第18話:疑い
「アナザーズ」の契約をした満。エリスは報酬の3000万を支払ったが、満が疑いを持ち始めた。
デジタル処理ってときどき不安になりませんか。
あれだけ追いかけられ、担保も取られ、人間関係も破綻させた借金から、こんなにあっさり解放された。自業自得な面もあるが、とにかく、実感がない。俺は急に不安になって話を止めた。
「どうかしましたか?」優しい声でエリスが聞き返す。
「か、か、確認させてくれないか」ふるえていると自分でもわかる声でエリスに頼み込んだ。
「何をですか?」
「本当に振込されたのかどうか確認したいんだ」
「今確認されましたよね?」エリスは優しくもドライに返してきた。
「直接確認したいんだ。そうだ。今表示されたのは本当に関係者の口座なのか? 名前も口座名もないただの羅列だし、番号だってない。それに、俺は親類の情報は話していないはずなのに、どうして口座を知っているんだ。そう、そうだ。おかしいじゃないか。」
思いついたことをポンポン口に出している。焦っているのが、怯えているのが、自分でもわかる。
「どうやら相当あせっておられますね。まずは落ちついてください。そうだ、コーヒーでなくお茶を淹れますね。ちょっとだけ休憩しましょう。少し待っていてください。」
エリスは立ち上がり、昨日の玄米茶を淹れてくれた。
俺は茶碗をカタカタ揺らしながら飲み干した。本来なら熱くて飲めないが、温めに淹れてくれたようだ。立て続けに3杯飲んだ。エリスは俺が落ち着きを取り戻したことを確認して続きを話し始めた。
「まずどうやって調べたかですが、私たちが持つシステムで調べました。このシステムは、インターネットを介して1つの端末にアクセスでき、その端末が所属するネットワークすべてに更にアクセスし、操作することが可能です。しかも外部からの侵入と気づかれずにです。これを使って、あなたやあなたの関係者を徹底的に洗い出し、すべての口座を確認させてもらいました。口座を確認するだけではなく、振込や送金の事実を書き込むことができます。」
システムの詳細を聞いたが、話してくれなかった。もっとも、技術的なことは聞いてもわかりそうにないが。
「次に確認方法です。あなたは原則外には出られませんから通帳記入などで確認することは出来ません。ただし、電話で確認することは可能です。通話料は6秒100円、あなたの報酬から引かれることになります。それでもよろしければ、携帯電話をお貸しします。」
「報酬から引かれるのは仕方ないが、通話料が高すぎないか?」ざっとプリペイド携帯の10倍だ。いくらなんでも高すぎる。
「ここは異空間です。距離で換算するなら、これでも安いくらいですよ。」
「……仕方ない。それでいい。松永ファイナンスにだけ電話したいから、電話を貸してくれないか。」
エリスは自分が持っている携帯電話を取り出して俺に渡してくれた。
「どうぞ」と渡された携帯電話は、高齢者にも使えるようにと設計されたものだ。表面は番号ボタンのみで、折りたたむ必要がないタイプだ。
「電話の前に注意事項です。当然ですが、余計なこと、例えば居場所や私たちのことは何も言わないこと。それと、あなたが今の時点でここから出る方法を教えておきます。」
「……なに? さっき出られないと言わなかったか?」
「“原則”です。方法は一応あります。」誘われるように、方法を聞き返す。
「一応聞いておこう。どうすればいい?」
「私を殺すことです。私をここで殺せば、この空間は消滅し、あの袋小路に帰ることができます。その場合、今回の契約は破棄され、袋小路に戻った時点で契約に関するあなたの記憶は削除されます。なお、あなたに支払ったお金については返済不要です。そして、私たちとの契約は永久に行えなくなります。」
つまり、エリスを殺せば、契約は破棄されるが、金は丸儲けということになる。その方法を教えるエリスの意図がわからない。
「俺はもう契約した。なぜ今になってそんなことを言うんだ?」
「いずれわかると思います。わからなければ電話の後にお伝えします。」
今の時点でそんな気はないので、まあいいやと思い、俺は松永ファイナンスに電話した。
「……もしもし。松永ファイナンスですがー」面倒くさそうな女の声が聞こえた。
「杉山というが、さっき、俺の口座から俺の借金を全額振り込んだ。これで完済したはずだ。確認して欲しい。」
「わかりました。それでは、フルネームと、会員番号、パスワード、債務番号を教えてください。」
「フルネームはスギヤマミツル、会員番号は◎◎◎◎◎、パスワードは*****、債務番号は△△△△△だ。」
「お電話ですので、質問が入りまぁす。」
松永ファイナンスでは電話での本人確認のために質問をし、俺が回答する必要がある。質問も回答も俺が設定したものだ。
「あなたはどこにいますか」女が聞く。やる気の無さそうな声に少しいらいらする。
「お前の後ろだ」俺が設定した“答え”だ。
「……回答を確認しました。ご本人と認識しまぁす。明日改めて電話しま〜す。」ついに電話口の声にキレた。
「このまま待っているから、今すぐ調べろ!」いらいらと焦りで大声をあげる。
「はぁ〜わかりましたぁ。保留にしますのでしばらくこのままお待ちくださぁい。」女は言い、保留メロディーが流れはじめた。電話のメロディーが鳴り終わるまで待つことになった。 電話の向こうで何が行われているかも知らずに。
少し伏線を張ってみました。
次回、松永側の動きを追います。