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転生敏腕マッサージ師、どん底から返り咲く  作者: 藤井


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22/42

22.依頼

 翌日からも、お客さんが来るたびに警戒していた私だけれど、マイケルが現れることはなかった。再び平穏が戻ったことに安堵しながらも、防犯面での課題が浮き彫りになり、誰かに相談してみようと思っていた矢先のこと。


 朝早い時間にも関わらず、開店前に待っていてくれたのは、商人のおじさんだ。


「おはようございます」

「おお、今日も頼む」

「朝早くから来店していただきありがとうございます」

「最近は、この時間じゃなきゃすぐに入れないだろう?」

「おかげさまでお客様が増えました」

「行列ができない日はないなんてすごいものだな。俺が言った通り外の椅子が二脚じゃ足りなくなったな」


 女将さんの紹介の常連の商人のおじさんは、情報通で、マッサージ中にいろいろな情報を私に教えてくれる。今年は小麦が不作で小麦の値段が上がること、夏の夜に開催される花祭りのこと、最近できた美味しいスイーツのお店のこと、騎士団の入隊試験の話や王様の体調の話まで。商人の情報量には毎回驚かされる。


 悩みを相談するならば、こんなに適任の人はいないだろうと思う。


「あの、相談があるのですが」

「なんだ?」

「実は、防犯面で不安があって」

「女将さんの後光があるとしても、女一人じゃ確かに危ないな。何かあったか?」

「ええ、危ないと感じることがありまして、女性が一人でお店をしている人が私以外にもいると思うのですが、皆さんどうされているのでしょうか?」

「そうだな、護衛を雇うのが一般的だ」

「護衛ですか?」

「ああ、信頼できる腕の立つ奴はいるか?」

「うーん」

「もし、適任者がいなけりゃ紹介してやるぞ」

「ありがとうございます。考えてみます」

「おう、俺は今から隣国に仕入れに行ってくるからしばらく留守にする。また帰ってきたらくるからな」

「はい、お気をつけて」


 本日一番目のお客様であるおじさんを見送りに外に出れば、外の椅子に座って待っていたのは赤髪の騎士、アークさんだ。


「アークさん、お久しぶりです」

「よう」

「いらっしゃいませ、中へどうぞ」

「悪い、今日は客じゃないんだ」

「どうかされましたか?」

「嬢ちゃんを迎えに来た」

「……お迎えですか?」


 前回もこうしてお迎えだと言ってアークさんが来たときのことを思い出す。

 馬車でオーリー殿下が待機していたから、まさかと思って大通りの方に視線を向けてしまう。


「城まで一緒に来てくれるか?」

「まさか、オーリー殿下ですか?」


 その問いにアークさんは小さく首を振る。


「今回は違う」


 お城で私の知り合いと言えば、デリックさんと、文官さん達だけだ。


「うーん、それでは宰相様ですか?」

「いや、今回は陛下だ」

「え?」

「ソフィのマッサージの腕が城で噂になっている」

「ええ?」

「これだけ繁盛すれば噂になってもおかしくはないだろう?」

「おかげさまでお客様が増えましたけれど、なぜ皇帝陛下が私を呼んでいるのですか?」

「移動しながら話そう」


 アークさん曰く、路地裏にできたマッサージ店に行けば、肩こりが治った、姿勢がよくなった、足が細くなった、などなどいい噂が流れているらしい。評判になっているなんて嬉しい話だなと思いながら、お店のドアに閉店の看板をぶら下げる。


「まあ、噂の出所はデリックと文官達だろうが」

「宰相様も文官さん達もよく来店してくれています」

「ソフィの店は貴族の間でも噂になっているらしいぞ」

「え?」

「そりゃあ、城勤めの奴らは貴族が多いから当然と言えば当然だ。まあ、とにかく、噂が陛下の耳にも入って今回ソフィを呼び出すことになったと聞いて、俺が迎えに立候補したってわけだ」

