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イベントで出会った同級生との関係(連載版)  作者: 雪之
大学生編

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卒業旅行・昼

 三月も中頃のよく晴れた日。

 賑やかな卒業式も終わり、あとは大学の入学式までのびのびとオタクライフを満喫するはずだったのに……。

 私はなぜか高校の最寄り駅に居た。


「おはよう、朋乃」


「玄瀬ちゃん、おっはー!」


「うー……おはよう。絢ちゃん、斉木さん」


 電車を降りてすぐ、駅のホームには既に待ち合わせの人が集まり始めている。

 私の眠い目をこすりながらの挨拶に対し、絢ちゃんと斉木さんはいつもと変わらない様子だった。

 どうしてだろう、ほとんど始発で出発したのに。

 いや、当たり前か。二人の最寄り駅はここなんだし。

 あと、私がこんなに眠いのはゲームのイベントで夜更かしをしたせいだし。

 そもそもどうしてこんな時間にこんな場所に居るかというと、それはつい数日前の会話からだった。



「うちの叔父さんが民宿やってるんだけどさ、来週は平日がらっがらだから卒業旅行に泊まりにこないかって。

 もちろんタダだよ!」


 久美と絢ちゃん、それに斉木さんと四人でのお買い物で、そんな提案をされた。

 これは大学デビューとまではいかないけど、平均的な女子大生の皮を被るための買い出しだ。

 プロデューサーである久美はいくつも服を手に取り、熱心に私の身体にあてていた。

 こういう時の私は着せ替え人形だ。結果、それがばっちりお洒落さんになるんだから願ってもないことだけど。


「あー、あたし家族旅行だからパス。ごめーん」


 残念そうに言う久美の家は、海外でバカンスをするそうだ。

 お仕事のあるお父さんはお留守番らしい。悲しいけど仕方がないんだろう。


「そっかー、小豆ちゃんは?」


「わたしは平気。朋乃は?」


「え? えーっと……予定はないけど、お母さんに聞いてみる」


 新たなテイストのスカートを探しに行った久美Pを待つ間に、スマホでちゃちゃっとお母さんに連絡をいれる。

 すぐに返ってきたのは、ご迷惑にならないようにねの一言だった。


「大丈夫みたい」


「よーっし! じゃあ男子も誘おう!」


「えぇ!?」


 ごくごく当たり前のように宣言した斉木さんは、目にも止まらぬ速さでメッセージを送りだした。

 え、ちょっと……男子って!?

 慌てて止めようとする前に、白地に青の花柄の可愛らしいスカートを手にした久美が戻ってきた。


「朋乃ー! これ着てよ、絶対似合う!」


「え? えぇ?」


 うん、可愛い。でも、男子?

 どっちに対応すればいいのかと迷っている内に、斉木さんのスマホから通知音が響いた。


「えっとー、堺が来れるって。適当に声かけてみるーってさ」


「て、適当は困るっ……!」


「大丈夫だよー、クラスメイト限定って言ってあるから。

 ちょうどいいから旅行用の服も探さない? 湖畔に建ってるからいい写真撮れるよ!」


「おっけー。このスカートでしょ、動きやすくて可愛いのだとショートパンツかな」


「あ、かわいー」


 あの、ちょっと……。

 二人で盛り上がる久美と斉木さんに声をかけられないでいると、絢ちゃんがぽんと頭を撫でてくれた。

 うーん……男子って誰が来るか不安だけど、絢ちゃんと斉木さんが居るんだもんね。

 そう考えればそこまで深刻なものじゃない。

 せっかくの旅行だったらちょっとくらいお洒落もしたいことだし、お買い物を満喫しよう!

