第二十七章 ①それから(サユミ)
都内・某有名ホテル。
イベントホール。
午後三時。
マスコミ各社がこぞって押し寄せていた。
大勢のカメラマンが待機している。
一昨日。
おしどり夫婦と称されていたレンジとサユミが電撃離婚した。
そのタイミングに。
サユミは自身の秘密を暴露公表した。
有料サイトの会員たちは仰天騒然とした。
⑴俳優・レンジとは契約結婚であったこと。
⑵レズビアンであること。
⑶長年連れ添う同性の恋人が存在すること。
⑷そして。
自身の女性マネージャーが恋人であること……。
これらの公表に伴い。
これから単独記者会見が開かれる。
定刻、サユミが現れた。
次の瞬間。
会場がどよめいた。
エレガント女優・サユミ……。
長い髪をバッサリ切ってショートカットになっていた。
濃紺のパンツスーツ、黒のオペラシューズ……。
ボーイッシュな出で立ちだ。
凛とした佇まいだ。
サユミは深く一礼する。
差し出されたマイクを両手で受け取った。
そうして。
静かに言葉を発した。
「本日は……。
お集まりいただきありがとうございます。
個人的な事柄でお騒がせして申し訳ございません」
記者たちは質問をぶつける。
サユミは立ったまま応対する。
≪まずは。
俳優レンジと結婚に至った経緯をお聞かせください≫
「私たちは契約婚でした。
当然ながら。
互いにメリットがありました。
レンジさんは好感度アップのイメージ戦略のため。
私はレズビアンである事実を隠すため。
ギブandテイクの関係性でした」
≪ご夫妻は……。
港区の高級マンションにお住まいでしたよね?≫
「はい。
同フロアの別室を賃貸契約しておりました。
レンジさんは気ままな一人暮らし。
私はマネージャーとふたりで暮らしておりました」
≪今でも……、そのマンションに?≫
「私はすでに引っ越しました。
レンジさんも……。
近々引っ越すようですね」
≪真実をお聞かせください!
実のところ。
俳優レンジに利用されていたのではないですか?≫
「それは違います。
世間やマスコミからの一方的なバッシング……。
心を痛めておりました。
私は契約結婚を隠れ蓑にしていました。
そして愛する女性と同棲できていました。
レンジさんには感謝しかありません」
≪サユミさんにとって。
恋人はどのような存在ですか?≫
「彼女の存在なくして。
『女優・サユミ』は成り立ちません。
デビュー当時から。
公私にわたって私を支え続けてくれています。
とても有能でチャーミングな女性です」
≪アイドルタレント・羽衣さん……。
レンジさんの『隠し子』だったそうですね。
サユミさんは認識していたのですか?≫
「いいえ、存じ上げておりませんでした。
ですが……。
レンジさんは羽衣さんを特別に可愛がっていたように思います」
≪離婚に際して。
慰謝料はいかほどですか?≫
「慰謝料とは……。
弁償金・賠償金のことですよね?
そもそも互いにメリットがあった契約婚です。
それを解消したからといって慰謝料は発生しません」
≪しかしさすがに……。
ゼロ円、ということはあり得ないでしょう?≫
「ふふ、確かに……。
レンジさんは高額な慰謝料を提示してくださいました。
ですが私には必要ありません。
『財団・リンカ』に寄付をするように伝えました。
あそこは背後に怪しい絡まりがない。
だからおススメよ、って……」
≪相互利益であった偽装結婚……。
解消したのはなぜですか?≫
「それは…………。
うふふっ! 内緒です。
理由はレンジさんから聞いてください」
≪ええっ! もしかしてっ!
すでに新たなお相手がいるのですか?≫
「さあ?
詳しくは存じません。
ですが以前に……。
完全なる片想いだと嘆いていましたね。
モテモテ俳優が片想いだなんて……。
ちょっと、いい気味ですよねっ」
≪芸能関係者ですか?
それとも一般人ですか?
教えてください≫
「存じ上げません。
ですが。
私はレンジさんの幸せを願っています。
愛する女性と結ばれること、心から願っています……」
≪今回。
会見に踏み切った理由はなんでしょうか?≫
「それは……、うふふっ!
龍神のお告げ……、です。
数日前、不思議な夢を見ました。
濃い紫色の男龍神が私に告げたのです。
……あなたは何も悪いことはしていない。
正々堂々と胸を張って生きていくべきだ。
愛するパートナーと幸せになれ、と……」
≪はあ? (なんだそりゃ)
龍神のお告げ……? ですか?≫
記者たちは不信顔をする。
サユミは笑顔で続ける。
「夢から覚めると……。
穏やかな安らぎに包まれていました。
雁字搦めだった心が吹っ切れていました。
そして私は!
本来の姿で生きていくことを決めました。
今後はファッションやライフスタイルなど……。
自分らしく楽しみたいと思います。
そして……。
愛するパートナーと手を繋いで歩きたい。
公園デート、してみたいですね」
≪それにしても。
今頃になって事実を公表するなんて……。
ファンに対する裏切りではないですか?≫
「はい。
ファンの方々を騙していたこと、心苦しかったです。
ですので。
状況によっては引退も視野に入れております。
ですがなぜだか晴れやかな気分です。
そして何より……。
雅やかな濃い紫色の男龍神……。
彼に心から感謝しています……」
サユミの笑顔がはじける。
持ち前の美貌がいや増して輝いた。
サユミは一礼して颯爽と立ち去った。
その姿は。
『イケメン王子・オスカル』さながらだった……。
会見を終えた。
世間の反応は驚くほど好意的だった
所属事務所には引退を食い止めようと電話が殺到する。
会員サイトには多くの応援コメントが届く。
インスタには『いいね!』があふれた。
さらにその数分後。
怒涛の如くに押し寄せた。
それは。
世界中から『共感』と『賛同』のメッセージだった。
この先の未來。
サユミは天職の女優業を全うする。
愛するパートナーと手を取り合って邁進する。
素晴らしき人生となるだろう…………。
所沢市緑町。
赤煉瓦ベル。
コン太はにんまりする。
「この雅やかな濃い紫色の男龍神、ってさあ……?
至極色龍神雷紋だよな?
どうやらあいつも影響を受けていた……。
心優しい龍使いに感化されていたんだねえ!
イヒヒッ! やるじゃんっ」
凛花とノアは感涙する。
「サユミさん、素敵っ!
これからさらに大活躍するよね!」
「ええ、そうね。
きっと語り継がれる俳優になる。
そして堂々と。
愛するパートナーと生きていけるわね。
……良かった」
ふと。
コン太が問う。
「そういえば!
レンジは『財団・リンカ』に来たのかい?」
ノアが答える。
「ええ、来たわ。
だけど寄付の申し出は断ったの」
「へえ?
それはどうしてだい?」
「財団の代表者が突っぱねたのよ。
……レンジさんの未來に有効活用すべきですから! って。
だけどレンジったら、しつこくて!
なかなか引き下がらなくってね?
……じゃあ三年後に。
懸命に働いて余剰分が出た場合に。
その一部を寄付してください。
それならば代表も承知してくれると思うから、って。
そう伝えたわ」
「へええ?
なるほど、ねえ?
フィールリズムは最大値を振り切っている。
愛が満ち溢れている。
さすがは凛花代表! 最強だっ」
凛花は窓を開けて空を見上げる。
いくつもの龍神雲。
風に吹かれて流動しいている。
「羽衣さん願い……。
叶うといいなあ……」




