↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/143

第二章 ④否の起業家・マナブ(契約)

 千代田区・大手町。


 往時を懐古させる煉瓦(れんが)造りの東京駅。

 過剰に整備された街並み。

 無機質な高層ビル。

 こ洒落た商業施設。

 いわゆる勝ち組、と呼ばれるエリートのオフィス街だ。


 マナブは不貞腐れる。

 丸の内界隈(かいわい)を歩くとき。

 無性(むしょう)に苛立(いらだ)つ。

 劣等感に苛(さいな)まれる。

 否応なしに卑屈な感情がわき出す。


 自信満々だった就活に失敗した。

 内定をひとつも取れなかった。

 それにしても企業は見る目がない。

 誰よりも優れているこの俺を落とすとは! 

 絶対に見返してやる。


 黒い感情をひた隠して、肩で風を切って歩く。

 虚勢を張って余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)を装う。

 その聳(そび)え立つ自尊心。

 それは奇跡的にプラス方向に働いた。


 マナブには野望がある。

 若年層をターゲットとした新規事業を立ち上げる。

 そのために。

 ビジネススクール開催のセミナーを受講している。

 資金計画を立てて融資先は概(おおむ)ねの目星をつけた。

 大学時代の伝手(つて)を辿る。

 優秀な人材確保にも動いている。


 今まで金にならないと敬遠されていたビジネス領域。

 そこに新たな活路を見出(みいだ)した。

 もしもこの主眼が的中すれば。

 自らが先駆者(パイオニア)となり得(う)るのだ。


 就活惨敗(ざんぱい)。

 その誤算があったからこそ、目標が定まった。

 しかし今の身分はニート。

 府中の実家で居候(いそうろう)中だ。

 

 新宿三丁目。

 帰宅途中。

 バルに立ち寄り軽く酒を飲む。

 ほどよく酔いがまわって会計を済ませた。


 西口改札へ向かう。

 雑然としたネオン街を歩く。


 キラリ……、

 目の端に五色の光芒(こうぼう)を捉(とら)えた。

 視界に飛び込んだのは若い女。

 眩(まばゆ)い光を放って歩く小柄な女だった。


 ……あれは菩薩の光背か? 

 その女の煌(きら)めきに釘付けになる。

 きょろきょろ、

 辺りを見回す。

 なぜかその女を注視している人間は見当たらない。

 どうやら不思議な光が見えているのは自分だけらしい。


 マナブは距離を保って尾行(びこう)する。

 小柄な女は慣れた様子で人の流れに沿って歩いている。

 歓楽街・歌舞伎(かぶき)町(ちょう)方面に向かっている。

 要(い)らぬ雑念を巡らせる。


 ……清楚(せいそ)に見えるが?

 まさか売女(ばいた)か? 

 

 西武新宿駅の改札をぬける。

 下り電車に乗車した。

 マナブは慌(あわ)てふためく。

 同じ車両に駆け込んだ。


 離れた位置から観察する。


 ……童顔だが大学生くらいか?

 赤ん坊のような透明肌。

 つぶらな瞳、清楚な風貌。

 なかなか可愛い顔をしている……。


 女は新所沢駅で下車した。

 マナブは追いかけて改札を通り抜けた。

 横に並ぶまで数十センチ、

 そんな位置まで近づいた。


 くるり、

 その女が突然振り向いた。


 「こんばんは。

 私は凛花といいます。

 また後でお会いしましょう」


 早口でそう告げて。

 踵(きびす)を返して歩きだす。


 彼女を引き留めたい。

 ヌッ、

 手を伸ばした。


 スッ……! 

 どこからともなく長身女が割り込んできた。

 長身女が視界を遮(さえぎ)る。

 行く手を阻(はば)んで邪魔をする。

 ついに凛花を見失ってしまった。


 マナブはムカつく長身女を睨(にら)みつけた。

 すると即座に睨み返された。

 そして思わず目を瞠(みは)る。

 長身女は途轍《とてつ》もない美女だった。


 ……芸能人? 女優? 

 それともモデルだろうか?


 モデル女は不愉快そうに顔を歪(ゆが)める。

 そして、ため息交じりに手招きをする。

 マナブを駅の路地裏へといざなった。


 モデル女は告げる。


 「私は真珠色龍神ノア。

 あなたは龍神と契約する権利を得たの。

 この契約書を読んでサインするかどうか決めて」


 目の前に『是(ぜ)契約書』が差し出された。


 「龍神? 契約?」


 奪い取って読み込む。

 そうして理解した。


 ……龍使いの瑞光オーラ。

 それは天賦(てんぷ)の才(さい)を有した人間だけに見える。

 視界に捉(とら)えることができる。

 そして我こそが!

