第二十八章 ③邂逅(エンカウンター)
稲佐の浜・結界上。
「あっ、そういえば!
『八大万能龍神』が集結するのですよね?
実はずっと、八尊目が気になっていて……」
「ん。
あとで紹介してあげるよ。
じゃあそろそろ……、
みんなのところにに向かおうか?」
稲佐の浜からワープする。
出雲大社に降り立った。
第二鳥居・精溜をくぐる。
まずは『祓社』だ。
二礼四拍手一礼、作法に則り穢れを払う。
今年は一緒に参詣することができた。
御本殿・上空。
すでに各地の神々が集結し始めている。
表龍王一族がふたりを歓迎する。
龍蛇神王はえびす顔だ。
「おおっ、凛花よ……。
久しいのう。
仲睦まじいふたりに会えて嬉しいよ」
凛花は満面の笑みで挨拶する。
「燦紋さま! ユウイさま!
雷紋っ!
今年もこうして邂逅できました。
大変嬉しく光栄に存じます」
燦紋の妻・貝紫色龍神ユウイは微笑む。
「あらっ?
凛花とイレーズとデート中ですのね?
仲良しですわねっ」
燦紋の息子・至極色龍神雷紋は冷やかす。
「おやおや?
イレーズ大好きっ、久々に会えて嬉しい、って。
顔に書いてあるよ?
ほらほらっ、凛花の頬っぺたに!」
凛花は焦る。
両手で顔を覆い隠す。
「ええっ、うそっ?
ホントに? 顔に書いてある?
雷紋には見えちゃってるの?
わわっ、どうしようっ」
「……プッ! アハハッ! 冗談だよ、冗談っ!
まったく可愛いなあ……。
それにしても。
難攻不落の極上男を恋人にするなんて……。
流石は凛花だ」
そこへ裏龍王夫妻が合流する。
黄金龍王トールと緋色龍神ミュウズである。
「こらっ、雷紋!
揶揄いすぎだぞ」
「そうよっ!
凛花は私たちにとって娘のようなもの。
ノアの妹で遊ばないでちょうだい」
凛花は笑顔になる。
ふたりに駆け寄ってハグをする。
「トールパパ! ミュウズママ!
今年もノアと一緒に来てしまいました」
「ははっ、可愛い凛花……。
いつも娘と仲良くしてくれてありがとう」
「凛花は龍神界の宝……。
そして大切な家族よ……」
「私がこうして生きているのはノアのお陰です。
助けられて導かれて……。
優しい龍神たちと家族になれました。
ありがとうございますっ」
トールとミュウズは目を細める。
凛花をそっと抱きしめた。
そこへ低い声が響きわたる。
「おーーいっ!
凛花アァっ!
おーーいっ」
ぐるり、
六体の龍神に取り囲まれた。
それは富士の乱波五大龍神。
それから薄紫色の龍神だった。
凛花は瞳を輝かす。
「わあ!
モトロン、サイロン、ショウロン、カワロン、ヤマロン!
それと……。
ああっ、もしかして! 宇音さん?」
「はいっ、正解です!
竜胆色龍神宇音です。
本年のカミハカリは龍神の姿で出席いたします」
「座敷童姿はあどけなくて可愛かったですが……。
龍神姿は勇壮なのですね!
竜胆色の膚と瞳……。
とっても綺麗です!」
ポポッ、
ウオンは少し照れた。
「あっ、そうだ!
内田家当主の了承を得まして。
秩父札所二十番では『ビー玉(龍玉)交換』が始まりました。
多くの方に楽しんで頂けたら幸いです」
「本当に? ビー玉交換できるのですね!
やったあ! 近いうちに伺いますっ」
ソワソワッ! ウズウズッ!
もう一秒たりとも待ちきれないっ!
「凛花アっ! 久しぶりっ」
「凛花アァ! 会いたかったよ」
「凛花っ、凛花っ、凛花ァァっ!」
強面屈強の乱波五大龍神。
大好きな龍使いに甘えてすり寄った。
凛花は五体の龍頭を撫でる。
首元の龍宝珠に向けてご挨拶する。
「奥様方、こんにちは!
またお会いできて嬉しいですっ」
乱波の妻龍神、一斉に喋り出す。
「凛花っ、久しぶりねっ」
「元気そうで良かったわ」
「なんだか綺麗になったわねっ」
「それは恋をしたからねっ」
「イレーズが優しくなったわ! ありがとうっ」
「ふふっ、また所沢にいらしてくださいねっ。
寒くなってきたから鍋パーティがいいかなあ……」
乱波五大龍神は激しく同意する。
「うんうんっ!
