第21話:松永の提案 前篇
杉山を見失った松永と竹原は、満を捕まえるための策を練っています。
松永と竹原はとりあえず一息いれることにした。紙コップのお茶を飲み干し、互いにもう1杯飲んだ。お互いに、杉山を捕まえて吐かせることが、”消えた完済人”調査の一番の近道だと考えていた。
少し落ち着いた後、竹原がまず切り出した。
「松永、今のうちに手がかりを少し整理しておこう。まずは銃弾だ。」
今は調査の合間だ。杉山が見つかってから整理していたのでは遅いし、見つからなくても今整理の必要があると考えた。
「あそこで見つかったっていうこと自体おかしいですよ。」
「たしかにな。警察があんなに目立つものを放置するはずがない。」
「やっぱり、あの黒穴か……」
「だろうな。あの穴の奥で何かがあった。それなら、つじつまは合う。現実的には考えられんがな。」
弾は確かに黒穴に入った。穴の向こうの誰かが弾を拾う。警察が来たときには穴も銃弾もなかった。警察が去った後、穴の向こうの誰かが弾を放り出した。それを松永たちが拾った。そう考えれば、筋が通る。
「松永。その銃弾、俺に預からせてくれ。知り合いに調べさせたい。そいつは俺より勘が働く。何かつかめるかもしれん。」
「……わかりました。俺はそういうのはわからないんで、預けます。」そういって銃弾の入った袋を竹原に渡した。
袋はできるだけ空気を入れずに閉じているが、触るとまだかなり温かい。
黒穴については2人の意見は一致していた。存在も、その存在が消えたことも、今は跡形もないことも。確かに黒穴はあったのだ。
黒穴と銃弾を結びつけるのは、杉山満。だが奴は行方不明だ。
「これで、杉山満、黒い穴、戻ってきた銃弾、と手がかりが3つになったわけだ。」
「ええ、でも、一番の手がかりは杉山満でしょう。」
「ああ。確かなことは、俺たちは今一番”消えた完済人”に近づいている。それは確実だ。俺はこれから会社に戻って連絡を待つ。吉報を待っているぞ。」
「お互いに、ですね。」
ははっと竹原は笑い、社長室を出て行った。
時間は9時半、すでに始業時間を過ぎている。社員たちはそれぞれの仕事に励んでいる。
松永自身も社長としての作業をこなし始めるが、杉山のことが頭でちらついている。
松永ファイナンスでは、自社の返済用口座を1時間おきに確認している。リアルタイムで返済状況を確認するためだ。口座情報をデータベースに取り込み、集計処理をして各自の返済状況を確認している。返済が滞れば、直ちに関係各所への立ち入りを行い、返済に関する対応を始めることになっている。
昼前、社員から、満からの振込みを確認したとの報告を受けた。金額は約1700万。利子も含めた問題ない額だった。直後に、竹原からも連絡を貰った。約500万の振込みがあったと。松永と竹原にとっては、満の借金は全額返済されたことになる。
松永はこの日外出の予定があったが、急きょキャンセルして、社長室に詰めることにした。満からの電話を待つためだ。
1時間待っても電話は来ず、松永も竹原も昼飯と仕事をしながら待っていた。2時間半ほど経って、松永ファイナンスで電話が鳴った。
電話に出たのは佐倉という事務員の女だ。佐倉は事務・経理能力に長けていたが、言葉遣いに問題があってトラブルも起こしていたため、基本的には電話に出ないよう社長命令が出されていた。佐倉自身も電話は苦手なため、渡りに舟だった。たまたま全員電話中であったため、佐倉は仕方なく5回目のコールで出ることにした。
「もしもしー。松永ファイナンスですがー。」アクセントからやる気のなさがにじみ出ている話し方だった。
電話の終わった営業部メンバーは、佐倉が会話の内容を復唱したことから、満からの電話だと察し、佐倉の側に寄ってきた。
口調は相変わらずで、最後に満の怒鳴り声が聞こえたところで佐倉が電話を保留にした。
佐倉は端末から返済状況が完済となっていることを確認したうえで、社長室に電話をつないだ。
「社長。佐倉ですぅ。杉山満から電話が来ましたよ。」
「佐倉か。……まあいい。完済は確認済だな?」よりによって…という言葉を飲み込んで佐倉に聞く。
「はい。斉田金融、親類が杉山に貸すために発生した債務も完済していますよ。」
「なに? うちと斉田さんのだけでなく、そこまで返しているのか。文字通り完済というわけか。」
松永は自社と斉田金融にしか目がいっていなかったため、親類の分は初めて知った。佐倉はこういう気配りと調査能力に長けている。電話は最低だが事務は最高だと思っている。
「よし、こっちに回せ。佐倉、お前は電話を切って、逆探知を始めろ。」
「はぁい」佐倉は電話を受話器に置いた。それを見た社員数人は社長室に耳を傾けた。
あとがきにかえて。
先日、おかげさまでユニーク合計1万アクセスを突破しました。これからもご指導のほど、よろしくお願いいたします。
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