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転生敏腕マッサージ師、どん底から返り咲く  作者: 藤井


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33.逃亡


「いい子にしていたか」


 あっと思う。

 この声は、ニコラさんの声だ。


「なかなか会いに来られなくて悪いな」


 見つかったらいけない。


 そう思うのに、どうしても姿が見たくなった。

 音を立てないように、そっと膝立ちで移動する。


「よしよし」


 積んである藁の陰から覗き見る。

 馬が顔をニコラさんに押し付けるようにして甘えている。そんな馬を撫でるニコラさんは優しい顔をしていた。


「毛並みもよくて、元気そうだな」


 ニコラさん一人の今なら話しかけることができる。側にいなくても健やかであればいいなんて言っておきながら、目の前にいると話したいという欲が出てきた。


 こんなチャンスはもうないかもしれない。

 話しかけようかなと、そう思った瞬間。


「ニコラ様」


 小鳥が歌うような可愛らしい声色でニコラさんを呼ぶのは聖女様だ。美しい声は一度聞いただけなのにすぐにわかった。


 膝立ちのまま手で口を押さえて、静止した私は、最大限に耳を澄ませた。


「……聖女様、どうしてこちらに?」

「ニコラ様が歩いて外に行く姿が見えたので、どこに行かれているのか気になってついてきてしまいました」

「そうですか、愛馬に会いに来たのです」

「この子がニコラ様の愛馬ですか?」

「はい」

「昔は、この子に乗って乗馬を?」

「ええ」

「治癒が成功すれば、いつでもまたこの子に乗れるはずですわ」

「聖女様は力を尽くして下さっていますし、足は以前より良くなっておりますから、お気になさらないでください。もう、夜も遅いですから、お部屋までお送りします」


 二人の足音が遠ざかっていき、大きく息を吐く。

 見つからなくてよかったはずなのに、こんなに近くにいたのに話すことができなかったことに寂しさを覚える。


 二人の気配が完全に消えて、休息をとるために目を瞑った。

 それから寝たり起きたりを繰り返しながら、ウトウトしている時だった。


「ソフィ」


 肩を揺すられて目が覚める。


「え、お、オーリー殿下」

「起きたか?」

「あれ? なんで殿下がここに?」


 目をこすってみても、目の前にいるのはオーリー殿下だった。アークさんが来ると思っていたから、予想と違う人で驚いた。


「お腹は空いているか?」

「え、そう言えば、空いてますね」

「ほら、これを食べるんだ」


 オーリー殿下に手渡されたのはまだ温かいパンだった。ふわふわで柔らかくておいしいパンはあっという間になくなってしまったけれど、なぜここに殿下がいるのかがとても気になる。


「食べたら移動するぞ」

「え? 移動ですか?」

「ああ、ソフィは馬には乗れるか?」

「いいえ、一人で乗ったことはありません」

「一緒に乗るしかないな」

「一緒にって、どういうことですか?」


 私の問いにオーリー殿下は、満面の笑みで、自分に親指を向けた。


「俺が一緒に行く」

「えええ?! なんで殿下が私と一緒に行くのですか?」

「ソフィは命を狙われているんだぞ。守ってやらねばなるまい」

「え、いや、それは大変有難いのですが、お忙しいでしょうし、アークさんがここで待っているようにと言っていたので」

「アークをソフィの元に遣わせたのは俺だぞ。問題ない。まあ、細かいことは後だ。見つかる前に急ぐぞ」


 腕を引かれてそのまま外へ出る。


 もうすぐ夜明けだ。

 まだ薄暗い森の空気は澄んでいて、こんな時でなかったら、気持ちよく散歩ができただろうと思う。王家の森と言われるだけあって、広大な森はとても立派だった。一応人が通るための道らしきものがあるけれど、一人で歩けば迷ってしまいそうだ。


「さあ、ソフィが先だ」


 オーリー殿下に支えてもらい、馬に乗る。

 馬の上は想像よりもずっと高く感じて、一人でなんて絶対に乗れないと思う。


「ソフィ、そんなに力を入れなくても大丈夫だ。肩の力を抜いて頭を上げるんだ」

「わ、わかりました」

「下を向くから恐怖心が生まれるんだ。俺が後ろにいるんだから落ちることはない、安心しろ」


 頭を上げて進行方向を見れば、視界が広がった。でも体の力を抜くことができずにいた。


「行くぞ」


 最初はよかった。流れる景色も、新鮮な濃い緑のにおいも、楽しささえ感じるほどだったのに、身体に力が入っているせいかだんだんと疲れてきてしまう。


「大丈夫か?」


 少しスピードを落として気にかけてくれるオーリー殿下の方を振り向きたいけれど、そんな余裕はなく、正面を見ながら声を出す。


「殿下はお疲れではないですか?」

「このぐらいじゃ疲れない」

「あとどれぐらいかかりますか?」

「まだまだだな」


 一時間以上は経ったと思うけれど、見えるのは落ち葉で埋め尽くされた地面と、太い幹がまっすぐに天へ伸びている木ばかりだ。


 それから途中、休憩を挟みながら、オーリー殿下は馬を走らせている。

 最初は景色を見る余裕があったけれど、今はもう、乗っているだけだ。寄りかかるのが悪いと思って気を使えたのも最初だけで、全体重をオーリー殿下に預けて、ただただお尻の痛みに耐えていた。太陽が真上にくるころには疲れ果てて口数も少なくなってしまう。


「もうすぐ水が飲めるところに着く」

「……はい」


 しばらく馬を走らせたオーリー殿下が、スピードを緩めた。


「よく頑張ったな」

「お尻が割れそうです」

「尻は最初から割れているだろう? フハハハ」


 しばらく笑い声が耳元で響いていたけれど、本当にお尻が痛くてそれどころではないのだ。


「水を飲んで少し休め」

「はい」


 川の水は綺麗で透き通っている。

 顔を洗い、のどを潤すと疲れが少し取れた気がする。


「ふぅ」


 一息ついたところで、オーリー殿下が戻ってきた。


「すぐに出るぞ」

「もうですか?」

「急がないと追い付かれる」

「え?」

「追手が迫っている」


 しばらくここで休めると思ったけれど、どうやら違ったらしい。急いで馬に乗せられて、走り出す。


「飛ばすぞ。しっかり捕まっていろ」

「え、あ、はい」


 あまりの速さに口を開くことさえできない。しがみついているだけで精一杯だ。オーリー殿下の腕の中で、さっきまでは本当にゆっくり進んでくれていたのだと知る。


 しばらくすると、後ろから馬の駆ける音が聞こえてくる。


「追い付かれたか」


 そう慌てたような声が聞こえたと思ったら、後ろからギュッと抱きしめられた。


「くそっ!矢を放ってきてる」


 どうやら後ろから矢が飛んできたようだけれど、確認することなんてもちろんできない。


「ソフィ、今から言うことをよく聞くんだ」

「はい?」


 ギュッと抱き寄せられたまま、肩越しに声が響く。


「俺の愛馬は優秀だ。馬を信じて振り落とされるな。そうすれば、目的地へと行ける。いいな?」

「え? 目的地って」


 私の手に手綱を握らせて、その上からオーリー殿下が手を握った。


「手綱を離すな。視線は前だ」


 次の瞬間、握っていた手を離したオーリー殿下は走っている馬から飛び降りたのだ。


「え、あ」


 慌てて手綱を握りなおす。ほんの一瞬後ろを見れば、オーリー殿下は受け身をとったようだ。


「行け!」



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