第二十四章 ④制裁(中断・インターラプション)
映画館・ステージ上。
ピカァァッ!
眩むような閃光が差し込んだ。
ガシッ!
コン太の動きは封じられた。
「コン太!
待ちなさいっ」
「そうですわ。
お待ちになってっ」
立ちはだかるは二尊の女龍神……。
緋色龍神ミュウズ。
貝紫色龍神ユウイ。
表裏龍王の妻だった。
コン太は瞬時に察する。
……ヤバいっ!
このふたり、怒っている……。
制裁は一時中断だ。
ゴリ押しできないと判断する。
サッ!
竜爪をひっ込めた。
「あれれえ?
どうしてママンとユウイが居るんだい?
一体どうしたんだい?」
ミュウズとユウイは呆れ顔をする。
大げさに嘆息する。
おどけるコン太を叱りつける。
「コン太ッ!
こんなところで何しているの?
レンジは『是・契約者』ではないでしょう?
否の制裁指令は出ていないはずよ?
はあぁっ、まったく!
頭が固い男って、嫌よねっ」
「わたくしも同意見です。
勝手な行動はいけません。
それに……。
心がお狭いですわ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!
ママンもユウイも知っているだろう?
こいつは龍神界の敵だ。
空蝉の烙印を焼き付けられた指名手配者だ。
だったら!
万能龍神のおいらが制裁したって問題ないはずだ。
何で邪魔をするんだい?」
「それは誤断よ?
たとえ彼がエラー人間だとしても。
裁きには天上界の承認が不可欠よ?」
「そうですわ!
未來王の承認をいただいたのですか?」
「うっ、うぐぐぐっ……。
確かに未來王の承認はまだだけどさ?
事後報告するつもりでいたさ!
それにさ?
ママンもユウイも凛花の味方のはずだろう?
レンジを殺したいほど憎いはずだ。
それにこれは『同値の愛』範囲内のはずだ!」
コン太は言い負かされる。
必死に言い訳する。
……ピュンッ!
目の前を何かが横切った。
それは真珠色龍神ノアだった。
ギロリ、
眼光鋭く睨みつける。
コン太は慌てふためく。
「え? え?
ノア……ッ?
まさか! 秘密行動していたことを怒っているのかい?
もしや! おいらに愛想を尽かしたのかい?
うっ、うへえぇっ?
お願いだよっ! 嫌わないでおくれよ!
後生だよおっ」
するり、
ミュウズとユウイは移動した。
輝章と羽衣の耳元に囁く。
「あなたたち是・契約者ね?
『誉』を手中にしてるわね?
悪いけど。
この『頭巾』を被ってちょうだい。
今からこの場所に。
龍使い・凛花が来るわ」
「瑞光オーラに再度触れることは危険です。
是・契約者には『目隠し』が必要となります。
これは契約者を守るための措置です。
私たちに従ってくださいませ」
輝章と羽衣は顔を見合わせる。
状況を察する。
貝紫色龍神から白い頭巾を受け取った。
それは龍神界の秘宝のひとつ。
帚木の織物で作られた遮光頭巾だった。
ふたりは指示に従う。
すっぽり、頭から被る。
すると顎下まで覆い隠された。
こうして。
契約者の視界は完全に遮断された。
一方。
レンジの視界はそのままだ。
訳が分からず狼狽える。
しかし考え及ぶゆとりがない。
……どういうことだ?
夢か現か幻か?
にわかに信じ難い不可思議な光景だ。
目の前に。
数体の龍神が集結している。
人間の言葉を喋っている……。
即物的結論に至る。
どうやら龍神は架空生物ではない。
この世に存在する。
それも数多に生息しているらしい……。
ふわり、
そよ風が吹き抜けた。
真珠色龍神は空上に静止した。
ステージ上方から透き通る声が響き渡る。
「お願いがあります!
輝章さん、羽衣さん!
決して、遮光頭巾を外さないでください!
是・契約者は瑞光オーラを再び目にしてはいけないの!
それからコン太……。
レンジさんと距離をとってくれるかな?」
声の主。
それは、凛花だった。
「うっ……、
うぬぬぬう……」
コン太は凛花に弱かった。
懇願されると反抗できない。
数歩、引き下がった。
ドキッ!
