第二十八章 ①予感直感(グッドフィーリング)
出雲市大社町。
神在月。
(新暦・十一月)
午前零時。
稲佐の浜では。
神事・神迎祭が厳かに執り行われた。
幸縁結びの祝詞が天地に響く。
高らかに奏上された。
こうして。
七日間神議が幕を開けた。
八百万の神々は出雲の国に参集する。
早朝七時。
真珠色龍神は出雲大社に着地した。
ぴょん、
龍使いは龍神の背から降りた。
凛花とノア。
ふたりは第二の大鳥居・精溜の前に立つ。
コン太が合流した。
「おまたせえ!
いい天気だねえ?」
「コン太、おはよう!
ねえ見て見て?
空がキラキラしていて綺麗だよ!
眩しいね」
「イヒヒッ!
そうだねえ?
やたらとキラッキラだねえ?
べらぼうに良い予感がするよねえ?」
「うんっ!
なんだか縁起が良いねっ。
今年も燦紋さまにお会いできるなんて……。
嬉しいなあっ」
「龍蛇神王様は昨晩。
神幸されて出雲大社に迎えられたわ。
これからカミハカリが始まる。
数多の神々がこぞって大集結するわね」
「あっ、そうだ!
これからイレーズと待ち合わせしてるんだけどさ?
凛花ひとりで行ってくれるかい?」
「稲佐の浜だよね?
ふたりは行かないの?」
「それがさ?
『龍神・緊急会合』があるんだよ」
「え?
緊急、って……?」
凛花の顔が不安に曇る。
ノアは笑う。
「ふふっ、心配しないで?
実はね? 今年のカミハカリにね?
八大万能龍神!
勢ぞろいするのよっ」
「そうなんだよっ!
それで龍神たちは大騒ぎ! ってわけ」
「わわっ!
ほんとにっ?
八尊目に私も会えるかな?」
「もちろんよ。
凛花はイレーズ公認の『龍使い』ですもの」
コン太が説明する。
「基本的に。
数多の龍神の棲み処はさ?
地球上の海底や湖沼なんだよ。
だけど八尊目のシークレット龍神はさ?
地球外の惑星に棲んでいるんだ。
要するに!
『地球外生命体』ってわけ」
「わあ……、
地球外生命体……」
「イヒヒッ!
まあそれを謂うなら!
『未來王』も。
『魔導師・四人衆』も。
地球外生命体ってことになるけどさ?」
「ふふっ、確かにそうだよね。
だから滅多にお目にかかれないんだね」
「そういうこと!
それに実はさ?
八尊目が地球に飛来するのは今回が初めてなんだ。
だからおいらも『初対面』ってわけ」
「ええっ!
コン太もノアも会ったことがないの?」
「ええ、そうなのっ。
だからソワソワしちゃって!
なんだか落ち着かないのよ」
「まあとにもかくにも!
本年のカミハカリは……!
ジャンジャカ、ジャカジャジャーーーンッ!
超絶ウルトラハイパースペシャルな予感がするのさっ」
「ふふっ、そうね。
きっと飛びっきり素敵な一日になるわね」
凛花は期待に胸を膨らませる。
ノアとコン太は頷きあう。
「ああっ! ヤバいヤバいっ!
そろそろ緊急会合の時間だ。
それじゃあ六十分後に。
御本殿上空で待ち合わせってことでいいかい?
その他諸々よろしくねえ!」
「一緒に行けなくてごめんなさい。
後からイレーズと来てね」
「うん、わかった!
いってらっしゃい」
コン太とノア。
ふたり仲良く飛び去った。
凛花は歩き出す。
逸る気持ちを抑えきれない。
波の音が聞こえる。
日本海を視界に捉えた。
出雲大社西方。
稲佐の浜に到着した。
シン………………、
波が止まった。
四方から音が消えた。
森閑として静まり返る。
時間が停止したのだ。
辺り一面に。
神聖な霊気が漂っている。
彼方から。
神秘的な気配を感じる。
凛花は空を見上げた。
ぽっかり、
空に小さな穴が開いた。
異なる時空世界を繋ぐトンネルが現出した。
それは特殊魔術だ。
イレーズが降りて来る。
空を歩いて近づいて来る。
スッ、
右手を差し出した。
凛花は手を伸ばす。
イレーズの手を掴む。
ふわり……、
宙に浮かんだ。
ストン……、
ふたりは結界上に降り立った。
弁天島を真下に見下ろす。
『特殊結界』や『特殊ベール』は異世界空間である。
それゆえ。
結界上の光景は肉眼視できない。
ザッ……!
