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それは、生贄の描く儚き夢  作者: 黒猫神無月
一章
8/25

8 妖精の住む森


 目を閉じたアンジェリカが次に目を開けたとき、視界は完全に切り替わっていて、アンジェリカは湖の浅いところに立っていた。

 全身がびしょ濡れで、このままでは風邪を引いてしまいそうだった。


 あの空間へ行く前に水に飛び込んだのだから当然と言えば当然なのだが。


(とりあえず、水からあがらなくちゃ)


 パシャリパシャリと水音を立てながらアンジェリカは岸に向かって進む。

 水を吸った衣服が肌に張り付いていて、足を取られ、歩みが自然と遅くなった。

 アンジェリカは今、薄手の生地の服を着ているからそこまで大変ではないが、これでもっとしっかりした生地の服を着ていたらどうなったのだろうと思う。

 きっと足を動かすことすら億劫なのではないかと思う。


 水を滴らせながら湖からあがったアンジェリカは、服の裾をギュッと握り、水を絞る。

 芝生に水が落ち、青々と輝く。


 その様子をぼんやりと眺めたアンジェリカは、空を見上げたあと、森へ入っていった。


 太陽の位置からして、アンジェリカが湖に飛び込む前と時間に差はないようだった。

 丸一日経っていたらわからないが。


 アンジェリカはどこか行く宛があるわけではない。

 孤児院は飛び出してきてしまったし、公爵家の人からは逃げたようなもので、迷惑もかけてしまっている。


 きっといち孤児であるアンジェリカを心配することなどないだろうが、申し訳ないとは思う。

 たとえ今、関わりがなくなったとしても、一度目の人生でアンジェリカを支えてくれた人たちだ。

 何らかの形で返したいとは思う。


 ただし、王族に目をつけられない範囲で、だが。


(家族が処刑されるなんて、もうまっぴら)


 胸の中で呟きながら、サクサクと芝生を踏む。

 暫くするとアンジェリカのお腹から、くう、と可愛らしい音がした。


 ピタリと動きを止めたアンジェリカは、自身の腹部に手を当てた。

 そういえば、アンジェリカは今日、巻き戻ってから何かものを口にしただろうか。


 否。していない。


 森にベリーがあったような気もするが、混乱していた上、食べるまもなくオオカミと戦っていた。

 それが終わってからはホークス・アズトに連れられて孤児院へ向かった。

 そのうえ孤児仲間と顔を合わせたあと、アンジェリカは隅の低木の下で眠っていた。

 その後は?その後は知っての通り、ソフィアナや公爵から目を逸らし、走っていた逃げてきた。そして湖に飛び込んだのだ。


 そして今。もとから森にいた上に、半日以上何も食べていない。それ以前のことは記憶にないが、恐らく、このお腹の空き方からして何も食べていないのだろう。


 お腹が空くわけだ。


 アンジェリカはとりあえず、これからの予定を食べられるものを探すことに変更した。


 サクサクと歩きながら、周囲を見回す。


 この森は、アクアローズの聖域の一部であり、自然が豊かだ。

 動物たちも仲良く共存していて、お互いの苦手分野を補い合っているように見える。


(──……)


『こらー!アンジェリカ、さっき休憩しなさいって言ったでしょう!』

『あ、ごめんなさい。あと少しできりのいいところまでいきそうだったから……』

『またそんなこと言って!私がさっきこの部屋に来たのは三十分どころか一時間も前よ!休憩時間は一時間以上とりなさいと何度も言っているでしょう、集中したら終わらなくなるんだから』

『う、で、でも』

『だってもでももないの!……アンジェリカの休憩ついでに、一緒に出かけようと思ってたのよ。誰かさんは来なかったけれど』

『え、ごめんなさい!い、今からでも平気?今すぐ終わらせるから、ちょっと待ってて!』

『大丈夫よ、急がなくても。私、今日は予定はないもの。ふふっ、アンジェリカったら』


 支え合う動物たちを見たアンジェリカは一度目の人生であった、ソフィアナとのやり取りを思い出した。


 支え合っていたというよりは、一方的にアンジェリカが面倒をかけていたことのほうが多かったが、それでも、とても楽しい日々だった。

 みんなが笑顔で、キラキラしていた。


 今日、孤児院で繋いた手は、とても温かかった。瞳には誠実さと気高さが映っていた。ソフィアナは変わらないのだと素直に思えた。

 でもアンジェリカはそれから目を逸らした。


「……お義姉様……」


 ポツリと呟いたソフィアナを呼ぶ声は、頼り無く、空気へ溶けていった。

 じわりと涙が込み上げてきたのは気の所為にして、動物たちから目を逸らしたアンジェリカはまた、歩き出した。


 そっと、記憶を心の底に沈めて。

 宝箱にぐるぐると鎖を巻いて、出てこないように閉じ込めた。


(今の私はお義姉様から目を逸らしたの。思い出に浸る資格はないわ)


 感情を奥底に沈めて、アンジェリカは森の中で佇む。


 そんなアンジェリカを森の動物たちはじっと見つめていた。


 キュイ、と鳥が鳴いた。


 ふわりと木から飛び立ち、アンジェリカの肩に止まる。

 黄緑色の美しい羽を持つ鳥は、アンジェリカの頬に頬ずりをする。


 それを皮切りに、動物たちがアンジェリカのもとにやってくる。


「……ふふっ、慰めてくれるの?」

「キュイッ」


 アンジェリカの頬に涙が伝う。

 座り込み、くしゃりと顔を歪めたアンジェリカは、近づいてきたうさぎを抱きしめた。


「……………。……うっ……く、ひぐっ………お義姉、様………お父様……お母、様………っう、ひっく………ごめ、なさい………」


 声を抑えながら泣くアンジェリカに、森の動物たちはそっと寄り添った。


 それと同時にキラキラと光を放つ直径二十センチ程の球体が、アンジェリカを囲む。


 アンジェリカが気づかぬうちに、光る球体は動物たちと会話するように鼻先に止まり、暫くすると離れた。


 時間が経ち、やっと落ち着いたアンジェリカが顔を上げたとき、アンジェリカの目の前には一つの道があり、その先には丸太でできたログハウスがあった。


 驚きに目を見開くアンジェリカの視界の端で、光る球体がくるくると回っている。


「妖精……?」


 なんとなくそう呼んだアンジェリカに、そのとおりだと言わんばかりに球体──妖精──は、アンジェリカの周囲を舞う。

 妖精たちに誘われるままにアンジェリカはログハウスヘ向かった。

次は九月十六日投稿予定

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