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23.再会

「ニコラさん」

「ソフィ、髪を切ったのだな」

「うぅ、本当にニコラさんですか?」

「ああ、そうだ」


 もしかしたら二度と会えないのではないかと思っていたから、また会えたことが嬉しくて涙が溢れてくる。綺麗な服を着て、別れた時よりふっくらとした頬を見れば元気そうだとわかる。ただそれだけで、ひどく安心している自分がいる。


「なぜ泣いている?」

「なぜって、もう会えないかと思っていたから……」

「女将に伝言を残しておいたはずだぞ。会いに行くと」

「そうですけど……人生何があるかわかりませんし」

「ほら、もう泣くな。こうして会えたのだから」


 久しぶりに会ったニコラさんを困らせるつもりはないのに、涙が出てしまう。

 頬を流れる涙を拭ってくれるニコラさんは、やっぱり優しくて、数か月会わなかっただけなのに、ニコラさんが作り出すこの温かい空気が懐かしかった。


「すみません、グスン」

「元気そうだな」

「はい、あの、宿代もあんなにたくさんありがとうございました」

「女将を口止めしたんだが……」

「私がニコラさんがいなくなった日に落ち込んでいたので、女将さんが話してくれたのです」


 ニコラさんは私が住むところに困らないように、たくさんの金貨を女将さんに預けてくれていたのだ。おかげで私は、衣食住の心配をせずに好きなマッサージの仕事を続けることができているのだ。


「あ、その、それで、本当にニコラさんは皇子様ですか?」

「ああ」

「皇子様が路地裏であんな姿でウロウロしているなんて信じられません」

「そう言われると何も言えないな」

「ニコラさんは、本当の本当に皇子様ですか?」

「まあ、一応皇子だ」


 一応も何も、皇子様は皇子様だ。けれどその事実がわかった瞬間、路地裏での生活が蘇る。皇子様相手に、安物のパンを御馳走し、挙句の果てには皇子様の散髪までしてしまった。しかも借り物のハサミで適当に切ったのだ。服だって路地裏で売っている古着を買って、大工仕事まで手伝わせてしまった。失礼を通り越して、王族を蔑ろにした罪に問われても文句は言えないレベルである。


「あ、あの、皇子様とは知らずに、その、いろいろ失礼を」

「やめろ。皇子だと知らなかったのだし、失礼でもなんでもない」

「でも」

「俺はいいと言っているんだ、今まで通り接してくれ」

「えっと、本当にいいのでしょうか?」


 もごもごとする私を、面白そうに眺めているのはアークさんだ。


「ほら、会えばわかるって言っただろう?」

「せめて先に教えてくださいよ」

「ははは、いいじゃないか。こうして会えたのだから」


 確かに会えたのは嬉しいのだけれど、まさかニコラさんが皇子様だなんて夢にも思わない。


「それで、ソフィがこんなところまで来るなんて、どうしたのだ?」


 このニコラさんの質問に答えたのは私でなくて、アークさんだった。


「陛下からの依頼だ」

「なに?」

「ニコラの足、ソフィなら治せるのではないかと話題になったんだ」

「誰がそんなことを?」

「そもそも、城下町に行列ができるほど人気のマッサージの店があるという噂が城内に広まっていたんだ。デリックや文官達が通っているからな、噂は陛下の耳にも入っていたんだ。それで、ちょうどその話をしている時に、ローガンが一度ソフィのマッサージを試してみる価値があると断言したわけだ」

「あの、ローガンがそんなことを?」

「ああ、あの滅多に人を褒めない偏屈じじいが、ソフィのマッサージを褒めていたんだよ」


 二人の会話にでてくるローガンという名前に聞き覚えがなく、首を傾げる私に、ニコラさんは言った。


「ソフィ、ローガンとは知り合いなのか?」

「いえ、先ほどからローガンという名前を聞いても初耳で、誰の事だろうと不思議に思っていたところです」

「そうなのか?」

「はい」

「ローガンは宮廷医だ」

「宮廷医?」

「ああ、この国で一番権威のある医者だな」


 医者と言う単語を聞いて思い浮かんだのは、怒って来店した自称医者のおじいさんだ。妙な言いがかりをつけられて、本気のマッサージをして撃退した覚えがある。けれど、とてもじゃないけれど宮廷医に見えなかったから、思い浮かべたあの人が宮廷医だというのは気のせいだろうと思う。