「マッサージの依頼ですよね?」

「まあ、用件は直接聞いてくれ。俺から言うのもなんだしな」

「わかりました」


 顔見知りのアークさんがいてくれて心強いけれど、お城に行くと言うだけで緊張する。さらに今回は皇帝陛下に会うのだから緊張感が増してくる。


 馬車に揺られる間も緊張から顔が強張っていたと思う。口数が少ない私をアークさんはそっとしておいてくれた。

 城内では、アークさんの後ろを歩きながら道を覚えようと頑張ったけれど、緊張しすぎてそんな余裕はなかった。


「着いたぞ。ここだ」


 ここだと言われた部屋は、王様の執務室だそうで大きく立派な装飾の扉の部屋だ。両側に立っている騎士さえも緊張感を増す材料にしかならない。


「それじゃ心の準備はいいか?」


 心の準備なんてしていたら一生中に入れない気がする。


「……はい」

「俺もいるし大丈夫だ」


 アークさんに続いて室内に入る。

 アークさんの後ろを歩いているけれど、心臓が口から飛び出そうだ。

 部屋には、皇帝陛下一人ではないようで、壁際に騎士が立っていた。


「ソフィ・ブラウンを連れて参りました」

「うむ、ご苦労」


 前に立っていたアークさんが一歩横にずれたことで皇帝陛下を真正面から見ることになった。太陽の光を閉じ込めたかのように輝く金色の髪に、鋭い眼差しの初老の男性。思わず頭をたれてしまうような威圧感のある雰囲気だ。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「うむ、急に呼び出してすまぬな。そなたはマッサージ師だと聞いている」

「はい」

「体の不調を治すことができるそうだな?」

「いえ、厳密に言いますと、私はお医者様ではありませんので、ケガや病気を治すことはできません」

「できぬと申すか?」


 静かに響く低い声に息をのむ。


「いいえ、症状によります。肩こりや腰痛ならば症状を軽くすることならばできるかもしれません」

「随分と曖昧な表現じゃな」

「実際にお身体を触ってからではないと、症状を軽くできるかはわかりませんのではっきりと断言できず申し訳ありません」

「ほう、噂よりも控えめじゃな。ローガンの話では自信家の敏腕マッサージ師と聞いていたのじゃが」


 ローガンなんて名前の人を私は知らないけれど、誰かが私をそう評価したのだろうということだけは理解できた。


「まあ、よい。息子の足の調子が悪いのじゃ。一度見てやってほしい」


 息子と言う単語に、オーリー殿下の顔がふっと頭に浮かんだ。

 この間会った時は、元気そうに歩いていたように見えたけれど、怪我をしてしまったのかもしれないと思う。


「それではアークが案内する」

「はい」

「うむ、それではよろしく頼んだぞ」


 皇帝陛下に一礼して退出する。

 ドアが閉まった瞬間、詰めていた息を吐いた。


「ハア……緊張しました」

「そうか? 堂々としていたぞ」

「頑張りました」

「よし、では移動するぞ」

「はい。オーリー殿下のところですよね?」

「いや」

「え? でも息子さんといえば殿下のことですよね?」

「この国に皇子は二人いるだろう」

「あれ? そういえば第二皇子のオーリー殿下は有名ですけれど、第一皇子について私何も知りません」


 アークさんはそう言った私を信じられないと言わんばかりに驚いた表情で見ている。言われて見ればオーリー殿下は第二皇子なのだから、お兄さんがいるのに不思議と第一皇子の話を耳にしたことがない。


「嘘だろう?」

「何がですか?」

「まあ、会えばわかるか」

「はい?」

「とにかくついてこい」


 アークさんの後に続いて歩いていけば、アークさんは城の外へと向かっているようだ。皇子に会いに行くのになぜ城外に出るのだろうかと不思議に思っていたけれど、すぐに謎が解けた。


「ソフィ、あそこだ」


 アークさんの指さす先にあるのは離宮だった。城と比べるともちろん小さいけれど、それでも立派な建物だ。


「あそこに、第一皇子がいらっしゃるのですね?」

「ああ」

「どんな方ですか?」

「まあ、会えばわかる」


 どんな人なのか聞いてからの方が心の準備もできると思ったけれど、アークさんは会えばわかると言って意味深に笑うだけだ。


 アークさんがドアをノックする横で、念のため身だしなみを整える。といっても風で乱れた髪を手櫛で整えることしかできないけれど。


 その後、執事の方に応接室であろう部屋に案内される。

 第一皇子がいる離宮なだけあって、整えられた部屋は清潔感があり、座ったソファはフカフカだ。


「お待たせいたしました」


 その声と共に、扉から入ってきた人を見た瞬間、驚いて言葉にならなかった。


「……ソフィ?」


 あ。と思った時には遅かった。

 溢れる涙で視界がぼやける。

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