いいね、いいねっ!
鍋パーティだっ!
すきやき? 水炊き?
それとも、みかん鍋?」
「ふふっ、じゃあ次は!
南瓜入りの『ほうとう鍋』にしようっ」
「よおしっ、決まりだな!
楽しみだ! がははははっ!」
そこへノアとコン太が合流した。
凛花は大好きな龍神たちに囲まれた。
笑顔がはじける。
少し離れた場所から。
ミュウズとユウイは囁き合う。
「まあ、凛花ったら……。
相変わらずの龍たらしねっ」
「本当に……。
なんて純真で屈託ない龍使いなのでしょう」
「それにしても雷紋ったら!
いつも凛花を揶揄って……。
まったく悪ノリ王子ねっ」
「初心な凛花が可愛くて。
つい構ってしまうのでしょう……。
ですが、冷やかしも度が過ぎてはいけませんわね」
「あっ、ほらほら見て? 雷紋ったら!
もう独身女龍神に取り囲まれているわ。
さすがはナンバーワンのモテ王子よねっ」
「そう、ですわね……」
「あら? ユウイは嬉しくないの?
雷紋は龍神界繁栄の役割を担っている。
責任を果たしてくれている。
まさに『大黒様』。
立派で誇らしいわ」
「本来ならば……。
悦ぶべきことかもしれません。
ですが母としては……。
虚しい心地なのです」
「虚しい?」
「雷紋は表王家の嫡男です。
複数愛者として生きる使命が課せられています。
当然、複数の妻と子が居ります。
側妻(側室)の申し出も後を絶ちません。
ですが。
雷紋の瞳は輝いていません。
己の人生を冷ややかに傍観して……。
抗えぬ運命を呪っているように感じます」
「確かに……。
一途のコン太とは対照的よね」
「幼き日を思い起こせば。
雷紋の初恋はノアでした。
ですが王家の掟上。
必定的に叶わぬ恋でした。
雷紋は焦がれる想いを胸の奥底にしまい込みました。
熱い恋着を押し殺しました。
求愛することすら叶わなかったのです」
「今でも……、
ノアを想っているのかしら?」
「さあ、どうでしょうか?
周囲に悟られぬよう造作なく振舞っておりますから。
ですが荒ぶる情熱を秘めているように思います。
そしてノアに向ける眼差しは……。
特別に優しいと感じます」
「そうかも知れないわね」
「恐らく。
どれほど多くの女龍神から愛されたとしても。
虚無なのでしょう。
強く切望した恋だけは実らなかったのですから……」
「いつの日か。
雷紋にも本物縁』がいただけるといいわね」
「息子にも『本物縁』を!
などと……。
そんな戯れを願ってしまいます。
親のエゴですわね」
「親なんて……。
子供に対してはエゴの塊よ?
だけどそうね。
我が子の幸せを心から願えばこそ!
我慾は改めなければならないのよね」
「ほんとうに……。
それにしても!
今日はソワソワして落ち着かない心地ですわね?」
「そうね!
ノアとコン太も朝から興奮していたわ。
私もワクワクしているの」
ミュウズとユウイは頷き合った。
一方。
カリスマ神霊獣使いイレーズの前には行列ができていた。
八百万の神々が長蛇の列をなす。
『ご挨拶』に並んでいるのだ。
以前のイレーズであれば。
不機嫌顔をして完全無視だった。
しかし今は違う。
神々の辞宜に目礼で応えてくれる。
さらには時折。
わずかに口角を上げることさえある。
神々は絶美に見惚れて嘆息する。
……氷河期男・イレーズは変わった。
それもこれも!
『龍使い・凛花』のお陰にほかならない。
表裏龍王は肩を並べて囁き合う。
「のう、トール。
なんだか今日は良い予感がするぞ?
特別に佳き日になりそうだなあ?」
「奇遇だな?
燦紋もそう感じるか?
祝日にしたいくらいだよ」
「ふはっ、ふはははっ!
参った!
儂まで動悸がしてきたぞっ」
「ああ、確かに。
緊張が伝わってくるよ…………」
神在月の出雲大社。
カミハカリの演算は終局だ。
大団円を迎えようとしていた……。




