第三話 友人
90年代半ば。
世の中には、キラキラネームの子どもが溢れておったそうな。ある街のはずれにある中学にも、とある二人のキラキラネームを持つ、男の子どもがおった。
一人は輝星という名前で、もう一人は皇帝という名前じゃった。大層変わった名前じゃったが、二人は名前負けせぬ、整った顔立ちをしており、体格もそこそこで女子に大層人気じゃった。
二人は同じクラスで、人気を二分していたそうな。
どちらも自分の方が人気があると思っておった。お山の大将じゃな。初め二人は親友じゃった。ところが、その仲を引き裂くような出来事が、起こったんじゃ。
栗やら柿やらが実る秋。
一人の女子が、転校して来た。名は諸井和佳奈。長い髪が美しく、雪のような白い肌をしておった。小さくて白い顔の中には、これまたかわいらしい、目や口や鼻があった。
輝星と皇帝は瞬く間に和佳奈の虜になってしもうた。どちらが和佳奈に気に入ってもらえるか、競い合い始めたんじゃ。
和佳奈は大人しい女子で、自分から積極的に友達の輪に入らんかった。本とピアノを嗜んでおった。また茶道も趣味らしかったそうな。
輝星は〝本〟に目をつけた。漫画しか読まんくせに、いきなり図書室に行き、偉人の伝記やら文豪の作品やらを読み始めたんじゃ。
しかし、輝星の頭では、どうも理解できん。そこでクラスで一番頭のいい鳥羽俊介にいろいろ聞いた。
鳥羽は面倒見のいい男じゃった。輝星に伝記に出てくる偉人がどんな人物かや、文豪の作品のあらすじを教えてくれよった。
輝星は付け焼き刃の知識を武器に、和佳奈に話しかけたんじゃな。
「諸井さんはどんな本読んでいるの?」
「え? SFとか推理小説」
聞いたことのないジャンルを答えてきおった。それでも、輝星は負けんかった。
「お、俺は伝記とか昔ながらの文豪が好きなんだよね」
そう言って、俊介から聞いた知識を朗々と披露したんじゃ。
「え、なんかキモイ」
和佳奈の言葉は冷たいものじゃった。
⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘
一方、皇帝は〝ピアノ〟に目をつけた。
皇帝の姉もピアノを嗜んでおって、家にはピアノがあったんじゃ。皇帝は姉の目を盗んで、そのピアノに触れるようになったそうな。
バントを組んどる友達から、今、人気のK-POPの楽譜を手に入れよった。それは初心者向けの簡単なものだったようじゃ。
皇帝はピアノを習っている俊介に、楽譜の読み方を教えてもらって、ほんの一ヶ月で、それなりに弾けるようになったそうな。
とある音楽の授業前の休み時間。
皇帝はついに練習の成果を披露したんじゃと。
「しいざあ君、ピアノなんて弾けるんだ!」
「えー! かっこいい♡」
女子がピアノの周りに集まってきた。しかし、そこに和佳奈の姿はありゃせんなんだ。
皇帝は弾き終えると、机にぽつんと座っている和佳奈の側に行ったんじゃて。
「諸井さんも、ピアノ弾くんでしょ?」
強引に接点を持とうとした皇帝。はやまってしまったんじゃな。
「私、ドビュッシーが好きだから」
和佳奈は皇帝が知らん名前を言いよった。
⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘
犬ころが喜ぶ雪が降る冬になっても、輝星も皇帝も、和佳奈とお近づきになれんかった。
二月。バレンタインという舶来ものの行事を目の前にして、二人はそわそわしとった。
和佳奈が誰にチョコレートをあげるのか、気になっとったんじゃ。
二月十四日。雪女が喜びそうなくらい、底冷えのする日じゃった。輝星と皇帝は、信じられん光景を目にしたんじゃ。
輝星と皇帝が昇降口で女子に囲まれて、チョコレートをもらっている時。人だかりになった、女子の向こうを鳥羽俊介と和佳奈が並んで横切るのが見えたのじゃった。
しかも、二人は仲睦まじく手を繋いでおったそうな。
もう、二十年近く前の話なもんで、その後、輝星と皇帝がどうなったかのは、わからんのじゃて。
最後までよんでいただき、ありがとうございました。
これにて、おしまい。