 龍神に選ばれた特(・)別(・)な(・)人(・)間(・)である! 


 マナブは恍惚(こうこつ)として夢想する。

 先駆者(パイオニア)として称賛される姿を!

 もてはやされチヤホヤされる日常を!

 贅(ぜい)を極めた金満生活を!


 この機を逃すまいと気が急(せ)いる。

 真珠色龍神からオーロラペンを奪い取る。

 是(ぜ)・契約書にサインした。


 サラリ……、

 ペンは砂になる。

 指の隙間からこぼれて消えた。

 それでも契約は成立したらしい。


 龍神の背に乗せられてワープする。

 闇夜の鬼ヶ城に辿り着く。

 浜辺には龍使い・凛花が立っていた。


 ペコリ、

 お辞儀をされた。


 マナブは値踏みして凝視(ぎょうし)する。


 ……ふうん? 

 特別なそぶりのないこの女が龍使い? 

 この俺を成功へと導く力があるというのか? 

 まあだけど。

 それにしても可愛いな。

 好みのタイプだ……。


 凛花に好感を抱く。

 光背(こうはい)纏(まと)う龍使いはひときわ輝いて見える。

 鼓動が高鳴って昂(たかぶ)った。

 素朴な疑問は好意の前に吹き飛んだ。

 

 日の出の刻。

 至極色龍神が天高く飛翔した。

 この瞬間。

 マナブは造形無き『誉(ほまれ)』を手中にした。


 龍使い・凛花が告げる。


 「マナブさんの戦略的プランニングは早々に実現します。

 仕事に誇りを持ち社会に貢献していってください。

 初心を忘れず清廉(せいれん)さを保ってください。

 決して目先の欲望に惑(まど)わされないでください。

 そうすれば『誉(ほまれ)』状態は持続します。

 社員を大切にしてください。

 常に顧客に感謝してください。

 傲慢(ごうまん)な心を捨てて堅実な経営者になってください。

 あなたのグラビリズムが保たれますように……。

 そっと密かに願っています……」


 凛花の澄んだ声。

 心耳(しんじ)に響いた。

 ふと瞬(まばた)きをする。

 なぜか府中市の自宅に戻っていた。

 マナブは頭を掻きむしる。


 ……あの生々しい出来事は夢? 

 それとも…………


 夢ではなかった。


 恐ろしいほど順調に起業は実現した。

 立ち上げた会社は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)。

 多くの従業員を抱える規模に成長した。

 マナブの意思決定に迷いや狂いはない。

 すでに膨大(ぼうだい)な利益を上げている。


 繫(はん)多(た)の日々。

 スケジュール調整が必要なほど隙間ない忙しさは快感だ。

 疲労感が抜けない夜。

 購入したばかりのタワーマンション。

 高層階から東京の夜景を見下ろす。

 ロックグラスに年代物のマッカランをなみなみ注ぐ。

 喉を鳴らして流し込む。

 自らの才能と幸運引力に陶酔(とうすい)する。

 この時間こそが至福だ。


 今や。

 カリスマ経営者と崇(あが)められている。

 天才的パイオニアと褒めそやされている。

 少し前まで。

 学歴や年収への劣等感があった。

 勝ち組連中が憎たらしかった。

 認められたい、褒められたい。

 そして崇(あが)められたい……。

 異常なまでに『評価』を欲していた。


 そんな俺が。

 今やカーストの頂点にいる。

 もはや社員は飼い犬だ。

 取り巻きは追随者(ついずいしゃ)だ。

 これらすべてが天から与えられた褒賞?

 いやいや、

 すべて俺の実力だ。


 最近はメディア露出が増えた。

 途端に女が群がってくる。

 俺に媚《こ》びて機嫌を取る。

 甘えてねだる。

 金目当てだって構わない。

 今まで見向きもされなかった高いステータスの女たち。

 チヤホヤされるのは気分がいい。

 毎日がゴージャスだ。


 ……ああ、最高だ。

 自己顕示(けんじ)欲(よく)が満たされていく。

 欲しかったものはすべて手に入れた。

 名誉、称賛。

 一等地のオフィス。

 豪華な暮らし、高級車。

 そして女も……。


 いや? 

 まだ欲しいものがある。

 欲しくてたまらないものがある。


 それは、あ(・)の(・)女(・)だ。

 彼女は美しかった。

 周囲とは次元が違っていた。

 オーラを纏(まと)っているせいか?

 一際(ひときわ)輝いて見えた。

 

 欲しい!

 龍使い・凛花が欲しい…………!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。