあっ!
この四人衆を虜にしてしまうなんて!
不謹慎だけど興味がある。
きっと。
澄み渡る心を宿す絶世美女に違いない!
クロスはニヤリとする。
「それじゃァ、発表するゼェ?
俺たちのスペシャルオンリーワン!
カワイコちゃんの名はァァア……ッ!
ゴン子、だヨ」
「わっ?
ゴン子さんっ?」
「クッ、ククッ!
まァ残念ながら?
誰ひとりとして相手にされず撃沈したけどなァ?
オオゥッ! 我らが愛しのゴン子ッ!
あいつは、罪な女だゼ……」
凛花は回想する。
……座敷童のゴン子さん。
イレーズさんの初恋相手だ。
そして私たちの愛のキューピッドだ。
……恋愛なんて。
一生無縁だと諦めていた。
穢れた身体にどこか引け目を感じていた。
劣弱意識に支配され頑なだった。
イレーズさんへの想いを断ち切ろうとしていた……。
ポンッ!
背中を押してくださったのがゴン子さんだった。
奥秩父の三峯神社。
巨大銀狼の背に乗って現れた。
仁王立ちする姿が可愛くて。
少し辛口だけど憎めなくて。
あたたかくて頼もしくて。
特別な存在であり大好きな友人だ。
……ん? あれ?
だけどゴン子さんって……?
う、わわあっ! 納得っ!
三人衆は心奥透視して笑う。
シップが続ける。
「今回の立法の詳細として。
異なる界に於ける時間幅。
婚約者との共有時間が確定した。
それは。
年間・八百八十八分間とする」
ゲイルが補足する。
「想い合う婚約者にとって。
年間・八百八十八分間程度では少ない……。
そう感じるかもしれない。
だがしかし。
瞬間移動によって移動時間の短縮が可能である。
さらには。
今日のような年中行事など。
下命任務に於いての接触は別枠となる。
ふたりの時間は消費されないゆえ安心せよ」
シップが詫びる。
「短い、足りない! などと……。
イレーズが駄々をこねるから調整が大変だった。
しかしこれが。
平常任務に支障なく与えられる時間の限界なのだ。
限りある寸刻を工夫して遠距離恋愛を楽しんでくれ。
すまないな……」
イレーズは慌てる。
「ちょっ……!
それ、言わないでよ」
凛花は深々と頭を下げる。
「共有時間を付与してくださり感謝いたします。
イレーズさんと一分一秒、
大切に大切に使い切ります」
シップが提案する。
「よい機会だ。
どうかな、凛花よ。
兜率天界法について。
知りたいかね?」
「ご示教……、
いただけるのですか?」
思いがけない好機に恵まれた。
凛花は手放しで喜ぶ。
ゲイルが先陣を切る。
「では簡単に解説しよう!
兜率天界法とは常に最新状態にアップデートされている。
数値を基準としたデジタル方式が適用されている。
掬いや赦しの領域を多角的に設えている。
新時代を統括統制統している。
柔軟臨機応変な掟だといえる。
しかし。
法則を冒せば。
神々や天人天衆さえも冥界へと堕とされる。
表裏一体の対極に情け容赦などない。
峻厳冷厳な掟だともいえる」
クロスが続ける。
「堕ちた輩の到着地は瞬時に振り分けられる。
数値やジャッジに則って自動転送されるんだヨ。
処罰は……。
魔王と四人衆が委細 を決定している。
つまり現今はァ!
俺たちが輪廻転生の根幹を担っているんだヨ!」
ゲイルが言明する。
「我ら四人衆は。
未來王から膨大なる活力を与えられている。
運命改変や救済。
処罰や抹殺。
ときに惑星を砕くことさえも。
指先ひとつでできてしまう……。
突出した才腕と桁違いのパワー。
それは新時代・円滑遂行のために行使する。
つまり。
未來王のためだけに行使する。
我らは根源から忠誠を誓っているのだ」
シップが説く。
「すべての『界』に規制統制は不可欠である。
正しき仕組みや法規制があるからこそ!
『平穏』があるのだ。
例えば。
我らがすべての任務を放棄して『無法地帯』になったとしよう。
恐らくその場合。
人類滅亡どころでは済まされない。
眺望のすべては極彩色を失う。
朽ちて錆びて腐敗する。
生命体は滅び去り、邪悪霊魂に支配される。
そうして彼岸に待ち受けるのは!
筆舌に尽くしがたい凄惨極まる日々だろう……」
ゲイルは首肯する。
「現今。
六世界の神々は一致団結している。
未來王時代の到来を歓迎している。
天界冥界は連携し取捨選択を始めている。
まさに今。
溜まりに溜まった老廃物の根絶除去を行っている。
新陳代謝の真っ最中なのだ」
シップが補足する。
「新時代では。
数値化システムが確立されて許容範囲が広がった。
不公平が適正化されて転生回数が増幅した。
実に。
兜率天界法は至高である。
しかし残念だが。
遵守できぬ者、理解できぬ者が居る。
それは新時代に合致できない陳腐人間である」
ゲイルは同意する。
「人類は真実を見極め学び修得する努力をすべきである。
もういい加減に負の心から脱却すべきである。
例えばそれは。
姑息陰険、傲慢卑屈、似非虚栄など……。
死没後。
再生不能な霊界の底に堕ちて悔やまぬように。
即座に心を改め奮い立つことを進言する」
イレーズはため息をつく。
「ま、やる気のない奴らなんか放っておけばいいよね?
それにさ?
生前、踏ん反り返っていた輩に限ってさ?
ぎゃんぎゃん泣き喚いて大騒ぎするんだ。
堕ちるのを怖がって助けを乞うてさ?
必死になって弁明したりしてさ?
往生際が悪くてウンザリするよ。
だけどさ?
未來王が『面白がって適当に遊んでください』って。
励ましてくれるからさ……。
だから俺たちは(我慢して)頑張っているんだよ……」
凛花は感激に打ち震える。
……魔導師四人衆とは。
超人的感覚能力を有したエキスパートだ。
誠実なるカリスマだ。
純真無垢な心の持ち主だ。
彼らが輪廻転生の根幹を担っている。
六世界の均衡を保っている。
『界』の懸け橋になっている。
そして。
人間を嫌忌しながらも。
バックアップしてくれている……。
その根幹究極にあるのはただひとつ。
唯一無二なる未來王への敬愛だ。
凛花は深謝した。
貴き未來王に。
気高き魔導師四人衆に。
そして。
到来した新時代に……。
至高なる兜率天界法に……。
心奥からひれ伏した。




