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転生敏腕マッサージ師、どん底から返り咲く  作者: 藤井


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43/43

43.再出発

 馬の背に揺られながら、馬車の中のニコラさんが気になって、つい視線が馬車の方を向いてしまう。


「スーちゃん、少しは元気になったか?」

「元気ですよ」

「兄上と何かあったのか?」


 何かならあったのだけれど、失恋したなんて言えなくて、言葉にならなかった。それでもオーリー殿下は、その後私に何か聞いてくることはなくて、ただ黙って馬を進めてくれる。こういう時に空気を読むのがうまいのがオーリー殿下のすごいところだ。


 城まで戻り、ここでみんなと別れることになった。


「スーちゃん、またな」

「ソフィ、落ち着いたらまた店に顔を出させてくれ」

「はい、お待ちしています。お二人ともありがとうございました」


 ニコラさんやオーリー殿下と別れて、くつろぎ亭への帰路を急ぐ。

 お店の前で、外に出ていたのは女将さんだ。


 女将さんと目が合った瞬間、女将さんが目を見開き驚いたのがわかった。


「ソフィ!」

「女将さん、ただいま戻りました」

「おかえり、待っていたよ」


 女将さんの顔を見た瞬間、心からほっとした。ギュッと抱きしめてくれる腕が心地よくて安心感に包まれた。


「ソフィ、元気にしていたかい?」

「はい! 元気です」

「それならよかった。お腹は空いているかい?」

「はい」


 女将さんに背を押されてくつろぎ亭に入ると、帰ってきたのだと実感する。少しの間離れていただけなのに、懐かしくて、まるで実家に帰ってきたような感覚だった。


「ソフィが留守中いろんな人がソフィを訪ねてきていたよ」

「いろんな人ですか?」


 女将さんの話によると、留守中、デリックさんやミリーが時折顔を出してくれたそうだ。さらに常連客の商人のおじさんがマッサージを待ちわびて、宿泊の度にまだかまだかと言っていたという嬉しい話も聞けた。


「あとは、ソフィの元婚約者の男もたまに見かけたけれど、私が顔を出したら急いで逃げて行ったよ」

「マイケル、懲りずにまた来ていたのですね。もしかして、小太りの冴えないおじさんも来ていませんでしたか?」

「小太りの……、ああ、そういえばソフィがいなくなって最初の頃はよく来ていたね。店の前をウロウロして、中を何度も覗き込んでいたよ。最近は見なくなったけれど」


 恐らく義父だろう。義父がそう簡単に諦めるとは思えないけれど、最近来ていないのならこのまま来なくなればいいのにと思う。


 久しぶりのくつろぎ亭のご飯で満たされたお腹を擦りながら、お店を確認しに行く。

 女将さんが換気をしてくれていたからか、埃っぽさもなくて、以前と変わらないままのお店がそこにはあった。


 離宮でのマッサージも、砦で過ごした日々も誰かを癒すことはできたと思うけれど、やっぱりここが一番落ち着く。


 失恋して、いろんなことがあったけれど、改めてここから再出発しよう。


 そんな決意をした、翌朝。 

 動きやすいシンプルなワンピースに着替えて、階段を下りる。


「女将さんおはようございます」

「ああ、おはよう。疲れているだろうから声をかけずに寝かしておいたよ」

「おかげでぐっすりでした」

「お腹が空いているだろう? 食べな」


 女将さんが出してくれたのは、くつろぎ亭のモーニングの定番料理だ。ふわふわなパンに、カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグ、サラダにスープ。くつろぎ亭のご飯の味が懐かしくて、美味しくてたまらない。


