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転生敏腕マッサージ師、どん底から返り咲く  作者: 藤井


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9.五十肩

「しかし、雨が止まないね」

「雨期でもないのに、すごい雨ですね」


 ここ数日降り続く雨のせいで客足が遠のいているせいか、女将さんは窓の外を眺めてため息を吐いていた。


「この季節にこんな降るなんて珍しい。気温も下がって、肩が痛むよ」

「女将さん、肩が痛むのですか?」

「ああ。ここ数年はひどくて、腕が上まで上がらないんだよ。もう歳だね」

「あの、もし良ければですが、私に肩を揉ませていただけませんか?」

「ソフィが肩を揉んでくれるのかい?」

「はい。お忙しくなければぜひ。」

「この雨じゃ新規のお客も来ないからね、やってくれるってならお願いしようかね」


 椅子に腰かけた女将さんの後ろに回り、首筋から肩先まで触っていく。


「肩を動かすと痛みますか?」

「少しね」

「右肩ですね」

「そうだよ、上に上がらなくてね。洗濯もできない」

「エプロンの紐を結ぶのが辛くありせんか?」

「そうさ、その通りだよ」


 女将さんの症状から、五十肩だろうと判断した。

 血流が滞っている場所を中心に痛みが出ないように揉みほぐしていく。


「ああ、こりゃ気持ちがいいよ」

「ありがとうござます。女将さん、お湯とタオルをお借りできますか?」

「はいよ」


 熱めのお湯にタオルを浸して、ホットタオルを作って、女将さんの肩に乗せる。


「あー、いいね」

「肩を温めて血流を良くすることで症状が緩和されているのだと思います」

「毎日でもやってもらいたいぐらいだよ」

「お湯とタオルがあればできますよ。でも。温めている最中や直後は効果がありますが、長く続くものではないです」

「そうなのかい?」

「はい、一時的に痛みを和らげるにはいいと思いますけど」


 女将さんは本当に気持ちが良さそうで、少しでも役に立てたならよかったと思った。くつろぎ亭がなかったら、家を出たその日から路頭に迷っていたかもしれないし、私は女将さんの存在に助けられているのだから。


「ソフィ、ありがとね」

「女将さんが辛い時はいつでも声をかけてくださいね」

「ああ、そうさせてもらうよ。肩を揉まれることが、こんなに気持ちがいいものだとは知らなかったよ」


 その翌日も天気が回復しないままで、部屋で二コラさんとゆっくりしていた。

 

「さすがに、今までみたいにあの通りで靴磨きはできないですよね」


 靴磨き中に待っているお客さんにマッサージをするというのは悪くないと思うのだ。実際にやってみて、手ごたえもあった。ただ一つ言うならば、椅子に座った状態ではできるマッサージが限られるから、少し残念だ。あとは、外だから、どうしても雨が降る日はお客さんが来ない。やっぱり室内が理想だと思うけれど住む家もないのに、そんな贅沢言っていられない。


「うーん。これからどうしたらいいでしょうか? 靴磨きの待ち時間で肩を揉むっていうのは悪くないと思いますが、問題は場所ですね。マッサージは椅子ではなくてベッドならもっといろいろできることが増えるのですが」

「ソフィ、これからは防犯上の問題も考えたほうがいい」

「確かに、この間みたいなことがあったら危険ですし」


 ニコラさんと二人頭を悩ませていれば、突然扉が開いた。


「話しは聞かせてもらったよ」

「女将さん?」

「私にまかせな」

「え?」

「ソフィ、着いておいで」


 階段を下りていく女将さんに続いて私も一階へと向かう。

 女将さんは、そのまま外に出ると、すぐ隣の建物の鍵を開けている。


「扉、開けてごらん」

「あ、はい」


 古びた扉を手で押せば、そこは六畳ほどの小さな部屋があった。


「くつろぎ亭は、昔はもっと小さかったんだよ。お客さんが増えて増築して今の店になったのさ。ここは、建物の構造上取り壊すわけにはいかなくてね、今は物置として使っているのさ」


