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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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1. 来訪

誰にでも習慣がある。


彼の場合、帰還後必ず魚に餌を与える。

彼が長い年月をかけてようやく誕生させた魚達だ。


どの魚にも個体差がないので、個々に名前などつけてはいないが、彼が創造したと分かるのか、彼が帰還するたびに銀色の鱗を光らせ、足元にするりとやってくるのである。これがまたすこぶる愛らしい。


彼はいつものように水面に片膝をつき、ローブの懐から幾つかの魚の餌になり得るものを取り出し、水面にばら撒いた。

本当の所、この魚達に餌が必要なのかは不明である。いや、多分餌付けは不必要なのだろう。

この空間の時間で数年ほどここを留守にしても、帰ると何事もなかったかのように足元にすり寄ってくるのだ。しかし、可愛いのでついつい餌をあげてしまう。


彼は水面にあぐらをかき、背中を丸めてペットの成長ぶりをじっくりと観察する。

小魚程の大きさだったはずが、いつの間にか1メートル程の大きさになっていた。

どの魚もひらひらと尾鰭を揺らし、しきりに口を動かしながら彼の事をじっと見つめている。


彼は頬杖をつき、しばらく魚を眺めながらあれこれと考え事をしていたが、突然、何かが、まるで上質な薄いグラスが粉々に打ち砕かれたような、鋭い音がどこからともなく響き渡り、彼は瞬きをして我に返った。


先程まで目の前にいた魚達はいつの間にかいなくなっている。

音に驚いて水底に隠れてしまったのだろうか。彼は音の出所を気にするでもなく顔を水面に近ずけ、深い、深い水底を、目を凝らして覗いてみたが、朧げに鈍く光り輝く鉱石の森以外、特になにも見えなかった。



「もし。」


彼の背後から突然、声が降りかかってきた。

振り向くと、いつの間にか男が彼を見下ろす様にして立っている。


突然の侵入者に身構えるでもなく、彼はゆったりと立ち上がりながら眉間に皺を寄せて男を見据えた。


「不法侵入とはまさにこの事だな。ここの層を壊してまで入ってくるなんて。」


先ほどの音はこの目の前の男の仕業だろう。その証拠に、男の背後の空間が割れた鏡の様にひび割れ、男が入り込むには十分な大きさの隙間が空いている。

隙間の中は混沌とした闇がどこまでも続いているようだ。それは、陸の無い、ただただ澄み切った蒼い湖が広がる、この美しく静かな空間には異質で、禍々しく感じられる。


彼は穴から男へと視線を移す。全く会った覚えのない男だ。しかし目があった途端、男の顔は一瞬にして青ざめ、唇の端が軽く痙攣し始めた。男の方は彼のことを知っているようだ。


「大変失礼いたしました。この樣な出入り口の無い異質な空間に入るのは初めてでありまして。」


男は苦しげに唾を飲み込んでから水面に片膝をつき、胸に手を添えて頭を下げたまま早口で言った。


「出入り口ならある。見つけられなかったのは、お前が招かれざる者だという証拠だ。」


彼は大胆にも、侵入者の男に背を向け、ぶっきらぼうな口調で吐き捨てるように言い、右手の平を水面に向ける。右手に応えるように水底から銀色の鉱石がするすると水上に伸びていき、あっという間に彼の前で玉座のような形になった。


「どんな意図があるにせよ、今の時点でのお前に対して良い印象は持てない。それはお前にとってあまり良い状況ではない。」


彼は空間に空いた黒い隙間に再び視線を戻す。この隙間から何かが侵入してきたらたまったものではない。こんな簡単にこの空間の層が壊されるなんて。今まで壊されたことなんてないから、脆さに気が付かなかった。

そんなことをぼんやりと考えながら、彼が隙間に右手の平を向けると、ゆっくりと隙間が閉じてゆき、やがてひび割れも無くなり、元通りの景色に戻った。


彼は静かに玉座に身を預け、鬱陶しそうに目を伏せる。


「もう勘付いているとは思うが、この空間は俺が造った。だからこの空間の質は、俺の気分しだいで自由に変えることができる。」


何が言いたいかわかるか、と男に聞くと、男は困惑した顔を彼に返す。


「つまり、今のお前は、俺と同じ様に水面の上に立つことができているが、お前の行動次第では、お前を沈ませることができる。気をつけるんだな。なにしろ、この湖に住むモノ達は、なんでも食べる。なんでもな。」


そう言った彼の言葉に、男は目を見開き、足元の水面に目を落とした途端、ひゅっと悲鳴のような乾いた音が男の口から漏れ出た。

いつの間にか、巨大な魚の群れが、男が跪いている水面のすぐ真下を、取り囲むように旋回しながら、音もなく泳いでいるのだ。

それはまるで、獲物が泳ぐのに疲れ果てて沈むのを待つ鮫の様であり、男の額から冷汗を吹き出させるには十分な脅しであった。


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