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35.左右非対称


 南の塔での暮らしは単調だった。


 一日二回の食事と、午前と午後の尋問。

 鉄格子越しに小さな窓から見える景色は、どこまでも広がる森しかなかった。背伸びをして下を見れば、歩いている人が見える。


「……こんなにゆっくり過ごすなんて久しぶりだ」


 前世の記憶が戻ってから今日まで、慌ただしい毎日を過ごしていた。お金がなくて野宿をした日に比べたら、何もしなくても一日二回出てくる食事は有難かった。暇になったら窓から見える雲を眺めて、ただただボーっとして太陽の動きで一日の時間の経過を知る。


「何もせずに一日を過ごすなんてある意味贅沢かも?」


 最初の二日は筋肉痛がひどくて、身体を動かす気になれなかったけれど、だんだんと体がムズムズしてきた。


「あー、マッサージがしたい」


 その日から、窓から下を覗いて、見張りの騎士の観察をするのが日課になった。歩き方で体のゆがみを発見して治したくてウズウズして、腰が痛そうな人、膝が痛そうな人など見つけてしまったら揉みたくてたまらない。


 マッサージがしたい欲求が膨れ上がり、体のムズムズがピークに達したある日。

 隊長さんの尋問が始まった。


「名前を言う気になったのか?」

「……今は言えません」

「なぜだ?」

「諸事情で」

「なんだと?」

「しかるべき時が来たらお知らせします」

「……スパイなのか?」

「もちろん違います」


 立ち上がり、何かを考えるように窓の外を見つめる隊長さんを見ていて気付いてしまった。


「あ、あああの!」

「なんだ?」

「隊長さん、その肩の高さの違い私が治してみせます」

「は?」

「私、マッサージが得意なのです」

「なぜ、俺が怪しいスパイ容疑のかかった女にマッサージされねばならないんだ?」


 ごもっともすぎる意見に頷きたくなるけれど、ここで引き下がってなるものかと、わざとらしく、大きなため息を吐く。


「はあー」


 チラリと隊長さんを見れば、眉間の皺を深くして私を見つめていた。


「なんだ?」

「隊長さん、鏡で自分の身体を見たことありますか?」

「あるに決まっているだろう?」

「肩の高さが左右でかなり違います」


 親指と人差し指で五センチほど隙間を開けて見せて、これだけ高さが違うのだとわかるように教えると、隊長さんは目を丸くしていた。


「……そうだとしても、それがどうした?」


 何でもないことのようにそう言った隊長さんの言葉に私は立ち上がった。


「肩の高さが違うことで、様々なトラブルが生じます。肩こりや首の痛みはもちろん、背骨や骨盤が歪んでいた場合は、腰痛、膝痛、頭痛、めまい、手足のしびれがでる可能性もあります。左右のバランスが崩れることによってパフォーマンスに影響もあります」

「わ、わかった」

「おわかりいただけて何よりですが、左右差があることで起こるトラブルはまだまだあるのです! 左右非対称になることで見た目が悪くなります。その内、顔も頭も左右差が出てしまって、その見目麗しい顔が歪んだらどうするのですか?」

「わ、わかったら、座れ。興奮するな」


 つい興奮して鼻息荒く語ってしまったけれど、本当はまだまだ語り足りないぐらいだ。


「とにかく! その肩の左右差を治しましょう」


 人間は完全な左右対称ではないから、多少の左右差は問題ないのだけれど、隊長さんの肩の高さの違いは一目瞭然だったのだ。


 こうして、若干引き気味な隊長さんのマッサージは半ば強引にはじまった。


 最初は触られることすら嫌そうだったけれど、どうやら隊長さんは、肩の高さが違うことにより肩の筋肉が緊張して硬くなり、血流が悪くなった結果、頭痛やめまい耳鳴りまでしていたようだ。私が熱く語っていた内容に心当たりがあったことで、今回マッサージを受けてくれる気になったようだ。


