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第16話:最後の晩餐 後篇

「アナザーズ」の契約をした満は、少しばかりの間、くつろぎの時を得た。そのくつろぎは、満が心底で想っていたものだった。


"最後の晩餐"が続きます。

 エリスは俺の頭の中を読んで、食事や風呂を用意したという。

「なぜこんなことをしたんだ?」

 エリスは、少し低い声で話し始めた。

「あなたにとって最後だからです。」

「最後?」意味がわからなかった。

「気がついていないと思いますが、あなたはいま、杉山満としては最後の12時間を過ごしているのですよ。」

 ハッとした。俺は契約をした。契約では、俺は俺でなくなるのだ。それも、あと半日もたたないうちに。

「少し話は飛びますが、”死刑囚は死刑執行前、最後の食事をリクエストできる”という話、ご存知ですか?」

「あ、ああ。聞いたことがある。ステーキを用意してもらったとかなんとか。」

「そう、それです。ちなみにあれは実際には日本のことではないんですよ。例えは悪いかもしれませんが、最後の時間であることに変わりありません。その最後の時間を最高の状態で過ごしていただくために、このような趣向を用意したのです。」

 気がついてよかった。気がつかなければいつものように適当に過ごすところだった。俺の考えとしてはもっと高級料理、100グラム何万もするような肉のステーキを食べたかったが、それはきっと表面的なものなのだろう。テレビでこの手のアンケートを見ても、高級料理が選ばれることは少ない。俺が認識しないところで、奥底では”おふくろの味”を求めていたようだ。

「お気づきにならなければ後から言うつもりでした。気づいたのでしたら、よく味わってお食べください。おかわりはたくさんありますので。」

 俺は味わいながら、目の前のものをたいらげた。「ごはんも味噌汁も肉じゃがも、全部おかわりをくれないか」と興奮気味に言った。美味しすぎるように感じるのは、やはり、最後の晩餐、だからだろうか。

「あわてないで。まだたくさんありますから。時間も10時間ほど残っていますし、多少なら延期もできます。ゆっくりお食べください。」

 契約をしてから2時間しか経っていないらしい。

 エリスが全部入れなおしてくれた。ごはん、味噌汁、肉じゃがともに多めに盛ってくれた。ふたたび、味をかみしめた。懐かしい味だ。舞子に作ってもらったのは半年くらい前だ。ジャガイモは少し芯が固いところや、味噌汁の濃さも感じ取ることができた。

 俺が食べている間にエリスも食事を進めていた。


 食事の間、エリスと世間話をした。主にエリスの話だった。

 エリスは小さな村の工房に住んでいて、アイテムや服などをデザインして売っている。ときどきは休暇を利用してリアルで”行商”することもあるのだそうだ。当然、そんなことをしなくても生活はできるのだが、将来的に現実世界に戻りたいので、ここで腕を磨いているらしい。

 もしかするとエリスも俺と同じように……と思ったが、あえて想像だけに留めて、深い話は聞かなかった。聞くと、せっかくの素晴らしい夜が白けそうだ。


 話をしながら、同じものを2人前、いや2.5人前たいらげた。さすがにもう入らない。

「おかわり、いかがですか?」確認するようにエリスが言う。

「いや、ぶっ、も、もういい。もう入らないよ。残念だけど。」

「そうですか。」エリスもどうやら食べ終えたようだ。

 俺はエリスとともに「ごちそうさまでした。」と言って空になった食器の前でふたたび手をあわせた。


「では片付けますね。お茶はいかがですか。」

「ああ、もらえるかな。」

「はい。」

 エリスはそういって、自分と俺との食器をてきぱきと片付けていった。なんだか名残惜しい。コンロにはすでにやかんがセットされ沸かしている最中だ。

肉じゃがと味噌汁の鍋はいつのまにか片付けられ、洗い場に移っている。

 エリスはやかんから蒸気が噴き出したことに気がつくと、食器洗いの手を止めてお茶の用意をした。

 お湯をポットにいれ、急須に茶葉をセットし、テーブルに持ってきた。

 淹れた茶と茶菓子を差し出された。俺は予想通りの展開にふふっと笑った。エリスも微笑み返してくれた。玄米茶と、お茶うけにあきたこまちで作ったおかきを持ってきてくれた。秋田と通販以外ではアンテナショップでしか売っていない。

 食器洗いがようやく終わったようで、エリスがテーブルに腰掛けた。

 俺は夕食のお礼と言って茶を淹れなおした。ポットの口に急須を近づけゆっくりとお湯をいれ、数回急須を回し、2回に分けて椀に茶を淹れた。

「この玄米茶、おいしいですね。」エリスが褒めてくれた。

「健康にもいいらしい。淹れ方ひとつでお茶もより美味しくなる。」エリスが下手だったわけではないが、淹れ方は俺の自慢でもある。


 ふうと一息ついたエリスは、玄米茶を飲みながら言った。

「さて、このあとひと眠りしていただき、翌朝、朝食後に、契約を履行します。よろしいですか。」

 刻々とそのときが近づいている。気が引き締まる。俺は「わかった」と一言だけ答えた。たらふく食ったためか、急に眠気に襲われた。おやすみと言って寝室に入った。



エリスは満が完全に眠っていることを確認して、携帯電話を手に取り、電話をかけた。

『……はい。こちら、管理局です。』あの機械音声が聞こえてきた。

『エリスです。コード”EL1220”をお願いします。』

『了解しました。』

『……姉さま? エリスです。第2段階を終了しました。彼は今眠っています。』

『エリス、ご苦労様。トラブルはありましたが、契約締結、おめでとう。』

『トラブルに関しては、本当に申し訳ありませんでした。彼らは何かに気づくでしょうか。』 エリスはその点を随分心配している。電話の声は、諭すように返す。

『わからないわ。でも、緘口令は完璧だから安心しなさい。あなたたちにペナルティを払わせて、私のほうこそごめんなさい。』

『いえ。本来なら……消滅だったところを、温情を頂いて感謝しています。私も報酬の減額だけで済ませてもらって。』

『でも、今後は私たちのほうも考えないといけないわね。これだけ多く集めてしまうと、勘ぐられやすくなっても仕方がないかもね。』

『ゲートの場所を柔軟に考えておく必要はあるかもしれません。』

『そこは検討するわ。それじゃ、最後まで、よろしくね。』

『わかりました。失礼します。』

 エリスは電話を切り、明日の準備にとりかかった。


最期の晩餐も終わりました。

死刑制度のくだりですが、実は日本でしているものだと本気で思ってました。でも、実際には日本ではなくアメリカで行われていることだそうです。日本の死刑執行は、朝食の後、執行官に呼ばれて始まるのだそうです。つまり予告なしで・・・。

次回から契約の履行が始まります。

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