輝章の鼓動が高鳴る。
情愛で胸が締め付けられた。
羽衣は確信する。
小さく叫ぶ。
「う、……わあっ!
この声……。
ほんとに凛花さんだあ……」
レンジは頭上を見上げる。
視線の先に真珠色龍神の姿を捉えた。
その背には若い女性が乗っている。
……ストン、
若い女性が龍神の背から降りた。
なぜかレンジの正面に立つ。
視線が重なる。
女性は小さくお辞儀した。
「こんにちは。
凛花と申します」
「……?
りんか……、さん……?」
レンジは怪訝顔をする。
首を傾げて凝視する。
……誰だ?
俺の知り合いか?
しかし見覚えはない。
まったく見当がつかない……。
「お久しぶりです。
私はあの日の子供です。
十五年前。
みかん山に居た『宇和島の幼女』です」
「え…………?」
レンジは瞠目する。
震撼して震え出す。
……いや? 嘘だろう?
まさか……?
……ア? 嗚呼ッ!
なんてことだっ!
目の前に立つこの女性……!
『宇和島の幼女』だ!
あの日の無垢な天使だ!
愛くるしい面影、ありありと残っている!
間違いない……。
ヒュー……、
体温が急降下する。
呼吸を忘れて蕩揺する。
ぐらんぐらん……、
立っていられない。
ドサリ……、
膝から崩れ落ちた。
「あ、あ、あ、あ、謝りたい……。
つ、つ、つ、償いたい……。
い、いや……?
あ、あの? あれ……?」
支離滅裂だ。
もがもがと口ごもる。
落ち着こうと胸を叩く。
必死に呼吸を整える。
ゆらり、
立ち上がる。
掠れ声を絞り出す。
「十五年前のあの日。
俺は罪を犯した。
みかん畑で無垢な天使に襲い掛かった。
欲望を剥き出しにして散々弄んだ。
我に返って血の気が引いた……。
幼女は血まみれのボロ人形に変わり果てていた。
すでに息絶えて、死んでいるかのようだった。
俺は迷わず決断した。
どちらにせよ。
この幼女は長くはもたない。
築き上げた俳優生命を失いたくない。
だから一目散に逃げ出した……」
凛花は小さく頷く。
静かに耳を傾ける。
レンジは続ける。
「数日後。
依頼した弁護士から『示談成立』の連絡が入った。
取りあえず幼女は無事だった。
しかも慰謝料は不要だという。
不遜な俺は円満解決を喜んだ。
心の底から安堵した。反省すらしなかった。
事の重大さを理解できたのはつい最近だ。
そしてようやく気がついた。
俺は生きている価値のない男だと……。
だから夢に出てくる九頭龍神に依頼した。
俺を殺してくれ……! 切に願った……」
コン太は大げさに頷く。
会話に割り込む。
「そうだよねえ?
願ったよねえ?」
「はい。間違いありません。
過去の俺は……。
異常心理者だった。
卑しくて粗暴な鬼畜だった。
ずる賢くて欲深い下衆男だった。
八つ裂きでも生ぬるいでしょう……」
「イヒヒッ!
確かにそうだねえ?
生ぬるいねえ?」
「ああ、そうだっ! もしも可能なら!
被害者である貴女が俺を殺してくれないか?
そうしてもらえたら本望です」
コン太は呆れ果てる。
侮蔑して言い放つ。
「ケッ!
あんたってさあ?
どこまでも身勝手なお馬鹿さんだよねえ?
常識的に考えてみなよ。
被害者を人殺しにするつもりかい?
心の傷を増やすつもりかい?
鬼畜男・レンジめ!
金輪際!
凛花を傷つけることは許さないっ」
「あっ、ああ……!
確かにそうだ。
在狼くんの言うとおりだ。
俺の性根は腐っている。
狡猾な性分……。
骨の髄まで染みついてしまっている。
情けなくて恥ずかしい……」
「まさしくそうだねえ?
自覚できて良かったねえ?
ということで!
おいらが制裁してあげるねえ?
覚悟は定まったかい?
もういいかい?」
レンジは承服する。
深く諾った。




