2 始まりの悪夢②
二話目です
国王は、元公爵家一家に対し、国王を謀ったとして捕縛令を出した。
公爵家の領地の隣りにあった伯爵家の領地で慎ましく生活していたアクエスト一家は、いきなり押し掛けた兵士によって捕らえられた。
財産すべてを差し出せと言われたが、民は財産であり、財産ではない。それぞれの意志があるもの。
彼らが選択し、領地を移動することの何が悪い。何が謀ったか。
アルバートはそう言い、反抗したが、国王は一切を聞き入れず、斬首刑とした。
アルバートは斬首。
セレスティーヌもアルバートと同じく斬首。
ソフィアナは第二王子を粗雑に扱ったとして騎士団で慰み者として一週間辱めを受けさせてから斬首。
アンジェリカは以前命令した通りに神に捧げる生贄に。
アンジェリカには、家族が斬首されるさまを目の前で見せることとした。
折角だからと同じ日に斬首刑にするといわれ、一週間、アルバートとセレスティーヌ、アンジェリカは牢に入れられた。
ソフィアナはどこかへと連れて行かれた。
アンジェリカは、なんとか家族だけでも助けようと、必死に訴えた。
牢に入れられる前も、入れられた後も、騎士だろうが、侍女だろうが、自身の前に来たものに、片っ端から声をかけた。
私はどうなってもいい。家族が受ける分の罰を私がすべて受けることも構わないから。
だから、家族だけは助けて。
悲痛な叫び声と、アンジェリカがあまりにも必死に訴える姿に、心を揺らされるものもいた。
しかし、逃げる手引をしようとしたら自身の身も危ないと、逃がそうとしたら殺すと国王に脅されていた彼らは、アンジェリカの願いを聞くことはなかった。
アンジェリカはそれを知っていた。
みんな、自身の身を危険に投じてまで他人を助けようとはしないとわかっていた。
それでも、アンジェリカは助けを請い、願うことをやめなかった。
それしかできなかったから。
毎日、毎日、ずっと助けを請い、叫び続けたアンジェリカは喉が枯れ、ついには喋ることもできなくなった。
そして牢に入れられた一週間後。
国王は、元公爵家一家を女神像のある、王城前広場で公開処刑することにした。
アンジェリカは、暴れられては面倒だからと縛られ、舌を噛み切って自殺されては生贄にできないからと猿轡をされた。
そして、父であるアルバートが連れられてきた。
アルバートはアンジェリカと同じ様に後ろ手で縛られ、引きずられるようにしてやってきた。
アルバートの罪がつらつらと処刑人から告げられる。
告げられ終えたとき、アルバートは死ぬ。だから、アンジェリカはひたすら、時間が止まれと思った。
しかし、アンジェリカの願いも虚しく、時間は過ぎていく。
やがてアルバートの罪を述べ終えた処刑人が、アルバートの首に向かって刃をおろした。
アンジェリカを見たアルバートの目には、ただただ、心配だけが映っていた。
済まない。そう口が動いた。
肉が切れる嫌な音が響いて、アルバートの首と胴が離れた。
次に、セレスティーヌが連れてこられた。
やはりセレスティーヌも後ろ手に縛られ、引きずられるようにしてやってきた。
先程と同じ様に罪状を処刑人から告げられる。
セレスティーヌは窶れていたが、アルバートと同じ様に凛とした態度でまっすぐ前を見据えていた。
アンジェリカに目を向けたセレスティーヌは、優しく微笑み、ごめんね、と言うように口を動かした。瞳には、ひとえにアンジェリカを案ずる色が映っていた。
程なくして、処刑人がセレスティーヌの首に向かって刃をおろした。
胴と首が離れ転がった顔は、優しく微笑んでいた。
最後に、ソフィアナが連れてこられた。
全身傷だらけで、以前の姿の面影など殆どなかった。しかし、瞳には、以前と同じ、凛とした強さがたたえられていた。
一週間、アンジェリカやアルバートたちよりも酷く、おぞましい目にあっていたであろうソフィアナは、アンジェリカを視界に入れた途端、ふわりと微笑んだ。
ソフィアナの口は、大切な妹、大好きよ。そう動いたように見えた。
アンジェリカのいる場所は、ソフィアナたちのいる場所からは離れていて、声など聞こえない。
それでも。
アンジェリカを家族だと言ってくれた彼らは、アンジェリカに優しい言葉をかけてくれた。
自身が死ぬ、元凶とも呼べるはずの、アンジェリカに。
そんな家族が首を切られるのを、アンジェリカは泣きながら見ていることしかできない。
アンジェリカを取り巻く感情は、絶望と無力感。自身の存在が招いたことだというのに、アンジェリカ自身は何もできない。
やがて、ソフィアナの首が、切り落とされた。
最期まで、ソフィアナは笑っていた。
*
ぼんやりと宙を眺めていたアンジェリカを、兵士が両脇を掴み、引きずっていく。
行き先は、王城から離れた、湖。
中央に大きな女神像が立っている、神の御下と呼ばれる場所だ。
きっとここに沈められるんだろうな。
そう思っても、抵抗する気が起きなかった。
家族が自身の生み出したものを目当てとした輩に殺された。
直接殺したのはアンジェリカではないとはいえ、原因であるものを作り出したのはアンジェリカだ。
最初からアンジェリカだけが犠牲となっていたら変わったのだろうか。
アンジェリカを犠牲にするくらいなら財産を捨てるといった彼らを力ずくでも止めていたら、彼らは死ぬことはなかったのだろうか。
国王に縋り、命乞いをし、自身が公爵家を発展させていたと告白すればよかったのだろうか。
泣き叫んでいるだけでは、嘆いているだけでは何も変わらなかったし、何もできなかった。
ニヤニヤと嗤う国王が、アンジェリカを湖に沈めるように、命令した。
兵士がアンジェリカの背を強く押す。
ふらついた身体が、水を跳ね上げながら湖に落ちていった。
すべてがスローモーションに見えて、すべてが色を失っていた。
水に沈んでいく自身の身体が、少しも動かない。
ああ、死ぬんだな。
そう思っても、怖くなかった。これ以上、家族がいない世界で生きるのは、心が壊れてしまいそうだったから。
いや、もうすでに壊れていたのかもしれない。
アンジェリカは水に沈む身体を馴染ませるように身を委ねる。
水の中、ゆっくりと酸素を失っていき、黒く染まっていく視界が。
白く──弾けた。
次の投稿は八月十二日です。
八月中の投稿日についてはTwitterで確認してください。
Twitterのアカウントはこちら
@kuroneko_kiral