 そんなこんなで、家に帰った後に伝えられたメンバーはというと……。


「おはよう。三人とも早いね」


「おっはー! そっちこそ早いじゃん。まだ集合時間前だし!」


 私服だとしても優等生。真面目さと誠実さを感じる格好でホームに来たのは、仁田くんだった。

 文化祭の後にあれこれあったけど、結局絢ちゃんとはいいお友だち関係を続けているらしい。

 本人はそう言ってたけど、表情が変わりづらい絢ちゃんの顔がちょっと緩んでるのは私しか気付かないだろう。


「おぉーい! もう時間かぁ!?」


 改札の外から駆け込んできたのは、一番最初に了承が来ていた堺くんだ。

 さすが元運動部。パーカーをはためかせながらの登場は軽やかだった。


「まだ時間じゃないだろう? そんなに急ぐことはない」


 そして最後の三人目。

 急ぐことなく悠々と歩いてきたのは……。


「玄瀬、おはよう!」


「お、おはよ……一ノ宮くん」


 今日の一ノ宮くんは、学校ともイベントとも家とも違う、よそ行きの格好をしていた。

 春っぽいニットのセーターに黒い細身のパンツという、シンプルだけど清潔感に溢れる服装だ。

 というか、素材がいいから何を着たって似合う。

 思わずじっと見ちゃったけど、気付けば向こうも同じことをしていたらしい。

 ぱちっと視線があって慌てていると、一ノ宮くんは私に一歩近付いてニッと笑った。


「それ、可愛いな。似合ってるぞ」


「う……あり、がと」


 今日は久美P渾身の旅行スタイル。

 動きやすい格好がいいよねということで、スカートみたいに広がるパンツと、ちょっとフリルのついたカットソーを選んでくれた。

 前にるいさんが着ていたのを見て、こういうのも着てみたいなぁなんて思ってた。

 だけど今朝になって、こんな可愛いの私が着ていいのかって考えちゃって、実は不安でいっぱいだったんだ。

 そんな時にこんなことを言われ、一瞬でご機嫌になっちゃう私は単純なんだろう。


「ちょっとバカップルー、電車乗るよ!」


「ば、バカップルじゃないからぁっ!」


 斉木さんの指摘に慌てて否定をし、大きな荷物と一緒にがらがらの電車に乗り込んだ。



 今回お世話になる民宿は、学校の最寄り駅から数時間かかる場所にあるらしい。

 家族で行く時は車だから電車は新鮮だって、斉木さんがはしゃいでた。

 そしてはしゃぐのは一人だけじゃないわけで。


「わ、絢ちゃん見た? きれーな川!」


 どんどん近付く大自然に、みんなして窓に釘付けだ。

 観光地を通る電車だからか、平日の車両は私たちで独占状態だった。

 そんな中で私と絢ちゃんが隣同士、正面に斉木さんが座っている。

 そして通路を挟んだ向こう側には、一ノ宮くんと堺くん、それに仁田くんが居る。

 気心知れたメンバーに不安なんて欠片もないんだけど、クラスメイトと旅行に来ているという状況はちょっと緊張するものだ。

 といっても、うきうきわくわくのほうが勝ってるけど。

 久美が来れなかったのが残念だなって話をすると、お揃いのお土産でも買おうかって盛り上がったり。

 そんなこんなの旅路が続き、お昼近くになってようやく目的地へとたどり着いた。


 昼だけど肌寒さを感じる湖畔には、木造の大きな建物が建っていた。

 そして目の前には大きな湖が広がり、岸には定番のボートが停められている。

 出迎えてくれた斉木さんの叔父さんに挨拶をすると、着いて早々ウッドテラスでバーベキューをすることになった。


「うー……美味しい!」


 串に刺さったお肉をかじり、その美味しさを噛みしめる。

 抜群の景色と最高の天気、お外でバーベキュー。美味しく感じる要素がてんこ盛りだ。


「玄瀬ちゃんってばほんと美味しそうに食べるよねー! ほらほら、お食べ」


「朋乃、これも美味しいよ」


「ちょっ、待って待って!」


 お皿に山のように盛られる食べ物を前に、つい慌ててしまう。二人もちゃんと食べようよ!