 女将さんの言う通り、その小さな部屋は宿屋の備品を置いているようだ。


「ここを使いな」

「え?」

「商売するのに、場所がいるんだろう?」

「いいのですか?」

「ソフィのマッサージ、私は気に入った」

「ありがとうございます」


 女将さんの言葉が何よりも嬉しくてたまらない。


「ここを掃除して使いな」

「はい、お世話になります」


 この日から、私とニコラさんは小部屋の掃除をはじめた。高い場所の掃除はニコラさんがしてくれて、一日があっという間に過ぎていく。


「あー、疲れた。ニコラさんもお疲れ様です」

「ああ、少しは綺麗になったな」

「はい、あとは、マッサージ用のベッドと、椅子が一脚欲しいですが、さすがに家具を買うお金はないので、どうしたらいいかと……」


 テリーにもらった金貨でベッドを買えなくはないけれど、できるだけお金は残しておきたい。でも、お客さんに床に寝てもらうのはよろしくないし、新たな問題に頭を悩ませる。


「うーん。肩もみだけにするべきか……」

「作るか?」

「はい?」

「いや、廃材があっただろう? あれで作れるぞ」

「作るってベッドをですか?」

「ああ、椅子も作れる」

「……ニコラさんすごいです」

「いや、俺は……まあ、その、こういうことが得意なだけだ」

「私一人では、どうしようもなかったから、本当に助かります。お願いしてもいいですか?」


 ニコラさんは自分のことはあまり話したがらない。家族はいるのか、なぜ路地裏で生活することになったのか、私はそれさえも知らない。私も聞かれないから、自分の生い立ちを説明したことはなくて、一緒に行動しているけれどお互い名前しか知らないという、妙な関係だと思う。


「工具を借りてこよう」

「あ、はい、私、女将さんに聞いてみます」


 女将さんは快く工具を貸してくれ、ニコラさんは、真剣な表情でのこぎりを使い、板を切っていく。その手慣れた手つきに、ニコラさんは昔家具職人だったのではないかと思った。


「私、手伝うことありますか?」

「いや、危ないから下がっていいぞ」

「それなら、私、必要な物の買い出しに行ってきますね」

「ああ」


 間借りするとはいえ、一応自分のお店を出すことになるのだから、前世の夢が一つ叶うのだ。マッサージ用のベッドに敷く布や、タオルなど、細々とした必要な物はたくさんある。全てを買うことは金銭的に厳しいから、最低限いるものだけを買っていく。


「ただいま戻りました」

「ああ」

「すごい、材料の切り分けがこんなに進んでいる」

「ソフィの注文通り、あまり幅を広くしていないし、穴をあけるのだが、本当にこれでいいか?」

「はい、完璧です。そろそろ食事の時間なので、食べましょう」

「俺は大丈夫だ」

「え? お腹空いていませんか?」

「ああ。今は食事よりも、作業を進めたい」


 ニコラさんは、黙々と作業をしている。私が何度見に来ても、声をかけなければ気づかないほど集中している。木を切っている時もあれば、何やら紙に書き込んで悩んでいるときもあり、その横顔は真剣で、なんだか楽しそうだった。


「ニコラさん」

「なんだ?」

「食事ですよ」

「食事?」

「もう夕飯の時間も過ぎてしまいましたよ。お昼も食べていないし、食べてください」


 私の言葉にやっと手をとめたニコラさんは、もう外が暗いことに気づいて驚いていた。


「ニコラさんは物づくりが好きなのですね」

「……そうか?」

「そうだと思います。時間を忘れて作業するなんてなかなかできないし、何より、すごく楽しそうでしたよ」

「楽しそう?」

「はい、だから物づくり好きなんだなって思いました」

「……そうか、そうだな、きっと」

「ん?」

「俺には、これまで何か好きな物を作るような、そんな時間はなかった」

「え?」


 職人さんの世界も厳しいのだろうと思いながら話に耳を傾ける。


「そういうことが許される環境ではなかったのだ」

「うーん、それなら、これからは好きなことをたくさんした方がいいですね」

「できたらな」


 そんな話をしていたら、フッと昔の私を思い出した。


「ニコラさん、人生はいつ終わるかわかりません。だから、やりたいと思った時にやった方がいいのですよ。人生が終わる瞬間に後悔しないようにすることがとても大事です」

「俺は時々、ソフィが若い女の子ということを忘れてしまうぞ」


 それは、前世の三五年の経験のおかげだろうと思う。

 そんな話をした後、驚くほどの集中力でニコラさんは、二日でベッドを完成させた。


「すごい。本当にできている。ありがとうございます」


 マッサージ用のベッドだから、うつ伏せで寝た時に息ができるようにベッドに穴をあけてもらった。寝転んでも痛くないように、ベッドに厚手の布を重ねて、完成だ。


「これでいつでもマッサージできます」

「廃材がまだあるが、棚や椅子も作るか?」

「はい、時間がある時にぜひお願いします」


 小さな部屋には、ベッドが一つ。

 ここが私のお店だと思うと、胸の奥から嬉しさが湧き上がってくる。



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― 新着の感想 ―
「話しは聞かせてもらったよ」は「こんなこともya」ぐらいに使ってみたい台詞ですね
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