第22話:松永の提案 後篇
「アナザーズ」の契約に基づいて借金を完済した満は松永ファイナンスに完済確認の電話をかけた。そこに待ち構えていたのは、"消えた完済人"の謎を追う松永だった。
松永は満を説得できるのでしょうか。
松永は、逆探知の開始を確認の上、話し始めた。
「もしもし。杉山さんか? 完済は確認した。まずはおめでとう。」
「……松永さんか? まあいい。これであんたたちとは縁が切れる。もう家族には手を出すな。じゃあな。」
電話を切ろうとした杉山を、あわてて松永が止める。立場が逆転したような感じだ。
「ま、待ってくれ!」
「……なんだ。」
「いったいどうやってこんな大金を用意したんだ? 直接会って聞かせてくれないか。」
「どうでもいいだろう。あんたたちにとっては返済されるかどうかが大事なんだろう。まっとうに稼いだ金だろうと血まみれの札束だろうと関係ないはずだ。」
「たしかにそうだ。だが、数千万の借金を数日でいきなり返すそのノウハウを教えて欲しいんだ。他の債務者にやらせれば我々も返済が滞らなくなって助かるからな。」
「お前には関係ない。もう切るぞ。」まったく取り合わない満に、更に松永が切り出す。
「おいおい。あわてるな。もちろんタダとはいわない。」
「……何をくれるんだ?」満が話に乗ってきた。
「あんたが今までに支払った元本と利子の全額を返す。もちろん債務はチャラだ。」
松永のその言葉に、満は切るのをためらった。松永の話に乗りたくなったからではない。電話の前にエリスに言われた事の真意がようやく理解できたからだ。
《私を殺せばここから出られる》
満はエリスを見やった。エリスは自分が言った意味を満が理解したことを認識して、怪しい笑みをうかべていた。見たことの無い怪しい笑みだった。
満は迷いに迷った。契約破棄、債務は帳消しのまま、エリスを殺す、ここのことを話す、家族に会える。いろいろな考えが頭をよぎった。
だが、最後に頭をよぎったことに考えが決まった。
「断る。」満ははっきりと電話越しの松永に伝えた。
「こんないい条件を断るのか? もったいないと思わないのか?」粘る松永。
「今までお前たちが我が家にしたことを思い出した。借金のカタにと家財を持っていく、俺の会社や娘の学校に乗り込む、妻にはひっきりなしに電話をする。仮に今の話が本当でも、縁が切れたお前たちと再び縁を取り持つつもりはない。」
満が言っていることの半分は自業自得だ。裏金融から、法外な金利も承知の上で借りたお前が悪い。松永はそう思ったが、現状の目的を貫くことにした。
「いつでも待っているぞ。気が変わったらいつでも来てくれ。」松永は親近感を装って言った。
「……ふん」満は吐き捨てて電話を切った。
松永は冷静に佐倉のほうを向いた。佐倉は逆探知の場所を確認して電話を切った。
佐倉に逆探知の結果を確認したところ、明らかに異常な場所を指していた。それを聞いた松永はキレそうなところを必死に抑えて佐倉に向き合う。松永の声は震えていた。
「佐倉、おまえ、今は冗談が通じる場面じゃないぞ。地球の裏側だって言うのか?」
「私は結果を渡しただけですよぉ」松永はこの口調が大嫌いだった。男なら蹴飛ばしてやりたいが、女ではそうもいかない。こいつが男だったらと心底思う。
「わかった。……みんな、通常業務に戻れ。」松永が冷静でないことを口調で察した社員たちは、とばっちりを恐れて松永から意識をそらし、自分の仕事に戻った。
松永は社長室に入り、ドアを力いっぱい閉めた。その音はフロア中に響き渡り、数秒の間誰も言葉を発せられないくらい緊張した空気が支配した。
松永は竹原に電話や逆探知の事を報告した。竹原は逆探知の結果について、”異常な情報を探知したことが情報になる”と言って松永をなだめた。松永はようやく冷静になり、今後しばらくは交替であの袋小路を監視することで合意した。
満は電話を切った後、エリスをにらみつけ、強い口調で話し始めた。
「エリス、聞きたいことがある。」
「今は質問の時間ではありませんが。」
「そんなことはどうでもいい! 質問に答えろ!」満は明らかにイライラしている。松永たちとの電話以上に、エリスに対しても憤りを感じている。
「……いいでしょう。どうぞ。」エリスは何を聞きたいか察しているようだった。
「あんたは電話の前に、あんたを殺せばここから出られるといった。もし俺が松永の案に乗ってあんたを殺そうとしたら、俺を殺していたのか?」
エリスは怪しい笑みをうかべた。
「あなたが私を殺そうとするなら、私は私を守るために戦うだけです。また、私たちを裏切るなら」エリスは声を低くして最後に付け加えた。
「容赦はしませんよ。」
満は少しぞっとした。昂っていた感情が冷め始めている。
「……以前にも…あったのか?」満は、ここから出ようとした奴が他にいるのかどうかを聞いた。
「はい。その方は、私たちの仲間を……殺し、そして空間から出て行きました。その方は重傷を負って現実世界に戻りましたが、ほどなくして亡くなりました。」エリスの瞳が少し潤んだことに、満は気がつかなかった。
「それで、どうしますか。」エリスは少し間を置いて冷静さを取り戻して言った。
「なにがだ?」
「私を殺して現実世界に帰りますか?」
「やめておく。」満は即答した。エリスは予想通りといわんばかりに微笑んだ。
「あんたは”アナザーズ”での戦闘能力を保持しているだろう。俺はただの人間だ。敵うはずがない。借金が返されたのはわかった。履行を続けてくれないか。」
エリスはほっとした表情に変わった。笑顔は変わらないが、満が電話中に見た怪しい笑顔ではなく、心底ホッとした表情だった。
「了解しました。それでは、契約の履行を続けます。次は、いよいよあなたを新しい体に移行します。覚悟がよければ次の空間にお連れします。」
満は、玄米茶を3杯ゆっくり飲み干し、立ち上がった。
「連れて行ってくれ」
「わかりました。では、ついてきてください。」
エリスはそういって、満をキッチンの奥の廊下へ誘導した。
この話、細かく分けると、激情の松永、怒る満、しんみりエリス(ちょっとだけ)、なだめる竹原と、各自の違う一面がぞろぞろ出てきました。
松永と竹原は最後のほうに出演予定です。
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