「うちはダイエット中だから野菜メインなんだよねー」


「朋乃が食べてるの見るほうが美味しいから」


 斉木さんの理由は分かるけど、絢ちゃんのはよく分からないな……。

 せっかく薦めてくれたんだからともぐもぐ食べている間に、男子三人は食べ終わってしまったらしい。

 みんな若いんだからって大量の食材を焼いてくれたのに。

 育ち盛りの食欲は見てて気持ちよかったから、きっと絢ちゃんはこういう気持ちなんだろう。

 こうしてわいわいいいながら食べるのって、やっぱり楽しいなぁ。

 なんてしみじみしていたら、少し離れた場所にあるたき火に興味津々だった一ノ宮くんがこっちに戻ってきた。

 いつの間にやら、キャンプなんかで定番の焼きマシュマロを作っていたらしい。


「玄瀬、上手く焼けたぞ!」


 ようやくお皿のものを食べ終わった私の口元に、こんがりきつね色に焼けたマシュマロが差し出された。

 甘くて香ばしい匂いは食欲をそそり、ついそのまま食べてしまいそうになっちゃうけどそれは危険だ。

 焼けたマシュマロはきっと熱い!


「ストップ! 冷ましてから食べるよ」


「猫舌か? だったら冷ましてやるぞ」


 そう言うと、一ノ宮くんはご丁寧に熱々の焼きマシュマロをふーふーしてくれた。

 そしてそのままごく自然に口元に寄せられ、気付けばぱくりと食べていた。


「んー……あふいけどおいひぃ」


「じゃあもっと焼いてくるからな」


 そう言って楽しそうにたき火へと戻る一ノ宮くんを見送っていると、すぐ近くからため息が聞こえてきた。

 こんなに楽しいバーベキューでどうしてため息なんてつくんだろう?

 ため息の主は絢ちゃんと斉木さんで、なんだか微笑ましいような目でこっちを見ていた。


「ど、どしたの……?」


 恐る恐る聞いてみると、斉木さんはにやにやと笑っている。

 あ……なんか嫌な予感……。


「いやー……ラブラブだねぇ?」


「えぇっ!? いや、ちがっ……!」


「彼、意外と献身的だね」


「そんなことないよ! これはその……触れあい広場の餌やり体験だよ!」


 だってほら! 一ノ宮くんの家でもそうだったし!

 そういうの関係なしに食べさせてくれただけなんだよ!

 私の必死の弁解に、なぜか二人は生暖かい視線を強くしてくる。なぜだ……っ!


