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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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5. 黒の封蝋


「もう目を開けてもいい。」


彼は水面に浮かんだローブを拾い上げながら、男―ヨシュアに声を掛けた。

ヨシュアはパッと目を開け、何かを確かめる様に、自らの顔や体を触った後、彼に何度も礼を言いはじめた。


「ディアス様。私はディアス様から承ったこの名に恥じない奉仕の精神を養う事を誓います!」


彼は面倒そうな顔でローブを羽織り直してから静かに玉座へ座り、跪いたままはしゃぐヨシュアをじっと見つめた。

加護を与えたからって、外面的に変わりはないのに。可笑しな男だ。

そんな彼の視線に気がついたのか、ヨシュアは咳払いをし、姿勢を正した。


「私から一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「質問による。」

「ありがとうございます。その、貴方様がネヴィーム様の側近に御加護を付与して下さる理由をご教授頂ければと。他のハティクヴァの方々はご自身で加護をお与えすると聞き及んでいます。」


ヨシュアのそれはエフベドで無いからこそ生まれる疑問だ。


「ネヴィームは他者に加護を与えられない。」


彼はヨシュアの質問に表情を変える事なく答えた。それを受け、ヨシュアは視線をずらし、彼の言葉の意味について考えている。

これ以上は自分で考えろ。どうせ、あの女の元にいれば、嫌でも答えは出る。わざわざこの俺が加護を与える理由も。


「もう用は済んだのだから去れ。」


彼の言葉にヨシュアはハッと我に帰る。


「では最後に、こちらをお受け取りくださいませ。」


ヨシュアはよろよろとようやく立ち上がり、新たな封筒を彼に向けて差し出した。受け取ってみると、差出人はまたもやネヴィームだ。


「…貴方樣から御加護を受けた後、そちらの手紙をお渡しする様にと命じられました。」

なぜさっきまとめて渡さなかったのだ、という彼の表情を読み取ったのか、ヨシュアは困った様に微笑んで言った。

「それでは私はこれにて失礼いたします。 ネヴィーム様に貴方樣から御加護を受けた事をご報告しなければ。…あと!名前を頂けたことも!あぁ、きっと皆にヨシュアと呼ばれるたびに、私は今日の事を思い出すのでしょうね。」


ヨシュアは両手を胸に添えて体を揺らしている。それを見て、彼は思わず眉間に皺を寄せた。がっしりとした男がまるで初恋を煩った少年のようで気味が悪い。


「もうさっさと帰ってくれ。」


ヨシュアの返事を待たずに、彼は右手をヨシュアに向けると、ヨシュアはそのまま蝋燭の火をかき消した様に姿を消した。彼によって、ヨシュアは強制的にミッケダシュへと転送させられたのだ。


現れてから消えるまで、全く口が減らない男であった。ああいうのを相手にすると、数日は誰とも会話をしたくなくなる。いつの間にか、魚達が彼の周りをゆっくりと音もなく旋回しながら泳いでいる。

彼はため息をつき、のろのろと封筒を開けた。封筒の中には手紙ではなく、新たな封筒が入っており、その封筒に直接殴り書きをしたような文が綴ってある。ネヴィームの字だ。



       お兄様へ。

この手紙を先に読んでしまわれたら、貴方様は私に怒りを抱き、あの男に名前も加護も与えず、追い返したでしょう。ですので、全てが終わってからこの手紙を貴方様にお渡しする様、あの男には念を押しておきました。弁明は貴方様と直接会ってからいたします。

           ネヴィーム



一体どういうことだ?

彼は眉を潜め、封筒を裏返して送り元の日付と、押してある封蝋とその色を確認するやいなや、勢い良く玉座から立ち上がり、呼吸を止めて封筒を開けて手紙を読み始めた。

なんて事だ。

しばらくして彼はどっさりとまた玉座に座り込み、手紙を封筒もろとも水面に放り投げ、両手でこめかみを抑え込んだ。怒りで彼の額に血管が青く浮きでている。


手紙に記してある日付から約七日経っている。送り主が押したであろう封蝋は最高神のもの。そして、色は緊急を要する時にのみ使う黒色。

あの女、最高神からの緊急の手紙を7日もほったらかした癖に、図々しくもこの俺に側近の加護の付与と命名をさせたのか。側近だけをここに寄越したのも、これについて後ろめたさがあるからなのか。

深いため息をついて、こめかみから手を離した彼の瞳は、凍る様に冷たく、紫の炎を宿していた。


「会ったら、ただでは置かない。」


手紙がゆっくりと水中に沈む途中、一匹の魚が鱗を光らせて手紙を咥え、勢い良く水底に潜っていくのを尻目に、彼はミッケダシュへの空間移動を脳内演算する。どこからともなく、彼の周りを金色に光り輝く粒子が旋回し始め、程なくして彼は玉座から掻き消えた。


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