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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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4. 加護


「で?お前は側近になれと言われて、易々とはいと答えた訳か?」


男が話す間、足を組み、頬杖をついてじっと男を見据えていた彼に聞かれ、男はうなずいた。


「私は長子ではなく、家督を継ぐ必要が無かったので、ゆくゆくは家を出なければいけない身だったのです。将来に対する不確かさへの漠然とした不安はその頃から抱えていたのです。だから、自分のこれからへの指針を示してくださったネヴィーム様にはとても感謝しているのです。」

「ならば、何故今頃になってネヴィームの側近として加護を求めに来たんだ?」


目の前にいるこの男はどう見ても30歳はいっている。側近になれと言われた後の約20年間、一体何をしていたのだ。

そのことなのですが…と男が困ったように彼に微笑む。



側近になれというネヴィームの言葉には驚いたが、男には否と答える理由が全くなかった。

自分が選ばれたという嬉しさに、男は頬を染め、謹んでお受け致しますと答えると、ネヴィームは満足げに頷いた。


「よかった。その答えが聞けて、嬉しい。ではまたいつか。」


衝撃的なその言葉に、またもや男は硬直してしまった。またいつかとはどういう意味なのか。今すぐに側近になる訳ではないのか。


「あなたの魂はまだ未成熟だから。」


男の心情を読んだのか、ネヴィームはそう男に言い、男の前から忽然と姿を消してしまった。



「一種の試練だと思いました。だから、ネヴィーム様のお迎えを待つ間、自分に出来る事をしようと思ったのです。」


祝福の地の民らしく、慎ましく謙虚に。家族を助け、地域の年長者を敬い、毎日を大切に誠実に過ごす。

幼き頃からそれを心がけて生きてきた男にとって、それは苦ではなかった。

それに加え、ネヴィームの側近として少しでも彼女を守れるようにと、身体を鍛え、エフベドになる為の登竜門である試験の一つの筆記試験に受かれる位の知識も付けた。


そして二十数年の時を経て、ようやく迎えに来たネヴィームは、前回会った時と全く変わらない姿で男の前に現れた。

まるでつい昨日あったばかりかのような、そんな調子で、ネヴィームは男に手を差し出し、迎えに来たと微笑んだ。


その時の光景と自らの感情を思い出したのか、男は涙ぐんでいる。


この男は、エフベドとしてもなんら問題無いだろうな。

そんな男を見て、彼は心の中で呟いた。


期限がなく、ただ待てと言われ、迎えに来るという言葉を信じ、疑うことなくただネヴィームの事を想い、数十年過ごすというのは、誰でもできる訳では無い。

そんな側近を得られて、ミッケダシュでのあの女の立場も幾分かはマシになるのだろうか。



加護を付与するのはさて置き、まずはこの男に合う名前を付けなくてはいけない。

名前を与えるのは簡単な事では無い。名前は一種の呪いであり、名前によってその者の運命は大きく変わっていくのだ。ペットの名付けのように気軽にできる事では無い。


ネヴィームとはいえ、ハティクヴァの側近ともあろう者に下手な名前を付けてみろ。後々この男の身に何か起きるやもしれないし、主人であるネヴィームが言っていた未来云々にも変化が及ぶかもしれない。


そのような責任重大な役を快く受け入れられるほど彼は妹思いでは無い。

しかし、たった今話を聞いた、この純粋で誠実な男に否と言い捨てられるほど冷血でもない。


彼は静かにため息をつく。


「お前のネヴィームの側近としての覚悟を聞かせろ。」


彼の言葉に男は一瞬考え込んだ。


「私は今までは、ただネヴィーム樣の事を想うことしか出来ませんでした。でも、正式に側近として加わりました事で、ようやくネヴィーム様のお側で、この世の平和の為に仕えることができます。

私は側近の一員としてネヴィーム樣をお護りすることは勿論、私個人でもネヴィーム樣の手足となり、剣となり、盾となる覚悟ができております。私はまだ、私に対するネヴィーム様の真意を理解していません。ですが、側近としての永続的な真理を解釈することに努めます。」


そう答えた男の声には芯が通っていた。あの女に仕えるからには、これから不自由な経験をするかもしれない。だが、この男ならば、何事にも恐れずに飛び込む覚悟が出来ているのだろう。


ならば ――。


「お前からは、主人に従い護ろうとする、側近として望ましい意志と覚悟を感じさせられる。」


彼は玉座からゆっくりと立ち上がり、跪いている男の目の前まで静かに歩み寄り、男の頬にそっと右手を添えた。

男は不安げな表情で彼を見上げるが、今まで不機嫌そうな表情だった彼が、微笑み、慈愛に満ちた表情で男を見下ろしているのを見て、男は溢れんばかりに目を見開いた。


「心して聞きなさい。お前の名は『ヨシュア』である。お前の側近としての自発的な行動は、お前の望みを実現させる鍵となるだろう。」


彼の命名により、この男はこれからヨシュアとして世間から認識される。


「私の名前は、ヨシュア。」


名を授かったヨシュアは跪いたまま、肩を震わせながら小声で自分の名を述べた。


「目を閉じなさい。ヨシュア。」


彼は右手をヨシュアの頭の上に添え、左手で重い純白のローブを脱ぎ捨て、腹に力を込めた。

彼の全身が白銀に光り輝き始めたと同時に、彼の背中からするりと巨大な八枚の翼が生え、囲うようにヨシュアを覆った。


「ヨシュア。次元の神ディアスが、お前に未来永劫、暗黒の地に対抗する加護を与える事を、ここに最も厳粛に宣言し、約束する。ミッケダシュとネヴィームと供にあれ。」

「私、ヨシュアは、ディアス樣のご加護の元、 ミッケダシュとネヴィーム樣に生涯を捧げ、ネヴィーム様の側近としての名誉と尊厳を守ることを誓います。」


ヨシュアは目を閉じたまま力強い声で彼に応えた。

これでいい。彼はゆっくりと息を吐きながら翼を背中の中へ収めた。


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