クレーム
私は数多くのホラー小説を世に送り出している作家だ。
今日は新しいホラー小説の企画会議と言う名目で、料亭で酒宴を開いていた。
私の担当の編集者が、お酌をしながら、
「先生、今度の小説は、人類存亡を賭けたSFホラーにしませんか?」
「SFホラーか。今まで書いた事がない分野ね。いいかも」
私はほろ酔い気分で応じた。
「こんなのはどう? 死の国で落ちこぼれた死神が、その腹いせで人類を次々に殺し始める」
「おお、いいですねえ」
担当編集者が赤い顔で同意した。
「死神は世界の主要国の元首に憑依し、核ミサイルの発射ボタンを押す。人類は絶滅」
「いやあ、滅んじゃうんですか? 何とか反撃しましょうよ」
編集長まで話に加わって来た。私はヘラヘラ笑って、
「だって、相手は死神よ? 生きている者を殺すのが彼の仕事でしょ? 絶滅でいいの!」
酔いがかなり廻って来た私は、支離滅裂になっていた。
「最終的には、その辺は読者の想像に任せるべきではないですかね?」
編集者が生意気にも意見した。私はキッとして、
「うるさい! 絶滅ったら絶滅なの! 人類は滅びるべきなのだあ!」
と叫び、そのまま酔いつぶれてしまった。
記憶が途切れたようだ。
私は何故か1人で暗い夜道を歩いていた。
「?」
私は外灯の下で手招きしている執事のような風体の老人に気づいた。
「私に何か用ですか?」
きっと、ファンだろう。サインでも欲しいのかな? 老人は満面の笑みで、
「私、実は死神なんです」
「へ?」
私はこの老人が危ない人なのだと思って後ずさりした。
「ご心配なく。貴女をお迎えに来たわけではありません。実は、あの世を代表して抗議に参りました」
「は? 抗議?」
「はい」
私はマジマジとその自称死神の老人を見た。
どちらかと言うと、死神よりは神様のような気品がある。
「死神の仕事は、人を殺す事ではありません。亡くなった方をあの世にお連れする事です」
「はあ」
私は何でこの人、企画会議の内容を知っているのだろうと思った。
「貴女は私共の仕事を誤解されています。その事を伝えたくて、ここまでお越しいただいたのです」
「は? ここまで? ここってどこ?」
「生の国と死の国の境界です。日本では黄泉比良坂と呼ばれています」
その名前、私も小説で使った事がある・・・。
「私共の抗議、ご理解いただけましたか?」
老人は微笑んだままだったが、急に威圧感を漂わせて来た。
返答次第ではこのまま「お連れする」という事か?
「は、はい。理解しました。以後気をつけます」
私は震えながら頭を下げた。
「それは良かった。ありがとうございます。これからもよろしくお付き合いの程を」
老人はそう言うと霧のように消えてしまった。
「先生、先生!」
担当編集者の怒鳴り声で、私は目を覚ました。
料亭の中だ。
帰り道ではなかった。
まずい。
私は今まで随分と出鱈目な死の世界を描いて来た。
とうとうあの世が怒り出して、死神が抗議に来たのだ。
私は決意した。
「さっきの話、全部白紙ね。違うストーリーにするから」
「ええ?」
編集者と編集長は、突然の私の心変わりに仰天していた。
数ヵ月後、私の新作が出版された。
死神とのほのぼのとしたやり取りを描いた感動的なホラー。
大成功だった。
ダブルミリオン。
私の著作で1番のヒット作となった。
ある日、ファンレターに目を通していると、妙に懐かしい感じのする葉書を見つけた。
差出人の名前は書いていない。
筆跡にも見覚えがない。
でも知っている。わかるのだ。
あの死神からだ。
私の著作への賛辞と、死神の優しさを描いてくれた事への感謝の気持ちが書かれていた。
最後の一言に私は困惑した。
「貴女が亡くなった時には、死の国の一同でお迎えにあがります。それまでお元気で」