「フフフ、相変わらず美味しそうに食べてくれるね」

「やっぱりくつろぎ亭の料理が一番です」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。たんとお食べ」


 美味しすぎてあっという間に食べ終わって、女将さんが淹れてくれたお茶を飲む。


「それで、今日は店を開けるのかい?」

「いいえ、今日はお店の中を整えて、明日からにしようと思います」

「あら? そうなのかい? でももう客が待っているよ」

「え? お客さんですか?」


 女将さんの目線の先は、お店の方角だった。

 立ち上がりお店を確認する。


「あ」

「ソフィ、おはようございます。久しぶりですね」


 お店の前の椅子に腰かけて、本を片手に優しく笑っていたのはデリックさんだ。


「おはようございます、お久しぶりです」

「おかえりなさい」

「あ、はい、ただいま帰りました」

「ソフィが帰ってきたと知って我慢できずに、出勤前に立ち寄りました」


 本当は今日は一日のんびりしようと思っていたけれど、常連さんの来店だ。


「ありがとうございます。マッサージされてから出勤されますか?」

「いいのですか?」


 パアアと顔が明るくなったデリックさんは、本当にマッサージが好きなのだろう。こんなに喜んでくれると、やりがいがある。


「もちろんです」

「顔を見るだけでもと思っていましたが、マッサージをしていただけるならぜひ」

「出勤前ということはあまりお時間ありませんよね?」

「ええ、残念ながら」

「すぐにお店開けますね」


 それから急いで鍵を取りに行き、お店を開けた。

 念のため布でベッドを拭いて、その上にタオルを敷いていく。


「こちらにどうぞ」


 上着を脱いで、横になったデリックさんは期待に目を輝かせていた。こんなに私のマッサージを楽しみにしている人は他にいない。


「久しぶりなので、全身を軽くほぐしていきますね」

「ええ、おまかせします」


 目を閉じたデリックさんはリラックスして、身を委ねてくれる。

 デリックさんの施術は久しぶりだけれど、相変わらずのこり具合だ。きっと毎日忙しく働いているのだろう。肩から背中にかけて丁寧にほぐしていくと気持ちよさそうな声が漏れていた。


「ふわわわわわわ」


 毎度のことだけれど、本当に気持ちよさそうにしてくれるから嬉しくなる。


「ソフィのマッサージは最高です」

「いつも喜んでもらえて嬉しいです」


 マッサージを終え、ベッドから起き上がったデリックさんはスッキリとした表情だ。


「今日、一日頑張れそうです。また来ます」

「はい、お待ちしています。ありがとうございました」


 それから、お店の掃除をして、お店に飾る花を買いに出かけた。ついでに気になっていた雑貨屋さんを見たり、お店で使う新しいタオルを買ったり、何気ない日常が気持ちを落ち着かせてくれた。


 今日のお客さんはデリックさんだけと思っていたら、午後になり文官さんが来店してくれた。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」


 来てくれたのは、お城でマッサージをした日に、マッサージ券を渡して来店してくれるようになった文官さんの一人だった。


「ソフィさんがお店を開けたと宰相様に聞いて、居ても立っても居られなくて仕事を中抜けして参りました」

「中抜けですか?」

「はい。宰相様に許可もいただいております」


 どうやらデリックさんも把握していることらしい。仕事中に中抜けまでして来てくれるなんて、これは頑張らねばと気合いが入る。デスクワーク基本の文官さんはやっぱり肩こりがひどくて、揉み解していく。


「やはりソフィさんのマッサージは最高ですね」

「ありがとうございます」

「まるで肩に羽が生えたようです」


 それは褒めすぎ気もしたけれど、褒められて悪い気はしなくて嬉しくて自然と笑顔になる。


「ソフィさんの手は魔法の手ですね」

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

「はい、順番でみんな来ますのでよろしくお願いします」


 順番?

 問いただそうと思ったら、扉が閉まった後だった。


「聞き間違えかな?」


 なんて思っていたけれど、その日は文官さん達が一人ずつ順番で来店してくれた。デリックさんの許可の元、席順で順番を決めたそうで、お客さんが途切れることはなかった。

 

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― 新着の感想 ―
番犬を飼ったりしないのかな。裏切る可能性のある人間は除外。もふもふが良いよね。
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