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ワンピース


秋も深まってきた頃


めずらしく早く帰ってきた旦那様から、話があるから夕飯を一緒に食べようと言われた。


一体何の話だと言うのだろう、まさか、離縁したいとか?そんな話だったらどうしよう。この立派な家に馴染めた気はしないが実家には帰りたくない。

そんな不安な気持ちを抱えながら夕飯の時間を迎え、初めて一緒に食卓を囲んだ。


多江さんが私が緊張しているのを見破ったのか、大丈夫ですよ、と小声でささやいてくれて、幾分落ち着いた。


「本日はありがとうございます。それでお話しというのは・・・」


「軍の司令官、つまり私の上官から夜会の誘いが来ている。夫人同伴で、とのことなので君にも一緒に来てもらいたい」


緊張しながら尋ねると、そんな返事が返ってきた。

良かった、離縁の話ではなかった。

しかし安心してもいられない、夜会など行ったこともなければ作法マナーも知らない。


「かしこまりました、妻として務めさせていただきます。ですが、あの、、、申し訳ございません。

私今まで夜会に参加したことがありません。夜会用の服もなく、勝手もわからないのです…」


「週末には時間が作れる、私のものと一緒に仕立てて貰いに街に行こうと思う。

今回行くのはダンスなどはない略式の夜会だ。私と共に挨拶廻りをして欲しい。

詳しい夜会の作法マナーは多江がよく知っているから教えてもらうといい」


「申し訳ございません、よろしくお願いいたします」

私が知らないばっかりに、多江さんにまた迷惑をかけてしまう、、、心の中で多江さんに謝った。


「…君は服なども買わないそうだな。夜会用の洋装ドレスと一緒に服も買うといい」


「いえ!お気遣いありがとうございます。輿入れの時に着物をたくさん頂いておりますので、これ以上は、、」


嫁入りして、箪笥タンスを見てとても驚いた。見たこともないくらいたくさんの高価そうな着物が入っていて、全部自分のものだと言われ気を失いそうになった。

多江さんの手前、必死に平然を装ってはいたが、挙動不審だっただろう。


結局、入っている中でも安そうなものを選んで着てしまうので、生地の薄い着物ばかりを着ているが、さらに増やそうなんて思いもしなかった。


「当日気に入ったものがあれば言うといい」


「はい、ありがとうございます」


そしてまた、しばらく黙々と食べすすめていると、旦那様はふと私の皿をみて眉をひそめた。


「君はそれだけしか食べないのか?」


これでも十分多いと思っていたが、これは少ない量のようだ。


「申し訳ございません、少食なもので…」


「体が弱いのだろう、食べて栄養をつけなさい」


母が伝えたのか、噂で聞いていたのかは分からないが、私が病弱というのはあながち間違いではない。

食事を十分に食べられなかった私は、季節の変わり目にはよく体調を崩していた。体調を崩している時が一番辛かった。

家族に必死に頭下げて薬をもらい、熱にうなされながら薄い布団の中でただ小さく丸まってやり過ごしていた。

そんな記憶を思い出し、顔がこわばるが、いけないと思い必死に笑みを浮かべる。


「お気遣い感謝いたします」


そう言って、スープを口に運んだ。


柏木家にきてからは、栄養のあるものをたくさん食べれるようになって、常に感じていた身体のだるさなどはだいぶなくなっていた。


そのあとは、今日の出来事などをポツリポツリと話しながら夕食を食べた。

お互いに口下手なせいか、会話がとても盛り上がったわけではないが、嫌っているのに話してくれようとする旦那様の心遣いが嬉しかった。


どこが冷たい方なんだろう、嫌っていながらもこうして食事も共にしてくださってお優しい方なのに…と思い、人の噂というのはあてにならないこともあるのだ、と初めて知った。