「フフフ、おまかせください」

「なんだ? その気持ち悪い笑い方は」


 最近マッサージがしたくてウズウズしていた私は、気合いがみなぎっていた。


「フフフフ、敏腕マッサージ師の私の実力を体感してくださいまし! いざ!」


 この日、私は本気のマッサージをした。


 椅子に座った状態でできる最大限のマッサージを施していく。

 夢中でマッサージをしていれば、いつの間にか額から汗が流れていた。汗を拭って、隊長さんを見ればとろけるような表情で大変リラックスされていた。


 椅子の上でなくて、横になっていれば、ぐっすりと気持ちよく寝ていたに違いないと思うほど気持ちがよさそうで一安心だ。

 

「……終わりましたよ」

「ふぅ……至高の時だった」


 何より嬉しい言葉に拳を握る。


「喜んでいただけて何よりです」

「今日の尋問はここまでとする」


 尋問というよりはマッサージで終わったけれど、清々しい気持ちだ。

 南の塔の部屋へ帰った私は、久しぶりのマッサージで心地よい疲れを感じていた。この砦にきて五日が過ぎて、毎日やることがなかった私は疲れないせいか夜ぐっすり眠れなくなってきていたのだ。


 鉄格子越しに窓の外を見て思う。

 オーリー殿下もアークさんも来ないのはなぜだろうと。


 殿下は馬がこの砦に向かうと気づいていただろうし、アークさんだって砦が目的地と言っていたから、私がここにいることぐらい容易に想像できると思うのだ。だから、一日二日すれば、この砦にきてくれるだろうと思っていたのに来る気配がない。


「……まあ、その内来てくれたらいいけど」


 身を隠すという当初の目的は達成できているけれど、女スパイと思われているのはいただけない。この先のどうするべきなのか悩みながらいつの間にか眠っていた。


 翌朝よく眠れた私は、硬いベッドの上で大きく伸びをした。


 今日なんとかマッサージをできるように隊長さんを説得しなければ。


 断られたら何と言うかと悩んで迎えた尋問の時間。


「お願いします。マッサージをやらせてください」

「許可しよう」


 予想に反して、すぐに許可してくれたことに一瞬呆気に取られてしまった。


「あ、ありがとうございます」


 その日から私は、隊長さんにマッサージを施すことになった。

 尋問と言う名のマッサージの時間を過ごすうちに、隊長さんのことがいろいろわかってきた。見た目麗しすぎて女性が寄ってきすぎて、女性が苦手になり、王都から逃げるように砦にきたことや、貴族の次男坊だということ、左利きで、顔に似合わず大剣を振り回していることなどなど。


 日々を過ごすうちに、隊長さんとは仲良くなり、時間とともに警戒されなくなった気がする。


 そんなある日、マッサージ中の尋問室の扉が開いた。


「あ」


 扉を開けたのはオレンジ色の髪の騎士だった。


「ちょ、ちょっと、何してるんすか?」


 ちょうど、座っている隊長さんの肩を後ろから肘で押している瞬間だった。


「隊長、背後を取られて肘で攻撃されそうになってますよ?」

「勝手に入ってくるな」

「隊長ひどいっす。で、何しているんですか?」

「マッサージだ」

「え? 女に触れられるのは平気なんですか?」

「こいつはいいんだ」

「な、な、な、なにー?! 隊長が女スパイのハニートラップに引っかかるなんて信じられない!」


 まさかのハニートラップという単語に、ずっこけそうになる。


「チッ。うるさい奴にばれた」

「何すか、うるさい奴なんてひどいっす」


 ギャーギャーと騒ぐ騎士の身体をじっと見る。


「右膝かな」


 ポツリの呟いた言葉に、隊長さんが振り向いた。


「膝が悪いとわかるのか?」

「え? いや、右膝が少し内側に入っているから気になっただけですよ?」

「ドニにもマッサージを頼めるか?」


 どうやらオレンジ色の髪の騎士はドニと言うようだ。


「ええ、もちろん」

「これで共犯だ」


 訳の分からず困惑しているドニを椅子に座らせた隊長さん。

 腕を組んで壁に寄りかかり、面白そうな顔でこちらを見ている。


「やれ」

「かしこまりました」


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