「そんなに前からアピールしてたんだねぇ、あの一ノ宮が」


「報われてよかったね」


「私の話聞こうよっ!?」


 それから何を言っても変な方向に解釈されてしまったから、それ以上反論はできなかった。



 ご飯を済ませたら湖で遊ぼうという話になり、真っ先に駆けていく姿が二人。

 分かりきってはいたけど、一ノ宮くんとその悪友の堺くんだ。

 なんでもスワンボートの早漕ぎ対決をするとかで、重量感のある白鳥が高らかな水飛沫を上げている。

 残された四人でさてどうしようとなったら、なんとなんと、仁田くんが絢ちゃんをボートに誘っていた。

 あっという間に残った私と斉木さんは、せっかくだからと二人でスワンボートに乗ることにした。


「どうしてこうなった!」


 ぎーこぎーこと足漕ぎを続けながら、斉木さんは焦れたような声を上げる。

 いや、結構予想しやすい展開だったんじゃないかな。

 心はいつでも小学生。そんな人たちが普段と違う場所に来たら、全力で遊ぶしかないだろう。

 仁田くんの行動はちょっと驚いたけど。


「せっかく玄瀬ちゃんと一ノ宮を一緒のボートに乗せようと思ったのに!」


「湖面で絶叫マシンは乗りたくないかなぁ……」


 自転車の時にも思ったけど、遠くから見るスワンボートにも同じように思う。

 彼らは適切な速度感というものを持っていない。

 そんなのに乗ったら静かな湖面に私の絶叫が響き渡るに違いない。

 思った以上に重たいペダルに四苦八苦していると、ぴたりと動きを止めた斉木さんがこっちを向いていた。

 爆走兄弟ははるか遠くに居るし、穏やかな二人も離れている。

 そんな場所での話題と言ったら、分かってはいたけどそういう話だった。


「で、進展は!?」


「な、ないよっ!」


 私と一ノ宮くんの関係は、びっくりするほど変わっていない。

 まだ卒業式から一週間くらいしか経っていないし、そもそも会ってもいなかった。

 スマホで連絡は取っていたけど、それだって今までと同じような会話しかしていない。

 そんな状態で進展なんかあるはずもなく、分かりきった答えに斉木さんはがっかりしたみたいだ。


「卒業式の日あーんなにラブラブだったのに?」


「あれは忘れてっ!!」


「無理ー、クラス全員ガン見だったもんねー!」


「やーめーてーっ!!」


 最後の日だったからからかわれるのは最小限で済んだけど、そうじゃなかったらどこまでもネタにされていただろう。

 そう考えると、一ノ宮くんなりに時期を読んでくれたとか? いや、まさか。


「にしても一ノ宮の奴があんなことするなんてねー。あいつの精神年齢もようやく上がったってことか」


 しみじみとした口ぶりから、斉木さんにとっての一ノ宮くんは、やっぱり小学男子なんだろう。

 だけど私にとっては、もう小学男子ってだけではなかったりする。

 イベントで見る頼りがいのある姿や、聡司さんに見せる兄弟の立場が入れ替わったような姿。

 それについこの間の、至近距離で好きだと言ってくれた時の……。


「うわぁ……」


 うっかり思い出してしまったことで、私の顔は一瞬で熱くなってしまった。

 これはまずい。忘れてたわけじゃないけど、意識しないようにしてたのに。

 思い出して意識してしまった今、一ノ宮くんと顔を合わせたらどうなっちゃうんだろう……。

 足元で水が揺れる音と一緒に、聞き慣れない鳥の鳴き声が聞こえる。

 ちゃぷんと波打つ音を聞いて気持ちを落ち着けようとしていたら、遠くから激しい水音と楽しそうな声が響いた。

 うーん……小学男子。

 斉木さんも同じことを思ったのか、呆れたように笑っている。


「ありゃ期待できないか。玄瀬ちゃん、がんば?」


「う……」


「あとは小豆ちゃんと仁田かぁ、どうなるのかね?」


 再びぎーこぎーことペダルを漕ぎながら、ちらっとボートに目を向ける。

 オールを激しく漕ぐこともなく、水の流れに逆らわないよう流れるボートは穏やかそのものだ。

 乗っている絢ちゃんと仁田くんも、多分いい雰囲気だろう。

 そんな二人を邪魔しないよう方向転換していると、ふと、斉木さんの言葉にひっかかりを感じた。

 考えてみれば今更ではあるんだけど、二人で居る今ならいいかなと思って聞いてみることにした。


「斉木さんって、絢ちゃんのこと小豆ちゃんって呼ぶんだね」


 というか、誰とでも仲良くなる斉木さんは、誰のことも名字で呼んでる気がする。

 ついでに言うと、私は斉木さんの下の名前を知らなかったりする。

 クラスメイトに対して失礼かと思ったけど、そもそも呼ばれているのを聞いた記憶がないような……。


「あー……うちさ、キラキラネームなんだよね。

 今は慣れたけど、小さい頃は嫌でさ。それで名字呼びの癖ついちゃって」


 確かキラキラネームって、明らかに何かのキャラみたいなのや、当て字みたいな名前のことだったっけ。

 からっと笑って言った斉木さんだけど、言葉の通りに受け取っていいものなのかな。

 といっても、わざわざ深く聞き返すのもどうかと思うし、それこそ今更だ。

 今日までずっと名字で呼んできたんだから、きっとそれでよかったんだろう。

 だから軽くそっかって相槌だけして、岸に向かってペダルを漕ぎ続ける。

 それにしても重い! 水飛沫を上げるほどの速度を出せるだなんて、小学男子二人組の脚力は異常だ。

 引きこもりながら一生懸命漕ぎ続けている間に、隣の速度はだんだんと落ちていく。

 さすがに疲れたのかなぁなんて横を向いてみると、斉木さんはなぜだか不思議そうな顔を浮かべていた。


「名前、聞かないの?」


「え……ごめん、聞いたほうがよかった?」


「いや、そういうわけじゃないけど。だいたいみんな聞きたがるから」


 なんてこった、世の女子は聞き返すのが正解だったのか!

