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36.大流行

 何をされるかわかっていなくて、ビクビクとしているドニの正面に回る。


「な、なんすか?」

「初めてなので、まずは全身触らせてもらいますね」

「は? え? な、なに」

「はい、力を抜いて、楽にしてくださいね」


 満遍なく身体を触っていけばドニから情けない声が漏れる。


「ひゃ」

「……」

「うわ、くすぐったいっす」

「……」

「そ、そんなところまで」

「……」

「いやん」

「はい、だいたいわかりました。はじめます」


 そこからは、真剣にマッサージを施す。


「え、なにこれ」

「……」

「やば」

「……」

「最高っす」

「……」

「ふわあ」


 完全に力が抜けたドニは、気持ちよさそうにしている。

 隊長さんを見れば、なぜか隊長さんが自慢げな顔をしていた。


「フッ、マッサージは気持ちがいいだろう?」

「なんで隊長がそんなにドヤってるすか」


 そんな二人の会話を聞きながら手を動かしていく。


「痛みが軽くなってる」

「一時的ですよ」

「一時的でもすげぇ! 女スパイさんやばいっすね。まじでありがとう」


 ブンブンと私の手を握ってお礼を言ってくれるドニに、笑って返す。

                                                 

「ふぅ……でも、やっぱり寝てもらったほうがやりやすいです」

「なに?」


 隊長さんに寝てマッサージをやる方ができることの幅が広がることを説明すれば、翌日には、尋問室にベッドが配置されていた。


 その日から隊長さんとドニ、二人にマッサージをしていたのだけれど、噂を聞き付けた騎士が部屋を覗いたことでマッサージをしていることがばれてしまった。


「ずるい!」

「そうだ! ドニと隊長だけ」

「俺もやってほしい」

「俺も」

「僕も」

「これは尋問だ」


 なんてことを隊長さんが言ったからか、砦の騎士達の間で普段は人気のない尋問の仕事に、希望が殺到。


「あいつら全員が尋問したいと希望してやがる」

「え? みんなですか?」


 頭を抱えた隊長さんは何やら紙を取り出して、小さく切り始めた。


「公平にくじ引きで順番を決めるしかないか」


 隊長さんお手製のくじ引き大会は大いに盛り上がりだった。

 砦での生活は娯楽が少なく、普段から小さなことでもみんな全力で楽しんでいるそうだ。

 その日から私は、この砦の騎士達のマッサージをすることとなった。

 くじ運のいいドニは、最初にマッサージをした三日後の順番を引き当てていた。


「終わりましたよ。ドニ」 

「スーちゃんのおかげで足が軽いっす。お礼に何かいりませんか?」

「え? スーちゃんって、もしかして私?」

「そうっす」

「なんでスーちゃん?」

「女スパイと呼ぶのあれなんで、スーちゃんっす」

「え、もしかして女スパイのス?」

「そうっすよ」


 悪気がないであろうドニはニコニコと笑っている。


「スーちゃん、何かプレゼントするっすよ、何がいいっすか?」


 というドニの言葉に、私は遠慮なく答えた。


「いらない服ある?」

「服っすか?」

「そうそう、サイズアウトしたシャツとか?」

「あーあるっすよ。多分、部屋の隅の方に丸まって置いてあるっす」


 ドニがすぐに、丸まったしわくちゃなシャツを抱えて持ってきてくれた。


「こんなの何に使うんすか?」

「私、着の身着のままここに来たから、私物がなくて、服もこれ一枚だから着替えが欲しくて」

「……え、これを着るんすか?」

「着られたらなんでもいいから」


 一枚しかなくて、洗っても乾かず生乾きの服を着ていたから不快だったのだ。生乾きよりヨレヨレでもしわしわでも乾いたシャツの方が百倍ましである。砦の中で私が行ったことがあるのは尋問室と南の塔だけだけど、この砦に女性の服があるとは思えない。そもそも騎士以外の人をみたことがないのだから。


 その後、マッサージの大流行とともに、部屋がグレードアップしていった。

 とある日には木造の簡易のベッドにフカフカな布団が敷かれ寝心地がよくなり。また別の日には鉄格子つきの小窓に可愛らしいカーテンがつけられていた。その後、ポツンと置いてあったガタガタな机が木製の新品の机に変わっていた。 


 昨日は狭い室内にロッキングチェアが置かれていて心底驚いた。


 そして今日は机の上に、花瓶に活けた可愛らしい花が飾られていて、新品の女性用の服が置かれていた。


「隊長さん、私の部屋が日々豪華になっています」

「は?」


 事態を把握していなかったらしい隊長さんに部屋を見せる。部屋に入って、新品の机を撫で、ロッキングチェアに腰かけた隊長さんは笑っていた。


「最近妙にみんな買い出しに行きたがるとは思っていたんだ。受け取っておけ」

「いいのですか?」

「かまわない」

「本当にいいのですか?」

「部下が給料をどう使おう止める権利はないだろう?」


 この砦の人たちは、みんな気のいいお兄ちゃんという感じだ。みんなが家族のように仲がよくて結束が固いように思う。


「みんな君に感謝している。ここは娯楽も少ないし」

「それでは、有難く使わせていただきますね」

「そうだ、君に頼みがある」

「はい?」

「ある人にマッサージをしてあげてほしいのだ」

「マッサージですか?」

「ご高齢の婦人だ。最近足腰が弱ってきたそうで、一度診てあげてくれないか?」

「ええ、いつでもかまいませんよ」


 この砦に高齢とはいえ女性がいるとは驚いた。


 ということで、翌日さっそく隊長さんが迎えに来てくれた。


「さあ、行こう」


 そう言って隊長さんは向かったのは、階段の下ではなくて上だった。


「上るのですか?」

「ああ、上に住まれているのだ」


 まさかここに住んでいる人がいるとは思わなかった。

 隊長さんは螺旋階段をどんどん上っていく。


「ここに住んでいるご婦人はサラさんという。マッサージついでに話し相手にはなってほしい」

「話し相手ですか?」

「ああ、この砦には女性もいないし、たまには君のような若い子と話すのもいいではないかと思ってな」

「わかりました。私で良ければ」

「……できたらもっと下の階や、砦の中に引っ越すように勧めてみてはくれないか?」

「引っ越しですか?」

「ああ、足腰が弱ってきて階段の上り下りがとても辛そうなのだ」

「なるほど。足腰の様子診てみますね」

「ああ、頼む。もう着くぞ。そこだ」


 最上階にある扉を開けた隊長さんに続いて部屋に入る。

 そこは、大きな窓のある見晴らしのいい部屋だった。

 白髪交じりのご婦人は、窓際に置いてある椅子に腰かけて外を見ているようだ。


「こんにちは」

「おや、隊長さんじゃないか」

「ご無沙汰しております。お元気でしたか?」

「元気だよ」

「今日は、マッサージをお受けいただきたくて」


 そう言って、体をずらし隊長さんは私をおばあさんと対面させた。


「こちらの娘はマッサージが得意なので、一度施術を受けてください」

「……私にマッサージなんて必要ないよ」

「最近足腰が痛いとおっしゃっていたでしょう? 今、砦内でマッサージが大流行しているのです」


 二人の会話が耳には入っていたけれど、私はおばあさんの顔から目が離せないでいた。だって、おばあさんはニコラさんそっくりなのだから。髪の色は違うけれど、顔立ちはニコラさんそのものだ。


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