ザザッ、ザザザアァッ…………
再び、波の音が聞こえてきた。
清爽な風が吹き抜けた。
時間が動き始めた。
凛花は息を呑む。
思わず見惚れる。
イレーズさん……、美し過ぎる。
超絶的な極上の容貌……。
それは非現実的だ。
白金色の光を放っている。
イレーズは七日間神議に臨席する。
そのため束帯姿だ。
烏帽子は被っていない。
伽羅色の髪が風に靡く。
キラキラキラ……、
全身が煌めいている。
イレーズは微笑む。
凛花の顔を覗き込む。
「久しぶり……、だね?
タコパ(たこ焼きパーティ)、以来だよね?」
「はい。
七か月ぶりです」
「あれから時間を作れなくてごめん。
任務が立て込んでしまってさ……。
日々を楽しく過ごせてた?」
「はい。充実していました。
ノアがいて。
コン太がいて。
賑やかで穏やかな日々でした。
ですが……。
いつの間にか……。
贅沢になっていたみたいです」
「贅沢……?」
「イレーズさんに、会いたかった。
焦がれる気持ちがどんなものか……。
思い知ってしまいました」
イレーズはため息をもらす。
「俺はさ?
遠距離恋愛って厄介だな、って思った。
だから……、ごめん」
「え…………?」
凛花の瞳が揺らぐ。
……ごめん、って?
厄介、って?
それってもしかして……?
関係継続は難しいって思ったのかな……。
超遠距離で会えないから嫌になったのかな……。
人間との恋人関係、面倒になったのかな……。
ふと。
イレーズは察した。
焦って告げる。
「あっ? あれっ?
ちょっと待って……?
凛花が考えていること……。
たぶん違うよ?」
「ち、がう……?」
「うん。
俺たち魔導師はさ?
大抵のことは難なくできてしまう。
だけどなぜだかさ?
想い人の恋愛的心情だけ……。
感応透視することができないんだ。
だからさ?
一応念のために言っておくけど!
俺から別れを告げるなんて有り得ないからね?
振られることはあるかも知れないけど……」
凛花はあたふたする。
「ええっ?
私がイレーズさんを……?
それこそ有り得ませんっ」
「そ?
俺は恋愛経験がないからさ。
凛花は無理してないかな?
退屈してるかな?
イメージと違ってガッカリしてるかな?
なんて……。
ときどき憂いたよ?」
「そっ、そんなっ……!
恋愛経験がないのは私だって同じです」
「だけどさ?
俺に恋人ができるなんてさ?
まさに青天の霹靂だった。
冷徹無感情氷河期男……。
なんて言われて……。
怖れられていたからさ?」
(あわわっ……)
「俺はさ?
凛花と恋人になれて嬉しかった。
だけどそれと同時に。
感情が動いて大変だった。
会いたいのに時間が合わなくて。
もどかしくて。
一日千秋の思いだった。
不意に悲観的思考になったりしてさ?
胸が痛くて苦しくて。
感情の処理が上手くできなくて。
それが厄介だったんだ。
言葉が足りなくて……、ごめん」
凛花は安堵する。
そして共感する。
「私は……、
毎日毎日、恋しくて……。
今日が待ち遠しかったです。
マイナス思考になってごめんなさい……」
「ん。
たぶんだけどさ?
俺たちの愛情総量はさ。
『同値の関係』のはずだよ?」
「わあっ! ほんとに?
それならいつも『満タン』なので安心ですっ」
「ククッ!
満タンなの?
それじゃあ……、俺と同じだね?」




