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19.犯人


「あなたが今朝やったこと、今、大声で言いましょうか?」


 私の小さな呟きに顔を上げた女性は、私のお店を荒らした犯人だった。

 キッと私を睨みつける釣り目の目元には、印象的な黒子がある。間違いなく、今日の朝私の店から出てきた人物だ。


「なんで、あんなことを」

「あなたが悪いのよ! デリック様をもてあそんで」

「も、もてあそぶ?」


 予想外すぎる物言いに、ポカンと口を開けて相手をまじまじと見つめてしまう。

 私を睨みつける瞳は涙が溜まって、今にも泣きだしそうだ。


「私の方が、前からずっと、ずっと、ずーっと好きだったのに」

「え? いや、好きとか、嫌いとか、そんなこと考えたことも……」

「嘘つき!」

「嘘も何も」

「だって、デリックさまが、ソフィなしでは生きていけない身体なのですって言っていたわ」

「私なしでは生きていけない身体?」

「そうよ。わたくし、この耳で間違いなく聞いたのだから。それにお花を買ってわざわざ届けていたわ。あなたの部屋に連日通っていたのも知っているわ。誤魔化しても無駄だから」


 記憶を辿ってみても、ソフィなしでは生きていけないなんて、そんなことを言われた覚えはない……と思ったけれど、フッと思い出した。あれは、お見舞いに来てくれたデリックさんをくつろぎ亭の部屋の窓から見送っている時のことだ。確かにそんなことを言われたけれど、あれは純粋にマッサージを気に入って言ってくれた言葉だろう。


「あー、あれは、言葉の綾ってやつでしょう」

「デリック様は女性にあんなこと言いませんわ……」


 美少女が大きな瞳をウルウルさせて、今にも泣きだしそうな様子は端から見れば私がいじめて見えるに違いない。小さな声で話しているとはいえ、周りも私たちの様子がおかしいことに気づき始めている。


「それにしても、あの日、あの場にいたのですか?」

「う、うるさいわよ。私はデリック様の様子がおかしいから心配で後を追っただけですわ」

「そんなに大きな声を出したら、周りの人に聞こえますよ」


 目に涙を溜めて、恨めしそうに私を見るこの女の子は、ストーカーと言われる類の人なのかもしれない。あまり関わりたくないというのが本音だけれど、このままというわけにはいかないだろう。

 

「とにかく、あなたが私の大事な店に嫌がらせをしたってことであっています?」

「だ、だって、それは、あなたが悪いから」


 そこまで話したところで、デリックさんが執務室へ帰ってきた。


「おや? オベールさんとお話し中でしたか?」


 オベールというファミリーネームを聞いて、とても驚いた。

 目の前の女の子が、公爵家の令嬢だったからだ。

 オベール公爵家の次女、ミリー・オベールの噂を思い出した。私と同じ年齢で、公爵家の令嬢であるにも関わらず、文官になると志願して、狭き門である文官の試験に合格。若い女の子の間では、そんなミリー・オベールは憧れの的なのだ。同じ歳で自分のやりたいことをやっているミリー・オベールの存在に私も羨ましいと思ったのを覚えている。いつか会ってみたいとは思ったことはあったけれど、こんな形で会うことになるとは思わなかった。


「ミリー・オベールさん、これ、マッサージ券です。話の続きもしたいですし、ぜひお店に来てください」


 私がにこやかに名前を呼んだことで、口をあんぐりと開けて、目が点になっている。嫌がらせさえしてこなければ、お店に来なくてもいいのだけれど、もてあそぶだとか、盛大な勘違いをされたままというのはいただけない。ストーカーの嫉妬ほど怖い物はない気がするから、一度誤解をきちんと解いておいた方がいいだろうと思う。


「オベールさん、ソフィのマッサージは本当におすすめなので一度行ってみるといいですよ」

「は、はは、い」


 デリックさんに話しかけられて、上目遣いで頬を染める顔は間違いなく美少女だ。さっきまでの顔とは大違いである。


「それでは、ソフィ行きましょう。馬車を手配したので、そこまで送ります」

「ありがとうございます」


 執務室を出て、外まで歩いている途中、すれ違う人たちはデリックさんが通ると頭を下げている。その姿を見て、目の前の人が本当に宰相様だという実感が湧いて、思わず半歩下がってしまう。


「ソフィ」

「はい?」

「宰相であることを黙っていて本当にすみませんでした」

「いえ、本当にそのことは気になさらないでください。私も宰相様がきっと貴族の方であろうとは予想できたのに、あえて聞きませんでした」

「もう名前で呼んではいただけませんか?」


 悲しそうに眉を下げて捨てられた子犬のような瞳で見つめられて、そのまま頷きそうになったけれど、ミリー・オベールの恨めしそうな瞳を思い出して思いとどまる。


「宰相様を名前で呼ぶなんて恐れ多いです」

「……お願いします」

「わ、わかりました。それでは、二人の時はデリックさんと呼ぶのはいかがでしょうか?」

「約束ですよ。また、お店に行きますから」

「はい、お待ちしております。でもあまり無理をされないでくださいね」

「そのように私の身体を気遣ってくれるのはソフィだけです。ありがとうございます」


 馬車に乗るところまでわざわざ送ってくれたデリックさんに別れを告げる。


 今日は、オーリー殿下に会っただけでも驚きなのに、常連さんは宰相様だという事実が発覚するし、現実味がない出来事の連続だった。


くつろぎ亭の自分の部屋へと入ってすぐ、ベッドにダイブする。


「あー、疲れたー」


 婚約破棄をされた日に、もう二度とお城に行くことはないと思っていたのに、人生何があるかわからないものだとつくづく思う。


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― 新着の感想 ―
更新されてる! お待ちしておりました!! ありがとうございますっ
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