第七話 むねのいたみのなぞ
サリー先生と園児たちの授業シリーズ。今回は、各地域の「最良の日」についてみんなに教えてもらいます。戦争被害のない時代は来るのでしょうか。
今日もサリー先生が一都六県年長組の教室に入って来た。
「この学園へようこそ、私のツバメたち♪ ってことでこんにちわ」
「こんにちわ」
「ツバメも巣立ってだいぶ日が経ちました。まだ巣立たない君たちは、私がビッシビシとしごいて、立派なツバメに育てますからね。皆さん、ご協力お願いします」
「こちらこそお願いします」と園児一同が言った。
「かわいいわね〜。こんなにかわいくて従順なツバメが私にもいてくれたらいいのにね」
茨城県くんが質問した。
「先生にツバメはいないんですか?」
「ツバメは飼ってないわね」
「じゃ、違うツバメ」
先生は意外な顔をした。
「年下の愛人のこと? いるわけないでしょ」
「前はいたんですか?」
「(ヾノ・∀・`)ナイナイ」
「筑波山にデートに行ったって人は?」
「あの人は年上」
「デートの後どうなったんですか」
「何もないわよ」
「何もなかったのが不満があって、別れたってことですか」
「うるさいわね」
「人生、やる時はやらなきゃね」
「何言ってんのよ、いい加減にしなさい!」
「竹やぶとか農家の物置に車を入れて……」
「それってどこかで訊いたことある、誰だっけ、テレビに出ている人で……」
「あんたたち、黙って聞いてればいい気になって……」
怒った先生は右手を高く振り上げた。その手が白い光に包まれ、光の輪が大きくなり、十字の光が広がってクラスの中を横切った。
「てめえら人間じゃねぇ、叩っ斬ってやる!」と叫んだサリー先生の手から何かが出そうな大変な剣幕だったが、空気の読めないオタ埼玉県くんは空気を読まない発言をした。
「すげえ、『金田光』!」
それに対して、群馬県くんも冷静に尋ねた。
「なんだよ、それ」
「金田さんっていう伝説のアニメーターが開発したレンズゴーストとか、放出するエネルギーの輝きを表現する方法。いまは安易に使いすぎて、セーラームーンで多用されてから陳腐化した気がする。サリー先生みたく」
先生はバツが悪そうだった。
「別にそういうつもりでやったわけじゃないわよ」といって、両手を後ろで結んで隠してしまった。いつの間にか先生からは「金田光」が消えていた。
「あ〜あ、消えちゃった。この後『金田ビーム』を期待してたのに」
群馬県くんがまた訊いた。
「それも70年代ジャパニメーションの遺産?」
アニメ好きの埼玉県くんは続ける。
「ビームというと直進性の強い光をイメージするけど、金田さんはそれを稲妻の放電現象のように表現した。ビームがジグザグに進んだり、ビーム自体を境界が荒々しいというかとげとげしいというか、触ると痛そうに描いた」
「それを見た俺らは、このビームは衝撃力が高いって思うわけだ」
「直線のビームだけでは衝撃や痛みが伝わりにくいからね」
「シン・ゴジラの時は直線的だったんべ」
「『内閣総辞職ビーム』は閣僚が避難しようとしたヘリコプターを一撃して爆破したり、丸の内や八重洲の高層ビルをガラス一枚一枚が割れるのを含めて細かく描写しながら破壊していて説得力があった。金田ビームはいちおう衝撃力・破壊力を説得的に表現するための二次元での
手法だから、三次元で使われる機会は少ない」
サリー先生は埼玉県くんと群馬県くんの会話を遮った。
「男の子は『テレビ漫画』の話が好きね。さあ、授業に戻りましょう」
そこで茨城県くんが言った。
「先生、今は『アニメ』っていうんだよ」
