第14話:契約 後篇
「アナザーズ」のキャラになる契約をするためにエリスと再会した満。エリスから契約書を渡されます。
エリスから渡された書類は、いわゆる「契約書」だった。
書類には、以下の文章が記されていた。
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1”報酬”.契約者(署名者)が受け取る契約金は、債務の処理(2500万円)および家族への補償額(500万円)、月額の生活費(60ヶ月1800万円)、契約金(50万円)、年給手当(5回150万円)、皆勤手当(1000万円)、の5つとする。
2”前提”.契約者は、現在の人生に関わる、資産、家族、親類、友人関係、そして自身の肉体すべてを捨て、新しい身体を持ち新しい人生を送るものとする。
3”業務”.契約者は、anothersのゲームキャラとして、ルールを守り、指定された年月を過ごすこと。休暇中に現実世界に戻ることがあっても、現実世界のルールにのっとって行動すること。
4”行動”.今後、契約者は女性として人生を送ることとする。言葉遣い、しぐさなどには特に注意し、男性的な振る舞いは極力避けること。
5”罰則”.アナザーズでの秘密を厳守することも含め、もしルールに抵触することがあれば、否応無く解雇とし、新しい体が消滅することに同意する。
上記5項目および関連するすべての事項に同意し、「アナザーズ」RPC契約に同意する。
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1〜5の項目の左側にチェック欄、最後の行に契約を了承したことを示す署名欄がある。
俺が軽く目を通したのを確認した後、エリスが言う。
「この契約書の各項目を確認し、よければそれぞれチェックを入れてください。全部問題なければ、署名と、拇印で捺印してください。書き直しはできませんので、よく読んで、わからないところは聞いてください。」
俺は、目の前にある契約書の内容と、前回聞いた内容を確認していった。
「補償額が支払われるという部分だが、契約前には行ってくれないのか?」
「だめです。お支払の後に契約を破棄されるのを避けるためです。契約後は取消できませんが、履行は必ずします。ちなみに履行は振込で行います。銀行は閉まっていますので、履行は翌朝になります。これは、私たちを信じていただくしかありません。」
「女性としての行動をとらない場合でも罰則が適用されるのか?」
「今のところ、例はありませんが、あまりに顕著なようであれば、今回のように例外的な罰則が発生する場合があるでしょう。はっきりとは言えません。」
「”杉山満”の関係者と意図せず接触を持った場合でも罰則が適用されるのか?」
「それは、なりません。例えば、”杉山満”の娘さんが”アナザーズ”を始めて、偶然にもあなたと出会い、あなたは相手を娘さんだと認識したとしても、あなたが”杉山満”だったことを直接間接にかかわらず気づかれなければ、問題はありません。当然、他人同士のお付き合いということになります。」
この先の生活において聞くべきことは多々あるが、取り急ぎ必要なことだけを聞いた。
これで家族は救われる。俺も救われる。その一心でチェック欄に自分の名前を書いていった。5つのチェックをさっさと終えた。最後の署名にとりかかろうとしたとき、急にエリスが俺の手を止めた。
「ま、待ってください!」
「……なんだ?」
「最後のチェックの前に言っておきます。最後の欄に署名と捺印をした時点で、もう絶対に戻れません。杉山満の人生はここで終わりになるのです。家族にも会えず、名乗ることも気づかれることも許されません。ほんとうにそれでよいのか、今一度考えてください。それでもよければ、署名を続けてください。」
突然何を言い出すんだと思ったが、俺は急に怖気づいた。俺はとんでもないことをしようとしているのではないか。借金を棒引きにする上家族への補償もしてくれる。そのかわり、ゲームキャラになり5年間過ごす。その体は女性で、5年過ぎた後もその体、姿でいなければならない。つまり今後女性として生きなければならない。もっと言えば人間ではなくなる。電子で構成された人間の形をした”もの”になるのだ。家族には2度と逢えない。逢ったとしても、他人としてだ。
あくまで自分の認識だが、1時間くらい迷った。結論は、署名だった。
もう返す当ては無い。すべての借金が帳消しになるなら、家族は普通の生活に戻れる。俺にとってはそれが一番の願いだ。
俺は、はっきりと「杉山満」と記述し、朱肉に親指を押し込み、そのまま契約書の署名欄に押し付けた。
「これで……うわぁっ!」
急に契約書と俺の体から光が発せられ、体に電流が走ったような感じがした。目の前にあった契約書はどこかに消えていた。
「杉山満さん。おめでとうございます。契約完了です。契約書は正式に受理されました。今あなたが受けたショックは、互いの契約の同意を示すものです。」
今更何が起きても不思議じゃない。
「まず、あなたの借金を返済するところから始めます。が、先ほど申し上げたとおり、残念ながら今は夕方で、作業ができません。これから12時間後、あなたの契約を実行します。それまではくつろいでいてください。」
「わかった。そうさせてもらおう。」ついに契約をした。後にはひけない。と、エリスが思い出したように言葉を続けた。
「あ、そうそう言い忘れましたが、さっきの弾は元の場所に戻しておきました。」俺は一瞬あぜんとした。驚くこともないと思ったが、意表を衝かれた。
「戻した、って、そのままか?」
「はい。おそらく翌朝まで見つかることは無いでしょう。」
たしかにもう必要のないものだが…大胆というか、大雑把というか。足がついたらどうするんだ。それだけシッポを掴ませない自信があるのだろうか。考えても答えは出ない。もう、あとは身をゆだねるだけだ。そう思うと、急に脱力感を覚えた。弾に関しては聞き流していた。
「お疲れのようですね。お風呂でも入ってきてください。食事の用意をしておきますので。」
「あ、ああ、そうさせてもらおう。」
俺はリビングの奥にある浴室に向かった。
と、いうことで、契約が完了しました。
次回から履行に移ります。
契約書は普通の紙ではありません。誰であろうが従わせる効力がある"アイテム"です。