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それは、生贄の描く儚き夢  作者: 黒猫神無月
二章
19/25

19 願いの花③


 赤い血、ヘドロのような物体。


 聞こえてくる苦しみを訴える声。


 ああ、懐かしい。いろんなものががあのときと似ていて……。


 ──苦しい。


 先程の牢の中でベッタリと付着した煌めく液体。

 ほんのりと温かく、しかしゾッとするような感覚。


 アンジェリカは今、何を頼りに立っているのだろう。

 縄で結ばれた腕は動かせず、自由な足で、ひたすら逃げた。


 アンジェリカは罪のあるものが目の前で苦しみを訴えていても何も思わない。一度目の人生で、アクエスト領に流れてきた隣国の研究犯罪人を裁くときも、淡々と処理してきた。

 しかし、罪のない幼い子供が苦しむ様を見るのは耐えられなかった。


 アンジェリカは人とほとんど関わりがない。


 一度目の人生ではアクエスト公爵家に引き取られて以来、引きこもって研究していたし、外出はソフィアナに連れられて偶にといったところ。

 孤児院のみんなとは仲が良かったのかもしれないが、今となっては悪い思い出しかない。


 そして今度の人生では、早々に森に引きこもっていた。

 深く馴染みがあるのはギルバートとアーサーのみ。


 孤児院長のホークスとも関わりはほとんど無く、要するに今のアンジェリカには、親しい人というものが存在しない。


 そして人と関わりがないからこそ、人が苦しむ姿を見ることがなかった。


 カラカラと金属でできた部品のようなものが転がる。

 それは定期的に上から落ちてきている。


 ふと上を見上げたアンジェリカの視界に入ってきたのは、積み重なった檻と機械部品が詰まった球体。

 いくつも重なった檻から滴るのは、てらてらと光を反射する赤い液体。


 その先に、祭壇のようなものがある。

 そこに鎮座するのは、銀色の箱。

 アンジェリカはその箱に強い既視感を覚えた。どこかで見たような気がする。でも、どこで見たのだろう。


 近づいてみてみると、その箱には何やら紋様が刻まれている。みたこともない紋様だが、何か意味があるのだろうか。


 よくよく見ると銀色の箱にはほんの少し、

隙間がある。

 アンジェリカがその隙間を覗こうとすると、何かのスイッチを押したのか、アンジェリカのいる空間に警報が鳴り響いた。


 咄嗟に身を引いたアンジェリカの目の前に突き立ったのは鮮やかな血液が滴る細身の剣。それはブツリとアンジェリカの手首を縛めていた縄を切断した。

 それと同時に声がする。


「僕の研究所になにか用事かな」


 声のする方へと振り返ったアンジェリカにまっすぐに視線を向けるその人物は、ボサボサの焦げ茶の髪と昏い紫色の目を持つ若い男だった。


「…………」

「おや、だんまりか」


 アンジェリカは静かに、男を見つめ返す。

 アンジェリカは喋らない。迂闊に言葉を発したとき、取り返しのつかないことが起きそうに思える。


「……誰……?」

「僕ですか?僕はですね、ユニスト・エギンと申します。研究者ですよ」


 ニコリと笑みを浮かべたユニストに怖気がする。

 そんなこちらのことも何も気にならないというように、ユニストはニコニコと笑顔を浮かべる。


「あなたは?」


 落ち着いた、ゆるりとした声が、アンジェリカの心をざわつかせる。


「……アンジェ」


 その名乗りに対し、ユニストはニコリと笑みを浮かべたままほのほのとしている。


「この花、きれいでしょう?」


 唐突にユニストにかけられた言葉に、アンジェリカはユニストの手元に視線を落とす。

 ユニストの手元には紫色の花。ユニストはその花を見ながら、語る。


「これはね、トルコキキョウと言うんだ。とても美しいよね?花言葉はね、希望」

「希望……」

「あの人がくれたこれがある限り、願いを受け止めてくれるこの花がある限り、僕は──こうして生きていられる」


 アンジェリカはユニストの言葉に、何も返せない。

 アンジェリカ自身、ユニストのようになにかにすがり、生きていたことがあるからだ。


 こちらに再び視線を向けたユニストは、にこやかにアンジェリカに問いかける。


「君に、望みはあるかい?」

「──…………」


 にわかに、外が騒がしくなったように感じた。



 *



「いない?」

「は、はい。その、アンジェさんという方は、焦げ茶の髪と紫色の目の男性に攫われたのですよね。ええと、焦げ茶の髪や紫色の目という単体でしたら何人かいるのですが、両方を持つ人はこの研究所にはいないです」


 研究所で職員に話を聞いたギルバートは眉根を寄せた。

 ここ以外には研究所はないはずだ。


「ここ以外に、研究者もしくはそれに準じる職を持つものがいる場所はありませんか」

「ここ以外に、ですか……」


 少し悩む素振りを見せた職員だが、それもほんの少しで、首を振る。


「申し訳ありません。私はここ以外には心当たりはないです」


 ふるりと首を振る職員に嘘を吐いている気配はない。

 踵を返し、公道に出たギルバートとアーサーは揃ってため息を吐く。

 視線を通わせ、また別の場所に行こうとしたところで、二人を呼ぶ声がした。


「ギルバート殿下、アーサー公子、先程のお話ですが」

「それは先程、終わったかはずですが」


 アーサーの突き放すような言葉にも屈せずに職員は言葉を続ける。


「し、室長に聞いたのですが、」

「?」

「昔、と言ってもほんの十年程ですが、現在サンチェス山がある場所にひとつ、研究所があったそうです。サンチェス山の出現とともに存在が忘れられていったそうなのですが──」

「そうか、感謝する」


 ペコリとお辞儀をして研究所へと戻っていった職員を見つめながら、ギルバートはアーサーに問いかける。


「どう思う」

「怪しいですね。サンチェス山に向かってみましょうか」

「そうだな」


 行ってみても損はない、と言葉を続けたギルバートは、アーサーを伴ってサンチェス山へと向かう。


 サンチェス山についたギルバートたちは、展望台に向かう道の途中に樹木に隠れた獣道を見つけた。

 顔を合わせたギルバートたちは、ひとつ頷くと獣道を進んでいった。


 そこに鉄でできた地下へ続く扉を見つけた二人は、迷うことなく地下へと向かった。


 そして、そこでアンジェリカが見たものと同じ、泥のように溶ける人形を見る。

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