第13話:契約 前篇
エリスという女性と「アナザーズ」の契約をした杉山満。契約の話を聞いて一週間後、約束の場所に到着しました。しかし、借金取りの松永に、空間に通じる穴を見られてしまいました。
さて、エリスはどう出るのでしょうか。
俺は入口の向こうにいる松永と竹原に恐怖していた。特に竹原は何かに気がついてじっとこちらに目を向けている。俺から竹原は見えるが、竹原から俺は見えない。なのに、竹原はずっとこちらを睨んでいる。
「もう大丈夫ですよ。ゲートは閉じています。いい加減安心して、腕を離してください。」
エリスの声が聞こえた。俺は知らないうちにエリスの腕を強く握ってがくがく震えていた。エリスの言葉にようやく落ち着きを取り戻し、地面にへたりこんだ。思えばここまで歩きっぱなしだった。エリスは起き上がるために手を差し伸べた。
「お疲れのようですから、まずはお茶にしましょう。」
ふたたびエリスの腕をつかんで起き上がり、以前この空間に来たときと同じように、キッチンに導かれた。エリスはポットからお湯をついでお茶を淹れてくれた。変わった味がする。玄米茶だった。お茶受けとしてどら焼きを差し出され、夢中になって3つ食べた。やっと精神的に落ち着いてきた。エリスは俺の様子を確認した上で会話を再開した。
「さて、まずはご苦労様です。よくここまでいらっしゃいましたね。さっそくですが、残念な連絡です。あなたにペナルティが課されるかもしれません。」
エリスの思わぬ言葉に驚いた。
「どういうことだ?」
「あなたは、”アナザーズ”に関する手がかりを彼らに与えてしまったからです。」
青ざめた。必死で弁明する。「そんな…。俺はちゃんと入口から入った。入口に弾を打ち込まれたのは俺のせいじゃない。」
「入口を見られた、銃を撃ち込まれた。それで充分です。”見つからずに来る”ことが絶対条件なのです。あなたはそれを一瞬でも破ってしまった。厳しいかもしれませんが、そのくらいでないと秘密は守れないのです。」
「…どんなペナルティがあるんだ?」半分あきらめの境地で聞く。
「上には報告済で検討中ですが、金銭的な部分だと思います。あなたの存在が消えるとか、借金を棒引きにする約束が破棄されるということではなく、直接あなたに支払われる分から引かれると思います。」
それだって確定ではないが、今はエリスの言葉を信じるしかない。気が動転しているために、いつ上に報告したのかまで気をまわせないでいた。お茶を一口飲んで落ち着くと、1つ別の疑問が浮かんだ。
「そういえば、撃たれた弾はどうしたんだ? この空間に入ってきたはずだが、撃たれなかったのか?」
「ああ、ここにありますよ。」
ぎょっとした。エリスはあっさりと弾丸を差し出したのだ。弾の先端はなぜか丸くなっている。
「お分かりだと思いますが、ここは普通の世界ではありません。この空間の私はゲーム上の能力を持っています。魔法も剣術も使えます。普通に銃撃を受けても避けることは可能ですし、仮に撃たれても、身体は電子でできていますから、頭を撃ち抜かれても死ぬことはありません。」
そういうエリスを改めてみてみた。よく見るとおでこの辺りが少しかすれて…いや、削られているように見える。
エリスは気づいたことを察したとみえ、「ええ、撃たれました。とっさのことで、避けられませんでした。でも、すぐに回復しますよ。」そういって、エリス自身の右手のひらをかすれている箇所に持っていき、数秒置いた後に手をどけた。かすれていたおでこは元通りになっていた。代わりに、右手のひらが少し削られていた。「電子を頭に移動して、おでこのすきまを直しました。手のひらはいずれ回復しますのでご心配なく。」
エリスは辛そうなそぶりを全く見せずに言った。彼女の言っていることに嘘はないと感じた。
「それじゃ、本題に入ります。少し待っていてください。」
エリスは弾丸をしまって奥に入り。どこかと電話をして、10分ほど経ってから、書類とペン、朱肉を持ってきてテーブルに置いた。
「すみません。遅くなりました。まず、あなたのペナルティが確定したのでお話しておきます。」
「俺はどうなるんだ?」おそるおそる聞いた。
「どうもしません。あなたは、契約前ということもあるので、少し大目にみてくれました。あなたに課せられたペナルティは、休暇が減ることです。」
「42時間で6時間もらえるという、あれか?」
「そうです。その休暇が、最初の48時間分、もらえなくなります。”アナザーズ”での1日は現実の6時間です。ゲーム内で言えば、休暇は7日で1日付加される計算でした。その1日がなくなり、ゲーム内では最初は64日間連続勤務ということになります。」
「金銭的なペナルティはないんだな?」俺にしてみれば、借金の補償がなくなることのほうが、休暇がないことよりも辛い。
「ありません。休暇が減るのみです。」
「ならいい。了解だ。」休暇は減るが、勤務時間は何をしていてもいいという話だから、勤務時間はあってないようなものだ。秘密が漏れかけていたことに関しては謝罪の言葉は出さなかった。運が悪かっただけだ。
「それでは、書類をお渡しします。」
エリスから1枚の書類を渡された。触れたときに不思議な感覚があった。
いかがでしたでしょうか。
ペナルティは例外的で最も軽いレベルです。契約前というのが効いていますし、せっかくやってきた彼を手放すのは、彼女らにとっても不利益なのです。
書類の内容は次に出てきます。