第23話:仮移行 その1
お待ちどうさまでした。久々の更新です。
いよいよ、満本人に対する契約履行が始まります。
エリスは満を廊下の奥へと誘導した。廊下は一般家庭の廊下で、フローリングに白い壁、天井には一定間隔でライトがついている。一般家庭と違うのは、その廊下は先が見えないくらい続いていることだ。
満はこの先に待っている現実を受け入れようとしていた。この先で、自分は生まれ変わる。新しい人生が待っている。何が起き、何をし、何をされるのか。不安はつきなかったが、反面、もう先に進むしかないという意思も固めていた。不安と確かな意思とが交差する、複雑な状態だった。
エリスは、満に待ち受けている運命に自分自身を重ねていた。RPCとなって随分経つが、現状に後悔はない。が、時々言い知れぬ喪失感に襲われることがあった。あの頃の自分はもういない、存在しない。すべてを捨てた者にしかわからない喪失感を、彼も味わうことになるのだろうか。満が契約書にサインする前に手を止めさせたのも、そんな自分の体験からだった。だが、同時にエリスは満を導く責任を感じていた。彼を「アナザース」に無事いざなうことが、自分で決めた使命なのだと思っていた。お互い気づかないうちに、向かおうとしている道は一緒となっていた。
1分ほど歩いたところで、エリスが満に話しかけた。
「杉山さん。歩きながらですみませんが、今のうちに新しい名前を考えておいてください。」
「名前?」
「あなたの”アナザーズ”での新しい名前です。”ミツル”は男性の名前ですから、女性の名前を考えてください。」
「あ……そうか。わかった。」満は事務的に返事をした。なぜかすんなり受け入れられた。
その後、二人は無言で歩き続けた。
5分ほど歩くと、扉があった。鍵穴もドアノブもない。鉄の壁だ。扉に向き合ったエリスは、扉に手をかざした。すると、ドアが開き始めた。エリスは満を誘導し、中へ入った。満もついてきた。満は部屋の中に入った。エリスは満を手招きし、満を自分の近くに呼び寄せた。エリスは満が自分の近くに来たところで、なにやら呪文を唱え始めた。すると、扉が徐々に消えていき、ただの壁になった。この部屋には、入口も出口もなくなった。
部屋には、いろいろな機械が置いてあった。中心には人間1人入るくらいの大きさのカプセルが2つ置かれている。その2つは先端から伸びるチューブで結ばれている。2つのカプセルを結ぶチューブの中間は大きく膨らんでいる。とても大きな機械に見える。
これが自分を生まれ変わらせる装置だと、満はなんとなく認識した。
エリスは満を見つめて確認を求めてきた。
「さて。ごらんのように、ここにあるのは、あなたをRPCに変える装置です。用意はいいですか。」
「ああ。いつでもいいぞ」
それを聞いたエリスは、装置の端末のほうを向きキーの1つをたたいた。すると、装置の右側にあるカプセルのフタが開いた。
「まず、服を全部脱いでください。そして、そのカプセルの中に入り、チューブのあるほうに足を向けて寝てください。」
「えっ……こ、ここでか?」
「ここで、です。脱ぎ捨てて構いませんから、すべて脱いでください。これは処理を円滑に行うために必要なことです。」
満は、シャツ、ズボン、パンツ、靴下を全て脱ぎ、素っ裸になった。仮にも女の前で裸になるのはかなり恥ずかしかった。
カプセルは卵のような形状で、人ひとりがゆったり入れるようになっている。チューブは2つついているが、何に使うのかはわからない。
もっともへこんでいる部分に尻をあて、天井を見上げるように寝転んだ。部屋の天井は大きなチューブが幾重にも連なっていた。
満がカプセル内に入りきると、ゆっくりとフタが閉まっていく。音も無く閉まりきると、カプセルの継ぎ目が消えていき、満は完全に密閉状態となった。
「杉山さん。聞こえますか。」どこにスピーカーがあるのかわからないが、エリスの声が聞こえる。
「あ、ああ、ああ、き、聞こえる。」満は閉所恐怖症ではないが、さすがに緊張してきた。
「これからあなたを、仮移行、完全移行の2段階をもって、アナザーズのキャラクターに移行していきます。これから、そのカプセルに液体を流し込みます。これは”電磁液”といって、電子を含んだ液体です。あなたの体、精神、記憶など、あらゆる情報を電気刺激により取得するための処置です。液体はカプセルの容積以上に流し込みます。カプセルが電磁液でいっぱいになったら途中からはどんどん飲み込んでください。口からでも鼻からでも問題ありません。あなたが電磁液を飲み込むことで、体の内外に液体が浸透することになります。一応味はつけてありますので、飲むのが辛いのは最初だけです。水中ですから最初は目や耳が利かない状態ですが、飲んでいくうちに目も耳も利いてきます。そこまでいって初めて仮移行の処置が行えます。」
「それでは。これから、あなたを”アナザーズ”のキャラクターへ移行する処置を開始します。」エリスはスイッチの1つを押した。
まずは移行の前段階です。
佳境に入ってきたのでゆっくり進みます。
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