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転生敏腕マッサージ師、どん底から返り咲く  作者: 藤井


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14.デリックさん

「失礼します」

「デリックさん?」


 慌てて起き上がった瞬間。


「いたっ!」


 背中を痛めていたことを忘れて、起き上がってしまい思わず声が出る。


「ソフィ、大丈夫ですか?」

「……うう、だ、大丈夫です」

「どこが痛むのですか?」

「いや、本当に大丈夫で」

「どこが痛むのか聞いているのです」


 そう言ったデリックさんは怖かった。いつもはマッサージが気持ちいいと、力の抜けた顔ばかり見ていたから知らなかった。背景に氷が見えそうなほど冷たい空気を出しているデリックさん。有無を言わせないというこういう表情を言うのだろうと思う。


「あ、えっと」

「言いなさい」


 なぜか悪いことをして怒られている気分になるから不思議だ。


「ちょっと」

「ちょっと?」

「背中がですね」

「ほう、背中ですか? なぜ背中が痛むのですか?」

「こ、こ、転んで」


 じっと見つめられて、思わず視線を逸らしてしまう。


「見せなさい」

「え、いやいやいや、ほら、私も乙女ですし、異性に肌を見られるのは」

「ほう、そうですか。それでは女将を呼んできましょう」

「いや、それはやめてください」

「なら、見せなさい」

「……わかりました」


 デリックさんに背中を向ける。


「すみません、上着をめくって見て貰えますか。実は私も背中だったから見てなくて、痛いのはちょっと上の方なんですけど」

「失礼しますよ」


 そっと捲られた上着、背中が外気に触れて、ひんやりとする。


「……これは」

「ひゃ」


 背中を指で触られて変な声が出た。


「薬は塗りましたか?」

「いえ、背中ですし、薬を塗るほどではないので」

「すぐに戻りますから、大人しくしていてください」


 そう言って出て行ったデリックさんは数分後、袋を抱えて帰ってきた。


「横になってください」

「え」

「薬を買ってきました」

「わざわざ私のために薬を買ってきてくれたのですか?」

「私はもう、ソフィのマッサージなしでは生きていけない身体になったのです」

「そんな、大げさな」

「ですから、早く元気になってもらわなければなりませんので、寝てください」

「ありがとうございます」


 うつ伏せに横になれば、背中にひんやりとした感触がした。


「いっ」

「少し我慢してください」

「大丈夫です」

「ソフィ、いつ転んだのですか?」

「昨日です」

「ほう、この傷が転んでできたというのですね?」

「は、はい」

「……そういうことにしてあげましょう。けれど、やはり心配ですね。女性が一人で商売をするだけでも危ないのですよ」


 それは私も感じていることだった。ニコラさんがいなくなって一人になり、宿屋の女将さん達が気にかけてくれているとはいえ、それも限界があることを昨日実感した。けれど、現時点で、マッサージをする場所があるだけでも有難いのだ。これ以上贅沢は言っていられない。


「できるだけ気を付けます」

「優しく声をかけて、身も心も癒してくれるのですから、勘違いする男がでてきますよ」

「そんな、私なんて」

「いいえ、あなたは十分魅力的です」


 そう言われた瞬間、デリックさんの顔をまじまじと見つめてしまう。


「魅力的という表現は、デリックさんにピッタリですよ」

「ソフィも私の容姿を好ましく思いますか?」


 思わず上から下まで視線を走らせる。

 すらりと長い手足に、上品にスッと伸びた鼻筋とクールな一重の瞳、絹のように流れる銀色の髪は美しく、褒めるポイントしかない。


「外見は文句をつけるところがないほど美しいですね」

「中身はどうですか?」

「ひどいものです」

「ひ、ひどいですか?」

「こんなにガチガチな肩の人はなかなかいません。血流が滞りすぎて、最初にマッサージした時は岩を揉んでいる気分でした」

「……そっちの中身のことですか。私はてっきり」

「私がデリックさんのことで知っていることは、毎日たくさんペンを握って頑張っていて、肩こりがひどいことだけですから」


 背景や立場がわかってしまったら、変に気を遣わなければならなくなるから、何もわからないぐらいが一番だと私は思う。


 品のいい仕草や立ち振る舞い、高級な靴に、いつも清潔なシャツを着たデリックさんは恐らく貴族だろうけれど、わざわざ自分から聞くことはしない。


「ソフィ、その、」


 何かを言いかけたデリックさんだったけれど、その時、ノックの音がした。


「はい?」


 扉を開けて部屋に入ってきたのは女将さんだった。


「ソフィお昼ご飯だよ」

「女将さん、わざわざありがとうございます」

「ここに置くよ」

「はい、お手数おかけします」


 女将さんが持ってきてくれた食事を見て、椅子に腰かけていたデリックさんが立ち上がる。


「今日のところは帰ります」

「デリックさん、ありがとうございました」

「ソフィ、無理せずゆっくり休んでください」

「はい、ありがとうございました」


 その翌日もデリックさんは、お見舞いに花を持ってわざわざ私のところに顔を出してくれた。今日からマッサージを再開しようかと思っていたのに、薬を塗ってくれて、ゆっくり休むように釘をさしに来たそうだ。


「今日は時間がありませんので、失礼します」

「お土産ありがとうございました」


 忙しい中無理して来てくれたのか、慌ただしく帰っていく。

 その様子を二階の窓から見ていたら、不意にデリックさんが振り返る。


「ソフィ、本当にゆっくり休むのですよ」

「はい」

「私は、ソフィがいないと生きていけない身体なのですから、ソフィが元気でないと困ります」

「大声で、そういう意味深な言い方はやめてください」

「フッ、見送りはいいので、早く横になってください」


 小さく手を振って、ベッドに戻る。


 その様子を見ている人がいるなんて知らない私は、ベッドサイドの置かれた薄紫のライラックに手を伸ばす。優しく甘い香りは心地よくて、すぐに睡魔が訪れた。



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