週末───


いつもと同じ格好で出かけようとしていると、多江さんにおめかしはされませんか?と言われた。


確かに、あんなに格好いい旦那様の隣に並ばなければならないのだから、柏木家の品を落とさないためにも見れるくらいには飾っておかないとだめよね、、、


そう思いとどまって、箪笥タンスの中からいつも着るのより上等な着物を選んで、多江さんに髪を結って化粧もし直してもらった。


先に支度が終わって待っていた旦那様をみて、目を奪われた。

軍服や洋装ばかりだった旦那様が、和装をされていたのだ。

青鈍色の着物に黒の外套コートを羽織っておられて、旦那様の凛々しい雰囲気にとても良く合っている。

軍服も素敵だったけど、和装もとてもお似合いで、少し着飾ったくらいではあまり意味はなかったようね、こんな方の隣に並ばなければならないなんて…と少し憂鬱な気持ちになった。

実際、旦那様も私を見て呆れたのだろう、すぐに目をそらされた。


「お待たせいたしました」


「あ、あぁ。行こうか。では多江、行ってくる」


「行ってまいります」


「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


外に止まっていた車に乗りこもうとした時、旦那様が手を差し出してきた。


どういうことかと戸惑っていると、手を掴まれて車に乗せられた。


「こういう時は手をとるものだ」


「そ、そうなのですね。申し訳ございません。車にあまり乗ったことがないもので、、、」


あまりもなにも、一度も乗ったことはないのだけれど。

車に乗ってからはほとんど会話はせず、旦那様を見つめるわけにもいかないから、ありえない速さで流れていく景色をぼんやりと眺めていた。


久しぶりに出てきた街はたいそう賑わっていて、普段どれだけ穏やかな空間にいるのか、よく分かった。


「こちらだ」


そういって旦那様が歩き出したのであわててついていく。

長身の旦那様についていっているはずなのに、なんだか歩きやすい。


旦那様が私の歩幅に合わせて下さっているんだわ・・・


そのことに気づいた瞬間、心臓が少し早くなった気がした。


旦那様が目立っていたからだろうか、たくさんの視線浴びながら、洋品店に着いた。


「私はこちらで選んでいるから、君は店主に採寸してもらうといい。店主、夜会用のドレスと、普段用の洋服も数着頼む」


そういって奥に進んでいかれ、私は店主に婦人服売り場に案内された。


「普段はお洋服はどんなものをお好みで??」


「あの、実は、、、私洋服を着たことがなくて、好みなどは分かりかねるのですが」


店主はたいそう驚いた。

洋服が和装にとって変わろうとしているこの時代に、お金に余裕のある若い娘が洋服を着た経験がないなんてほぼありえないことだ。しかし、そこは接客のプロ、そんな驚きは一切出さずドレスを選んでいく。


「それでしたら、いろいろ合わせてみてから決めていきましょう」


自分で洋服を選ぶ日が来るなんて…店主が色とりどりの洋服たちのなかから、アレがいいか、これも合うと次々に差し出す洋服をあてながら、密かに感動を噛み締めていた。


ドレスと洋服を数着選んだ後、せっかくだからこれは着ていかれたらどうですか?という店主に押し切られて、着て帰ることになった。


「こんなに素敵ハイカラなお洋服、私が着て変ではないでしょうか」

「とてもお似合いです、奥様のために作られたようにぴったりです」


手首や足元の出ている若草色の襟付きの洋服ワンピースに、少しかかとに高さのある靴。すべてが初めての体験で心がドキドキしているのを感じた。

旦那様はなんと言われるだろうか、お優しい方だから罵倒されたりはしないと思うけれど、、、

少し不安になりながら、旦那様のもとに向かった。


椅子に座りお茶を飲んでいる旦那様を見つけた。平然を装って


「旦那様、お待たせいたしました」


「選べた…か」


こちらを振り返って、旦那様が驚いた表情になった。


「やはり、似合わない…でしょうか」


その状態で固まってしまったので、やはり変だったのかと不安な気持ちで埋め尽くされた。


「…いや、よく似合っている」


旦那様がそう言った瞬間、心が一気に軽くなった。


お世辞でも嬉しかった。

実は密かに憧れていたのだ。

あかねが次から次に新しいワンピースを買ってもらって、くるっと回ると、裾がふわっと広がって、それがとても羨ましいと思っていた。

そんな憧れのワンピースを買ってもらえて、お世辞とはいえ、似合っていると言ってもらえて。


「ありがとう、ございます」


本当に嬉しくて、少し泣きそうになるのを悟られないように、でも顔が緩んでいるのを自覚した。


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