第二十五章 ③審判(結論・コンクリュージョン)
映画館・ステージ上。
キラリッ…………!
放射線状の光が差し込んだ。
辺り一面。
眩い光に覆われた。
その刹那、
レンジの視界は真っ白になった。
……遥か彼方から。
天使の梯子の光芒が降り注いでいる。
醜悪下劣な俺を照らしてくれている。
……ああ、なんてあたたかいのだろう。
ふわふわして地に足がつかない。
不思議な感覚に支配される。
それはまるで。
貴き御方の。
極大慈悲の御手に抱かれて。
柔らかなベールに包み込まれているようだ……。
会場を漂う空気はなんとも霊妙不可思議だ。
意識が遠のく。
呼吸がゆっくりになる。
心身が神秘的極限値に到達する。
バタンッ……!
レンジはその場に倒れ込んだ。
そのまま。
死んでいるかのような深い眠りについた。
一方……。
輝章の感情は昂っていた。
心が相反して葛藤する。
……ああ、切なくてたまらない。
愛しい女性の声が聞こえる。
密かに慕い続けていた女性がすぐそばに居る。
凛花さんがそこ居る!
それなのにっ……!
会えないなんて……!
視界を遮るこの頭巾。
煩わしくて仕方ない。
この際、思い切って!
遮光頭巾を取っ払ってしまおうか……?
放り投げて駆け寄ってしまおうか……?
顔が見たい……。
会いたい……。
……もうこれで。
終わりでもいいのかもしれない。
この先の未來が破滅に向かったとしても……。
この場で制裁されてしまったとしても……。
それでもいい……!
凛花さんに会えるなら……!
もう、どうなったって構わないっ……!
ぐしゃりっ、
遮光頭巾を握りしめた。
「やめときなよ」
誰かに腕を掴まれた。
軽々ひとひねり、押さえつけられた。
暴走した突発的衝動……。
瞬時に鎮められてしまった。
輝章は冷静さを取り戻す。
背後に霊妙な空気を感じる。
恐る恐る問いかける。
「あ、あの……?
誰? ですか……?」
ぼそり、
低い声が響く。
それは若い男性の声だった。
「あのさ……?
輝章くん……、だっけ?
馬鹿な行動はやめときなよ。
頭巾を外すと後悔するよ?」
「え? あの……?
あなたは、一体……?」
「ああ、俺?
俺は凛花の恋人だけど?」
「えっ?
こい、び、と……?
凛花さんのっ?」
「そ。
だからつまりさ?
あんたの運命の相手。
それは凛花じゃない、ってこと」
「あ、ああ……。
そう、ですよね……」
「あんたはさ?
グラビリズムとモアレリズム。
ふたつのリズムが最大値だ。
稀なる成功者だ。
だけど龍使いとの縁はさ?
『是契約』までで終わっているんだ。
賢いみたいだし……?
実は分かっているよね?」
「はい……」
「凛花はさ……。
あんたの成功を喜んでいる。
さらなる成果収穫を望んでいる。
なぜなら。
作品を契機としてチャンスが広がる人たちがいる。
活躍の場を広げる新人俳優、大勢のスタッフがいる。
優秀な人材が生み出されていく……。
それが嬉しい、ってさ?
凛花は『是・契約者』の活躍を願っている。
その意味、わかるよね?」
「凛花さんは……。
僕の作品を観てくださっているのですね?
応援してくださっているのですね?
凛花さんが喜んでくれてる……。
嬉しいですっ」
「ん、そうだね?
あんたが手掛けたドラマ、映画、演劇。
そのすべてを観ている。
そして感動の涙を流してるよ?
凛花は輝章くんに期待している。
これから先の未來も。
大衆に恵みを与えてほしい。
他利の行動を継続してほしい、って。
心から願っている」
輝章は胸の奥が熱くなる。
若い男は続ける。
「ま、凛花のことはさ?
俺に任せていいからさ?
あんたはあんたの幸せを掴みなよ?
案外近くに……。
本物縁が転がっているかもしれないよ?」
「はあ……。
僕にも本物縁があるのかな……」
「ククッ!
あるんじゃない?
だってさ? 今まさにさ?
遥か彼方の天空から。
貴き御方が見守ってくれている。
此処に光を注いでくれている。
あんたたちのためにさ?」
輝章は完全降伏した。
皮膚がゾクゾクして泡立つ。
新奇な感覚がある。
この男性は只者ではない。
崇高な御人に違いない。
見えずとも納得できた。
自ずと感受して合点がいった。
輝章は感謝を伝える。
心を込めて告げる。
「凛花さんは陽だまりのような女性です。
頑なに閉ざした僕の心を溶かしてくれました。
新たな未來に背中を押してくれました。
そうして僕は!
夢を叶えることができました」
「うん」
「僕にとって。
凛花さんは恩人です。
かけがえのない女性です。
だから生涯ずっと!
『特別な存在』であり続けると思います」
「うーん……。
特別……、か。
ま、そうだろうね?
凛花から醸される『フィールリズム』はさ?
さり気なくて優しくて。
素朴であたたかいんだ」
輝章は声を張り上げる。
「それからっ! あのっ!
部外者が言うべきではないかもしれませんがっ!
凛花さんのこと……、幸せにしてくださいっ!
誰よりも! 幸せにしてあげてくださいっ!
どうかどうか! お願いしますっ」
「ん……、了解。
まあそもそも?
言われなくてもそのつもりだけどね?
それに部外者のあんたにはさ?
一切関係ないけどね?」
ひょいっ、
イレーズはコン太の顔を覗き込む。
コン太は必死に訴える。
(イレーズゥゥッ!
動けないよお!
喋れないよお!
何とかしてくれよおっ……!)
「ククッ!
そろそろいいかな」
イレーズは愉快気に笑う。
チョンチョン、
鼻先を突く。
途端に……。
コン太は動き出す。
「ぷはあっ……!
ゼイゼイッ……!
ハアハアッ……!」
「コン太、お疲れさん」
「イッ、イレーズッ!
……なっ、なんで?
どうしてここに?」
「もう役目は終わったよ?
そろそろ帰ろうか?」
「うっ、うぬぬぬぬう……!
そうかっ!
そういうことかっ!」
緋色龍神ミュウズと貝紫色龍神ユウイ。
ふたりは面食らって後退る。
「あ、あらまあっ! イレーズ……!
えーっと……。
じゃ、じゃあ私たち。
棲み処に帰るわね!
コン太がうるさそうだから……」
「あ、あらあっ、イレーズ……。
ごきげんよう……。
……そ、それではまた。
神在月の出雲でお会いしましょう……」
「あっ! ミュウズママ!
ユウイさま!
今日は本当にありがとうっ」
凛花は両手を振って礼を伝える。
屈託ない笑顔だ。
フッ、
イレーズは目を細めて笑う。
見たことのない優しい眼差しだ。
穏やかで柔和な表情だ。
ミュウズとユウイは顔を見合わせる。
イレーズを冷やかす。
「あらあらっ! イレーズったら!
凛花には飛びっ切り優しいのね?
うふふっ、じゃあまたねっ!」
「あらっ、まあ! オホホ……。
仲がよろしくて何よりですわね。
ではまた……」
……シュンッ!
ミュウズとユウイは消えた。
ショボン……、
コン太は小さくなった。
イレーズに首根っこをつかまれる。
シュン……!
連行されて姿を消した。