 だけど斉木さん的には聞かなくてもよかったみたいだし、結局どうすればよかったのかな。

 お互いに顔を向かい合わせて、同じような表情を浮かべる。

 そんなことをしていたらだんだん笑えてくるのは仕方のないことで、私たちは同時に吹き出していた。

 意味もなく笑いあって、それが落ち着いたら二人揃って硬い椅子に背中を預けた。


「女子はみんな名前で呼びたがるのに、玄瀬ちゃん、変わってるね」


「えぇ? だって、聞かれたくないなら聞かなくていいかなぁって」


「名前呼びのほうが仲良しって思わない?」


「うーん……? 名字だからって距離を感じるとは思わないし、人それぞれじゃないかな」


 イベントで出会った人たちは、ハンドルネームで呼びあう関係も多い。

 本名すら知らない人とだって仲良くなれるんだから、どちらを呼ぶかなんて大した問題じゃないだろう。

 好きに呼べばいいじゃんって思っちゃうけど、こういう考え方は世間では浮いちゃうのかな?

 大学デビューに向けてどうするのがいいかと考えていると、頭の上にぽんと重みを感じた。


「……玄瀬ちゃんはいい子だなぁ!」


「ちょ、斉木さんっ、髪っ!!」


 乗せられた手は勢いよく私の頭を撫で回し、結んでいない髪はぐしゃぐしゃのぼさぼさだ。

 なのに斉木さんは楽しそうにしたままで、私はそのままされるがままだった。


「うぅ……ひどいよ斉木さん」


「ごめんごめん、今日は蓮見ちゃん居ないもんね。あとでうちがやったげる!」


 なんだかご機嫌な斉木さんだけど、一体何が何やら……。

 理由が分からないまま岸にたどり着くと、斉木さんは鞄から可愛らしいカチューシャを出して付けてくれた。

 同じく戻ってきた絢ちゃんにも手渡して、カチューシャトリオの完成だ。


「写真撮ろ!」


 斉木さんがスマホを取り出し、三人並んでぴったり寄り添う。

 両側から女の子の温かくていい匂いがしてきて、なんだかちょっと照れちゃいそうだ。

 シャッター音に合わせて表情を固定していると、遊び終わった男子も戻ってきたらしい。

 堺くんがスマホの向こうで変顔をしてきて、思わず普通に笑ってしまった。


「あ、いいの撮れた!」


「待って待って! 今顔変だったかも!」


「玄瀬ちゃん表情固いんだよー。てか、男子も一緒に撮ろっか!」


 斉木さんはすぐさま叔父さんを呼びに行き、あれよあれよという間にみんなで並ばせられてしまった。

 というか、デフォルトで一ノ宮くんの隣っていうのはどうなのかな。

 身長的に男女で並んだっていいと思うんだけど。

 斉木さんとの話の影響で、こんなに近付くのが、その……なんだか恥ずかしい。

 だからちょっとだけ離れようかなって思っていると、足元でぴたんと水の落ちる音がした。


「って、一ノ宮くん、濡れてない?」


「水飛沫が車内まで入り込んでな。ちょっとはしゃぎすぎた」


 裾や袖だけでなく、髪の毛まで濡れているのは一体どういうことか。

 普通に漕いでいた私たちはなんともないんだから、通常じゃあり得ない動きをしたとしか思えない。

 相変わらずだなぁなんて思っていたら、一ノ宮くんがひょこんと私の顔を覗き込んできた。


「えぇっ、な、何っ!?」


 今日一番の距離感に思わず後ずさりそうになってしまったけど、後ろはすぐに湖だ。

 ぐっと我慢して踏みとどまっていると、一ノ宮くんはしげしげと私を見ていた。


「そういうのも新鮮でいいな」


 一ノ宮くんが指さしているのは、斉木さんがつけてくれたカチューシャ。

 斉木さんみたいにばっちりおでこを出すスタイルではないけど、記憶の中では初めて付けた。

 面白半分だったけど、わざわざ指摘されると気になってしまうものだ。

 指先で位置を確認しながら上を向くと、すぐ目の前の一ノ宮くんがニッと笑った。


「可愛いぞ」


「うぅ……っ」


 だから、どうしてそういうことを言うかなぁ……。

 完全に赤くなっているであろう頬を押さえていると、写真の準備ができたらしい。

 はいチーズという定番の声がけに上手く笑えなかったのは、絶対に一ノ宮くんのせいだ。

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