「ソフィ、俺の足のことは気にしなくていい。父上には俺から言っておくから」

「え? でも」

「これまでに何人もの医師や薬師に診察してもらったが、皆治すことはできなかった。妙な呪い師や、自称魔術師やら、少しでも可能性があると思った事は全て試したんだ」


 私のマッサージでは確かにニコラさんの足を治すことはできないだろうと思う。それでも、もしかしたら症状を軽くすることができるかもしれない。何より私はニコラさんの役に立ちたいと思う。


「ニコラさん、私にマッサージをやらせていただけませんか?」

「しかし」

「確かに治すことはできないかもしれませんが、症状を緩和することができるかもしれません」

「時間が無駄になってしまうかもしれないぞ?」

「それはこちらの台詞です。マッサージしても何も変化がないかもしれませんので、その時は力不足で申し訳ないです。それでも試してみる価値はあるかもしれません」

「……わかった。ソフィのマッサージは気持ちがいいしな。だが、成果が表れなくて気にしなくていいからな」

「はい、頑張ります」


 私は、ニコラさんと別れたあの日からずっと、再会できたらニコラさんに恩返しがしたいと思っていたのだ。人生のどん底にいたあの日に声をかけてくれたこと本当に嬉しかったから。


「話はまとまったか?」


 アークさんのその問いに私は大きく頷いた。


「じゃあ、帰りは迎えに来るから頑張れよ」

「はい」


 その後部屋を移動して、ベッドのある場所に案内してもらった。


「ここでいいか?」

「はい、横になっていただけますか?」

「ああ」

「触りますよ」


 ニコラさんの身体を触りながら改めて症状を診ていく。


「左足の感覚はありませんか?」

「あまりない。痺れたままと言った方がわかりやすいか?」


 症状だけでなく、原因がわかればアプローチの仕方を変えることもできるけれど、なんとなく聞きづらいのは、ニコラさんがこれ以上聞くなという雰囲気を出している気がするから。少し目を伏せて視線を合わせてくれないニコラさんの様子を見て、この話を続けるのをやめることにした。


「それではマッサージやっていきますね」

「ああ、頼む」


 そう言われた私は、腕まくりをして張り切って、本気でマッサージに取り組んだ。

 相変わらずの背中の張り具合に、ニコラさんが普段どれだけ上半身を使っているかがわかる。足の指一本一本まで集中して揉み解す。

 集中力が高まっているときは、時間が過ぎるのが早く、明るかった室内に夕日が差し込んだことで時間の経過を知る。


 手を止めて、思いっきり両手を天井に向かって伸ばす。


「ふうー」


 マッサージの途中からニコラさんは眠ってしまったので、そっと布団をかけて退出する。

 部屋の外に出れば、アークさんが待っていてくれた。


「お疲れさん」

「お待たせいたしました」

「えらく集中していたな。途中、俺が部屋に入ったこと気づかなかっただろう?」

「すみません」

「それはいいが、大丈夫か?」

「え?」

「疲れてるだろう?」

「そうですね、腕がパンパンです」

「ニコラは?」

「途中から眠ってしまいましたので、そのままにしておきました」

「それで、治りそうか?」

「うーん、しばらく続けてみて様子を見てからでないと、なんとも言えません」

「わかった、陛下にはそう報告しよう」

「しばらくニコラの元に通ってくれるか?」

「はい、もちろんです」

「朝、迎え寄越す」

「自分で行けますよ?」

「こういう時は甘えておけ」

「それでは、よろしくお願いします」


 その日は疲れすぎて泥のように眠った。

お読みいただきありがとうございます。

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