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それは、生贄の描く儚き夢  作者: 黒猫神無月
一章
6/25

6 神の御下①

遅くなりました


 ここはどこだろう。最近、同じことを思ったような気がする。

 周りを見回すけれど、どこまでも白い世界が広がっていて、なにもない。


 でも、どこか安心するような暖かさにアンジェリカの固まっていた心がゆるゆると解けていく。

 ふわりと何かが包み込んでいるような感覚に身を委ねる。


 まるで、ここがアンジェリカの居場所だと言わんばかりに、アンジェリカの心に馴染んだ。


 そんなアンジェリカの前に、一滴の水が落ちてきた。


 その雫は、真白な床に波紋を描き、人と同じ程の大きさの水球を生み出した。

 水球はしばし宙に浮いたあと、中央のあたりから色が吹き出してきた。


 白、水色、青。そんな色が水球の中をぐるぐると回る。

 やがて、水球は人の形を取り出した。


 色を残したままに回転した水球は、水色の髪と瞳を持つ豊満な美女になった。

 憂いを持った瞳は、何かを堪えているように見えて。アンジェリカは、どこか自身と似ているように感じた。


 現れた美女は、アンジェリカにそっと近づき、アンジェリカを抱きしめた。


『我が愛し子。我が分身。アンジェリカよ』


 流れる水のように清らかなその声で、彼女はアンジェリカを呼ぶ。


『辛いときは、いつでもここに来て良い。いくらでも、側にいよう。だから、死を求めないでおくれ』


 静かに語りかけてくる彼女は、どこか苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。アンジェリカは思わず、彼女の頬に手を添えた。


 アンジェリカは彼女が何者なのか、知らない。


 それでも、はらはらと涙を流す彼女に狂おしいほど胸が痛んだ。


(泣かないで、泣かないで)


 まるで、アンジェリカ自身のことのように思えて、どうしても彼女に泣いていてほしくなくて。


 アンジェリカをひしと抱きしめて泣く彼女を、アンジェリカは優しく撫でた。

 大切なものを扱うように、優しく。


 彼女が落ち着くまでずっとそうしていた。


 やがて、落ち着いた彼女は、アンジェリカを膝に乗せ、ティーテーブルとイスを用意した。


『私は、女神アクアローズ。この国を守護する神の一柱だ。ここは私の作った空間といったところ』

「そうなのですか。でも、なぜ私はここへ……?」

『そなたは私の愛し子であるが故、ここに来ることができた。そなたは私の愛し子であると同時に、私の半身でもある。所謂分身だ』

「なるほど」


 先程感じた自身のことのように思えたのは、それが理由だろう。


 それからアクアローズはアンジェリカにいろいろなことを教えた。


 世界の根源から、アンジェリカがこうして繰り返している理由など、多岐に渡って丁寧に説明してくれた。


『本来そなたは家族とともに寿命で死を迎えるまで幸せに暮らすはずだったが、どうやら私の弟神が横槍を入れたようでな。そのせいで世界に歪みが生まれてしまい、歪められた世界にそなたは巻き込まれてしまったのだ』

「歪み」

『ああ。しかし、そなたが生贄として沈められたのが私の聖域である湖だったのが幸いして、時戻しをかけることができた。もちろん、歪みはまだ正常とは言えない。だからこそ、前回とは違うことが起こる。そなたがここに来る前にあった、孤児院の公爵家来訪などがそうだ』


 俯きがちになり、ため息をつくアクアローズは、それだけで絵になる。


 アンジェリカは、一度目でなかった公爵家の来訪に戸惑い、混乱のままに飛び出してきてしまったのだ。


 膝に乗せたアンジェリカが眉根をよせ、なにかに戸惑っていることに気がついたアクアローズは、アンジェリカを抱えなおし、アンジェリカの顔を正面から見据えた。


 アンジェリカはアクアローズの説明した内容を、理解したが、納得はできなかった。


 歪み、という存在だけで、人の人生が著しく侵害されるということに、どうしょうもなく怒りを覚える。

 それが、自身の家族が命を落とした原因であったということも、その怒りを増長した。


 世界に作られた歪みのせいで、一度目の人生の家族は死んだというのであれば。

 家族を殺した奴らは歪みに巻き込まれただけで、悪くないのであれば。


 アンジェリカは一体、誰を恨み、憎悪すればいい?


 行き先を失った怒りがアンジェリカの胸中を巡る。


 自分のせいだと思った。領地のためと思ったことが裏目に出た。

 かつての仲間は助けるどころかアンジェリカを罵り、蔑んだ。


 自身の命などどうでもいいと思った。


 自分自身を殺めてしまいたいと願ったのは、血の繋がりのないアンジェリカを慈しみ、育ててくれた彼らを死へと誘ってしまったから。


 国王を恨み、兵士を恨み、騎士を恨み、侍女を恨み。

 騎士になった孤児院のかつての仲間を恨み、城で働いていた孤児院の仲間を恨み。

 妹のように思っていた仲間に罵られ。


 心を抉られ、壊され、粉々に砕け散った。


 ガラスの破片のように鋭利に尖ったその言葉は、アンジェリカの人を信じるという選択肢を奪う。


 周囲を疑い、かつて家族を傷つけた存在を恨み、殺したいと思うほどに憎悪した。

 何もできなかった自身を殺したいと思うほどに嫌った。


 そんな感情を、彼らのせいではなく、アクアローズの弟神の作った歪みのせいだと言われた今。


 アンジェリカが直接当たることもできない、神という存在に、どうしてそのような感情を向けられようか。


 行き場を失った感情を、アンジェリカは持て余していた。

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