INTO the WORLD~呪い子~
前日譚のつもりで書きました
他のとは全く関係ありません
一時間――それが、チームベンゼットを全滅させるのにかかった時間だ。
カロリーヌ・べンゼットは、悠々と去っていく男の背中を見つめ、まるで赤子の手を捻るようだ――と思った。こちらはあらゆる手を尽くしたというのに、男は息一つ乱す事なくチームを全滅に追いやったのだ。
周囲には、苦楽を共にした――かつて仲間だった者たちの無惨な姿があった。
「……ご……めん、ね…………」
カロリーヌは涙した。
――ごめんね。守ってあげられなくて、ごめんなさい。
本来ならば、彼らを守り率いるのがリーダーであるカロリーヌの役目だ。それが苦にはならなかったし、むしろ誇りだった。一人の堅物を除いた全員が彼女を「カロンさん」と呼んで慕い、またカロリーヌもそんな彼らを愛した。
楽しかった。初めてチームを持った日から、ずっと。
当然、悲しい事も辛い事もたくさんあった。仲間を失い、些細な事で揉めて、分かってもらえない焦れったさに何度もメンバーとぶつかったりした。
でも、それらを含めて全部が好きだった。掛け替えのない、大切な日常だった。
守りたかった。守り抜きたかった。なんとしてでも。せめて、逃がした子供たちだけは無事でいてくれ、と願う。
多少、子供たちが逃げる時間を稼げたはずだ。
――どうか、生き延びて……。
死ぬ間際、薄れ行く意識の中。刹那の思考でカロリーヌは願った。
――どうか、負けないで。
まだ幼いとさえ言える彼女が秘めている力は強大だ。その力を狙い、あるいは厭って様々な勢力に追われるだろう。
――どうか、神様……。
あの優しくて真っ直ぐな心を持つ美しい少女に、この苦難を乗りこえる強さを――
カロリーヌは祈り、息絶えた。
――★☆★――
足がもつれる。
疲労からか、恐怖からか。
ミシェール・カルロは何度も転びそうになりながら、現実逃避するように思った。とてもじゃないが、足を動かし続ける以外でそれ以上の余裕はなかった。
横でミシェールを支えながら走るエリオス・クルバムにも余裕はなく。ただ背後の気配を探る余裕はあり、その気配の中にチームの者は遂になくなった。
――くそっ、早い!
チームベンゼットは、リーダーのカロリーヌを始め、トップクラスの強者が揃っているのだ。そのチームが、たとえメンバーを欠けさせたとはいえ、こうもあっさり全滅するとは。
チーム一の俊足の持ち主であるリリス・ラングリルは先行させた。もちろん応援を呼ぶ為だが、チームの全滅は、リリスの姿が見えなくなってからまだ間もなかった。
すぐに邪悪な気配が猛スピードで迫り、瞬く間に進路を塞がれてしまう。素早くミシェールを背後に庇い、戦闘態勢に移る。その様を見て、男は口元を醜く歪めた。
「君たちでは私に勝つ事はできんよ」
「やってみなきゃわからないだろう!」
男の不遜な言葉に反駁はしたものの、内心ではその言葉を肯定していた。相対した事ではっきりわかる。
一見無防備に立っているように見えるが、今のエリオスが無策で飛び込めば、一瞬で命を刈り取られてしまうだろう。全身の毛が総毛立つ程のプレッシャーもあって、エリオスは自分の死を覚悟した。何故ミシェールを狙うのか。その理由はわからないが、エリオスの勘が告げていた。
――ここでミシェールを死なせてはいけない!
「ミシェール、合図をしたら走るんだ」
「えっ?」
男に気付かれないよう、小声で言った。ミシェールは虚をつかれてエリオスの横顔を見つめる。しかし、エリオスは油断なく男から目を離さずに続ける。
「僕たちの今のレベルでは、どうやってもこの男には敵わない。リリスも説得に時間がかかるはずだ。とても間に合うとは思えない。だから君だけでも…………」
「いやだ!」
逃げて、と続けようとした言葉を遮られ、思わずミシェールの顔を見てしまった。
「な、何?」
「嫌だ。エリオスを置いて逃げるなんて嫌だ。一人で逃げるなんて嫌だ!!」
ミシェールは既に泣いていた。彼女の中で二年前の記憶が甦る。あの時と状況が似ていた。あの時も背中に庇われ、逃げろと言われた。言葉通りに逃げた結果、どうなったか――
「もうあの時みたいな後悔はしたくないの!」
男はミシェールの言葉を興味深そうに聞いている。だがエリオスはそれどころではない。
「バカかお前は! 逃げろと言ってるだろう! 僕たちで敵う相手ではないんだぞ!?」
もうなりふり構わず、説得を試みるも、
「わかってる! わかってるけど……!」
ミシェールも意地だった。
男の強さはわかっている。わかっているからこそ、一人にはなりたくなかった。
「あたしは! 逃げて後悔するくらいならっ、一緒に死んだ方がマシよぉ!!」
「バカ野郎!! 死んだら元も子もないだろうが!!」
涙ながらの訴えを切り捨て、エリオスは男に向き直った。
「茶番はもういいのかい?」
向き直ったエリオスに対して、男はクスクス笑いながら言った。そんな男を睨み付け、剣を構え直す。
正直、彼が本領を発揮できるのは弓を用いた長距離戦だ。敵を近付ける事なく一撃で仕留める、あるいは複数の矢をつがえて同時に放つか連射するかなどした殲滅戦こそが彼の戦場なのだ。もちろん今回のようにチームの援護で活躍する時もあるが、このように剣を持った接近戦など、まして格上を相手に戦うなど、無茶な事をしている自覚はある。
