第二十四章 ⑥制裁(性根・ネイチャー)
映画館・ステージ上。
凛花はレンジと向かい合う。
会話を続ける。
「数年前に刊行されたレンジさんの自叙伝。
『決別』……。
拝読させていただきました」
「え……?
あんなものを……?」
「レンジさんが十歳のとき。
ご両親は離婚されたのですね……?
レンジさんは子役として華々しく活躍されていた。
その裏側で。
家族は崩壊してしまった。
出演料を巡って諍いがあったと……」
レンジは息をつく。
乾いた笑いをこぼす。
「はは、は……、その通りだ。
父親も母親も息子に寄生していた。
子供の稼いだ金を奪って散財していた。
金銭感覚は狂っていた。
そのうち、互いに愛人ができた。
すると喧嘩が絶えなくなった。
離婚は必然だった。
押し付け合いの末、親権者は母親に決まった」
凛花は頷く。
レンジは続ける。
「しかし離婚後も……。
父親は金の無心に訪れた。
ろくに仕事もせず昼間から酒を飲んでいた。
飲み屋の女を侍らせて豪遊していた。
二年後。
肝臓を壊して死んだ……。
まさに自業自得だ。
ろくでなしの父親だった」
「…………」
「母親もろくでなしだった。
情緒不安定女は次々に若い彼氏を作った。
散々貢がされた揚げ句に捨てられていた。
……邪魔者め! あんたのせい!
レンジさえ居なければ……!
決まって同じ台詞を吐いた。
ヒステリックに泣きわめいた。
子供心に愚かな女だと思った。
しかしそんな母親でも好きだった。
男がいないときだけは優しかった……。
そんなある日。
母親が失踪した。
担当ホストと駆け落ちした。
俺はまだ十三歳、未成年だった。
やむを得ず。
事務所の社長が引き取った……」
「確か……。
成人するまでの数年間。
社長宅で生活されていたのですよね?」
レンジは首肯する。
「社長は恩人だ。親以上の存在だ……。
それから半年後。
母親が社長宅に乗り込んできた。
駆け落ちしたホストに捨てられたのだ。
子供を返せ! 怒鳴り散らした。
だけど俺は親元に戻らなかった。
身勝手でだらしない母親に嫌気がさしていた。
母親にはいつだって男の影があった。
その証拠に。
社長から金を受け取るとすぐに消えた……」
「…………」
「とは言え。
母親もすでに死んでいる。
俺が十七歳のとき自殺した。
自殺の理由……。
それは当時の彼氏に捨てられたからだった。
失踪先のアパートに遺書のような走り書きが残されていた。
だがそれは息子への遺言ではなかった。
【捨てないで。愛してる】それだけだった。
近親者は居なくなった。
親は子供を所有物のように扱う。
親は子供を利用する。
大人は信用できない。大人は嘘つきだ。
大人なんて大嫌いだ。
……そう思った」
凛花は得心する。
レンジの言葉……。
そこに欺瞞はなかった。
「レンジさんの偏った倫理観……。
それは家庭環境が起因していたのですね。
大人に対する不信や嫌悪。
それらが行動を逸脱させた。
小児性愛へと向かわせたのですね?」
「無論。
家庭環境は一因としてあるでしょう……。
だとしても!
犯罪を肯定する理由付けにはならない。
要するに俺は!
嫌悪していた『ろくでなしの両親』と同類だった。
か弱い者を押さえつけて征服した。
身勝手に奪って利用した。
そして何ひとつ。
責任を果たすことなく逃げていた……」
「ですが……。
レンジさんは被害者でもありますよね?」
「いや、俺は加害者だ。
今さら遅いが、ようやく分かった。
親が子を愛する想い……。
被害者家族の胸の痛み……。
そして。
当事者が負った心の傷……。
それらは生涯消えないことを……」
「確かに。
心的外傷の完治は困難です。
ですがそれでも。
ゆっくりゆっくり快方に向かいます。
少しずつ軽くなって癒えていきます」
「いやっ!
俺の仕出かした罪は途轍もなく重い。
謝罪の言葉が見つからないほど罪深い。
すべては。
俺の暴慢が招いた結果です……」
ピュン……!
凛花は真珠色龍神ノアの背に跨った。
ステージ上方に移動する。
ピタリ、
レンジの頭上に空上静止した。
凛花は深呼吸する。
そして高らかに宣言する。
「レンジさん……。
私はあなたを赦します!」
コン太は焦る。
当事者の申し渡しは絶対だ。
このままでは。
制裁執行を中止しなければならない。
「凛花っ、やめろ!
今までどれほど泣いた?
今までどれほど耐えた?
あの涙を思い出せっ!
苦痛の日々を忘れるなっ」
凛花は首を横に振る。
穏やかに笑う。
「コン太……。
もういいの……。
だって私は生きている。
当たり前の日常を重ねている。
ノアが居て。
コン太が居て……。
幸せに暮らしているでしょう?
だから、もういいの……」
「ダメだっ、赦すなっ!
あの暴行のせいで……!
子供を宿すことができなくなったじゃないか!
女性機能のすべてを失った。
内臓はぐちゃぐちゃに破壊されていた。
殺されたも同然の蛮行だった!
どれほど泣いたか思い出せっ!
家族の嘆きを忘れるなっ!
こんな鬼畜!
八つ裂きにして殺してしまうべきなんだっ……!」
レンジは絶句する。
滝のような涙を流して立ち尽くす。
たった今……。
『残酷な事実』を知ったのだ。
「そ、そんな……?
内臓が……?
ま、まさか……?
嗚呼ァァっ…………!」
……どうやら俺は。
正真正銘の『鬼畜』だった。
宇和島の幼女の純潔を奪った。
女性機能のすべてを破壊していた。
輝くはずの『未來』を奪った。
太陽を覆い隠して光を奪った。
暗い影を落としていた。
金では解決できない……。
罪過を悔いても取り返しはつかない……。
もはや時は戻らない……。
俺は決して!
赦されてはならないっ……!
レンジは呂色九頭龍神在狼の前に立つ。
切に懇願する。
「在狼くん、頼みがある。
是非とも死んで償いたい。
どうかお願いだ。
今すぐ俺を殺してくれ……」
「イヒヒッ! 了解だよ?
元凶の要望とあらば!
いつでも制裁可能なんだ。
それにさあ?
如何なる経緯背景があったとしても!
おいらには関係ない。
あんたに情状酌量の余地はない。
それじゃあ……、覚悟はいいかい?」
「はい。
お願いしますっ」
ニヤリ、
コン太は冷笑する。
シュッ!
レンジの首筋に竜爪を突きつけた。




