表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/142

第二十六章 ①じゃばらみかん

 映画館・ステージ上。


 不意に。

 空気が変わった。

 閉じた(まぶた)の外に差し込む光を知覚した。

 輝章(きしょう)(おもむろ)に目を開けた。


 ささっ……、

 右手で頭をさすってみる。

 遮光頭巾(しゃこうずきん)は消えていた。

 足元には。

 小ぶりな『みかん』が並べ置かれていた。 


 「ああ、これが……。

 邪払(じゃばら)みかん、か……」

 

 きょろきょろ、

 辺りを見渡す。

 観客席は動いていない。

 静止画像のように止まっている。

 未だ『時間(とき)』は止まったままだ。

 

 レンジは泣いていた。

 床に()()して嗚咽(おえつ)を漏らしていた。

 

 スッ、

 輝章は右手を差し出す。


 「あの……。

 もし良かったら……。

 僕に(つか)まってください」


 ビクッ……、

 レンジはこわごわ顔を上げた。

 気まずい心地が漂う。

 わずかに気後れする。

 しかし。

 差し出された手を(つか)む。

 支えられて立ち上がった。


 (まぶた)は赤く()れている。

 吹き荒れた突風で髪型は崩れている。

 高級オーダースーツは(ほこり)まみれになっている。

 ぱんぱんっ、

 輝章は(ほこり)を払い落とした。


 「あ、あの……。

 ありがとう……。

 それにしても参ったな。

 ヨレヨレだ……」


 「はは……、

 僕の髪もボサボサです……」


 ふたりは(いささ)かばつが悪かった。

 だがしかし。

 ()き物が落ちたかの如くに身体が軽い。

 静穏(せいおん)面持(おもも)ちに変わっていた。

 

 羽衣(うい)はしゃがみ込んで泣きじゃくっていた。

 遮光頭巾(ずきん)は消えていた……。


 「羽衣さん……、

 大丈夫?」


 輝章は腰を(かが)めて(のぞ)き込む。

 大きな瞳から涙が止めどなく(あふ)れ出ている。

 輝章はジャケットからハンカチを取り出した。

 そっと涙を(ぬぐ)ってあげた。

 

 「ほら……、

 僕につかまって?」


 「わっ……?

 あっ、あのっ! 

 ありがとうございますっ」


 (ほお)と耳を紅く染めた。

 ぎゅっ、

 輝章の手を(つか)んで立ち上がる。

 ピタリ……、

 羽衣の涙は止まった。

 

 スッ、

 輝章は足もとの小さな()()()を指差す。

 ふたりに目くばせした。

 そうして。

 床に並んだ()()()(ひろ)い上げた。


 「さあ! レンジさん、羽衣さん! 

 『処罰(しょばつ)』の時間です。

 じゃばらみかん……、

 心していただきましょう!」


 「はいっ」


 羽衣は大きな声で返答した。

 レンジは神妙な面持(おもも)ちで首肯(しゅこう)した。


 (つや)のないみかんだ……。

 しわしわの皮をむく。

 ポイッ!

 一房(ひとふさ)、口に放り込んだ。


 「…………! 

 うっ? うううっ?」


 「うっ……、わあっ! 

 ()っぱああああいっ……!」


 「ゴホッ、ゴホッ……!

 ゔゔっ、ぐぐっ……」


 三人の顔はくしゃくしゃだ。

 あまりの酸っぱさに(むせ)(かえ)る。


 輝章は涙目だ。

 思わず苦笑(くしょう)する。


 「これは……、

 なかなか素敵な制裁ですね……」


 「……はい。

 ビックリしました……」


 「これは……。

 参った……」


 ふるふるふる……、

 三人は震え出す。

 なぜか笑いが込み上げてくる。

 ははっ……!

 顔を見合わせ吹き出した。

 そうして。

 ひとしきり笑った。

 

 ザワザワ…………、がやがやがや…………


 観客席がざわめいている。

 いつの間にか。

 会場に熱気が戻っていた。

 静止していた『時間(とき)』が動き出したのだ。


 輝章はすぐさまマイクを握る。

 観客席に向かって言葉を発する。


 「『リレーション・(えにし)』。

 いかがだったでしょうか? 

 とある家族の。

 とある(きずな)の形をくり抜いて。

 映像化させていただきました」


 盛大な拍手が起こった。


 「そして本日。

 皆さまに『重大発表』があります!

 この作品のダブル主演であるレンジさんと羽衣さん!

 このおふたり……、

 『実の親子』ですっ」

 

 ザワッ? 

 ザワザワザワッ…………!


 観客席がどよめいた。

 無数のフラッシュが光る。

 芸能記者たちは驚愕(きょうがく)して身を乗り出す。


 輝章は続ける。


 「映画のシナリオでは……。

 レンジさんと羽衣さんは愛人関係にありました。

 しかし当然ながら。

 それは虚構(フィクション)です。

 そして世間を騒がせている不倫の噂は流言(デマ)です。

 真実はただひとつ。

 おふたりが正真正銘の親子である、ということです」


 ネットに。

 スマホに。

 速報ニュースが流された。


 「生きていく道のりには。

 複雑な問題や葛藤(かっとう)があります。

 レンジさんと羽衣さんの経緯(いきさつ)には。

 無論、何らかの事情があったと推察(すいさつ)できます。

 それはもしかすると。

 大きく間違えた行動だったかもしれません。

 しかしながら奇跡が起きました。

 離れ(ばな)れだった父娘(おやこ)邂逅(かいこう)したのです!

 ふたりは困難を乗り越えてきた……。

 藻掻きながらも生きてきた……。

 だからこそ!

 『現在(いま)』があるのです。 

 そこで皆さまにお願いがあります!

 レンジさんと羽衣さんの『過去』……。

 興味本位に詮索(せんさく)のはやめませんか? 

 掘り返して蒸し返すのはやめませんか?

 まずは。

 この父娘(おやこ)の姿を見届けてください。

 そしてその(のち)の『未來』に!

 判定していただきたいのです」


 観客は共感する。

 拍手で(こた)える。

 

 輝章は(えり)を正す。

 深呼吸する。


 「それからもうひとつ……。

 お伝えしたいことがあります。

 僕には心から尊敬する女性(ひと)がいます。

 彼女は罪を赦し慈悲心を向けます。

 幸せを願って背中を押してくれます。

 そして。

 惜しまず与える尊さを教えてくれました……。

 僕は決意表明します!

 この先の未來!

 彼女の『透明な心』に恥じない生き方をしていきます!」


 記者からの質問が飛ぶ。


 「輝章監督! これは熱愛宣言ですか?」

 「彼女とは……?

 特別な女性、ということですよね?」 

 「それは監督の恋人……、ですか?」


 輝章は即答する。


 「いいえ、違います! 

 彼女には素敵な恋人が()られます。

 聡明(そうめい)な彼女に相応(ふさわ)しい相手(パートナー)……。

 それは僕ではありませんでした!

 残念ながら……。

 まったく相手にされていませんでした! 

 皆さま!

 本日はありがとうございましたっ」


 輝章は深く頭を下げた。

 レンジと羽衣も観客席にお辞儀する。

 三人は清々(すがすが)しい笑顔で礼を伝えた。

 

 ふわふわふわ…………


 会場は柔らかな空気が(ただよ)っていた。

 温かな慈悲を感じる。

 優しさに包まれる。

 心身が癒される。

 希望が沸きあがってウズウズする。

 躍動やくどうの予感が(ただよ)う。

 それは。

 五感を超越した不思議な感覚だった。


 彼方の空から。

 天赦(てんしゃ)光芒(こうぼう)が降り注いでいた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