だが、彼にも譲れないものがある。
二人の間を風が吹き抜けた。
風が止まった瞬間、目にも止まらぬ速さで剣戟が始まった。
「っ!」
「ふふふっ♪」
――くっそ、重いぃっ。
男の攻撃をさばくので手いっぱいのエリオス。一撃一撃が重く、顔を歪めるエリオスを嘲笑うように男は薄笑いを浮かべる。ミシェールは剣戟の余波から逃れるのに必死だった。
男はエリオスを攻撃する合間に、ミシェールに向かって斬撃を飛ばしていたのだ。
「何をしてる!? くっ。早く逃げろ!」
攻撃をいなし、ミシェールの動きを見咎めたエリオスが声を上げる。が、頑なな姿勢で抵抗するミシェール。
ここまで来て、ようやくミシェールもチームの全滅を悟ったらしく、その目にありありと憎しみの炎が渦巻いた。だが、隙を見て飛んでくる斬撃に慌てて木陰に逃げ込むも、太い幹を難なく両断する威力に顔色を無くし、その場に座り込んでしまった。
「ミシェール!? ぐあっ!」
「!」
その隙を見逃す男でもない。
ミシェールに気を取られたエリオスを斬り捨てる。左肩から右腰までを一直線に切り裂くと、もう見向きもせずミシェールへと迫る。エリオスの悲鳴で我に返ったミシェールは、狂気的な笑みを張りつかせた男が向かってくるその後ろで、血を吹き出し崩れ落ちるエリオスを見た。吹き出す血の鮮やかさと男の笑みが目に焼きつく。もう回避は間に合わない。
――ここまで……。
眼前に迫る死に思わず目を閉じた時、間に割って入る影があった。カキン、と硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
「なに!?」
「シエルはやらせない!」
影の正体はニール・ドイラン。ミシェールを愛称で呼ぶ、数少ない人物だ。間一髪のところで間に合ったのだ。
ニールはミシェールの無事を確認してほっと息をつくと、愛剣を構え直し、男を牽制する。エリオスとは違って技巧と実力のこもった一撃に、男は一度距離を取った。そして、周囲の状況から形勢の不利を悟ってか忌々しげに顔を歪め、パッと姿を消した。
一連の行動を呆気に取られて見ていたミシェールは、小さく聞こえたうめき声に我に返り、倒れ伏すエリオスに駆け寄った。
「エリオス。エリオス!」
エリオスの傷は、左の肩口から右の腰あたりまで、一直線に深く切り裂かれていた。素人目にもわかる――致命傷だった。
呆然と座り込むミシェールの腕に触れたものがあった。エリオスだ。反対の手を伸ばして、ミシェールの頬に触れる。ひどく優しく、愛おしそうな手つきだった。ミシェールの無事を確認したからか、エリオスは満足そうに微笑んだ。
「エ、エリオ……」
ミシェール瞳から涙が溢れた。
「エリオス! ミシェール! 無事…………!」
そこへ、援軍を引き連れたリリスが到着し、その場に広がる惨状に言葉もなく立ち尽くす。
「きっと……」
「?」
「きっと、天空の島が君を助けてくれる」
ミシェールの耳元で、囁くようにエリオスは言った。ミシェールが疑問符を浮かべる中、エリオスは微笑み、静かに息を引き取った――
――★☆★――
力なく落ちた腕を見つめ、ミシェールは呆然と座り込んだ。援軍と共に駆けつけた調査員がエリオスの遺体に布をかけ、回収していく。その様子をただ見送るだけのミシェールの側に、誰かが立った。のろのろとした動作で見上げると、そこにはリリスが表情なく立っていた。
「あ、リリ…………」
「気安く呼ばないで」
飛び出した刺々しい言葉に、ミシェールの理解は一瞬遅れた。
「……えっ?」
理解が及ぶと、今度は困惑が隠せない。
ミシェールとしては、今まで同じチームメンバーとして、同年代の友人として仲良くやってきたつもりだったのだ。それが、違った――?
ポカンとしたミシェールの様子に構わず、リリスは蔑みの表情を浮かべた。
「みんな、あんたのせいよ」
やや離れた場所で指示を出していたニールがこちらの様子に気付いた。
「あんたが来てからチームは変わったわ。変わった挙げ句にこの様」
リリスの言葉が鋭い棘となり、ミシェールの心に容赦なく突き刺さる。
「みんな死んだ。死んでしまったわ!」
だんだんヒートアップしていくリリス。ニールが調査員の間を抜け、こちらへ向かってくる。
「全部あんたのせいよ! あんたがみんなを殺した!!」
「ひっ」
その言葉に息をのみ、ミシェールの体は竦んで動けなくなった。脳裏に去来するのは、穏やかな父の笑顔と燃え上がる街。たった一夜で滅んでしまったあの国も、わたしのせい――?
「はっ、はっ、はっ」
息が苦しい。みんな、わたしのせい?
近所の人たちが、エルガノンの学友たちが、そしてディナの笑顔が、浮かんでは消えていく。
みんな、わたしのせいで死んだ?
「ミシェール?」
「シエル、落ち着け。シエル!」
リリスの疑問の声も、ニールの呼びかける声も、何も聞こえなかった。
みんな、わたしのせい。わたしのせいでみんなが死んだ。
「はっ、はっ、はっ――」
わたしが、みんなを殺した――
そこに結論を見出だすと同時に、ミシェールの意識は深い闇に吸い込まれていった――
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