「同じでしょ。『東映まんがまつり』、『まんが日本昔ばなし』っていうじゃん」
茨城県くんはさらにツッコむ。
「だから何十年前の話をしてるの?」
「えっ?」
「今は『東映アニメフェスティバル』、『アニメ日本昔ばなし』っていうんだよ。おっくれてるー」
「その『おっくれてるー』って、森永ラムネのコマーシャルだったような。あんたいったい何歳なの?」
「先生こそ、それ何年前のTVCMだよ」
「だいぶ古いような気がするけど……」
「二十四歳なんだろ、先生は」
「『永遠の二十四歳』よ」
「じゃ二十四歳じゃないんだな」
「『永遠の二十四歳』よ。この目を見てみなさいよ、美しい『二十四歳の瞳』でしょ。教育者の鑑なのよ! あんたこそ何歳なのよ」
「ちーがーうーだーろー! それは壺井栄の『二十四の瞳』の間違いだろ! 俺は『とりあえず五歳』だよ……」
「『とりあえず』ってどういう意味よ」
「『永遠の』ってなんだよ」
「うるさい!」
「はっきりしろよ!」
「もう怒ったわよ! ブルーアップ!」
そういって、片手でジャケットを脱いで放り投げたサリー先生は、両手を開いて飛び上がっり、ガニ股に開いた足をカエルのように股間の方に折り曲げて、両手を胸の前で組んだ!
「エネルギー衝撃波!」
サリー先生の腕から出た稲妻のようにジグザグに進むビームは茨城県くんに命中した。
「はあ、はあ、どうよ」と先生は息を荒げた。
茨城県くんの髪の毛は焦げて、煙が出ていた。
「やられたー。もう年齢をツッコむまねはしません」
それを見た群馬県くんは思わず声を漏らした。
「おっかねー……」
しかし埼玉県くんは歓喜をあげた。
「先生、それこそ金田ポーズ、金田ビームですよ!」
サリー先生は喜しそうに埼玉県くんの方を向いた。
「うまくできた? 一度やってみたかったの」
そこに冷たい声が聞こえた。
「先生、今は授業中です。静かにしてください」と神奈川県ちゃんが言った。
腰を低くし、神奈川県ちゃんに手を合わせてかわいらしく微笑むサリー先生がいた。
「ごめんなさい、園長先生には内緒ね」
「どうでもいいですけど、大昔のテレビネタとか、昔のネットのネタとか、正確にわかっていらっしゃる方ってどのくらいいらっしゃるのですか?」と神奈川県ちゃんが続けると、先生は、
「少なくとも神奈川県ちゃんだけは元ネタが全部わかっていると思う」と答えた。神奈川県ちゃんはキレそうになって言った。
「先生、私は後妻……じゃなくて五歳なんですよ。わけのわからないことばかりおっしゃってないで、とっとと授業を進めてください!」
「ごめんなさい」と謝る先生だったが、
(「また言ったわね、『後妻』って。まさか神奈川県ちゃんは……」)と先生は神奈川県ちゃんに深い闇を感じないわけにいかなかった。
「先生よろしいですか、このカンパチ幼稚園は、『男どアホウ甲子園』ではなくて、『お前らおバカ幼稚園』っておっしゃる方もいらっしゃるのですよ。このあいだご近所の奥様方の前をトヨタ・ハリアーで通りがかったら、そんな声が聞こえてきて……もうわたくし、穴があったら入りたい心境でしたのよ。いったい、どちらにエリート養成の要素がおありと思っていらっしゃるのですか」
神奈川県ちゃんは、まるでメイド頭のロッテンマイヤーさんの口調だった。
「だって、東大と同じ一コマ110分授業だし」
「そんなこと、どなたも存じませんわよ。その立ち話を聞いたうちの運転手のカーティスが、『お嬢様、やっちまいましょうか』って物騒なことを言うから制止したのよ」
「あの黒人の運転手の方って、カーティスさんっておっしゃるの? かっこいい方と思っていたんだけど」
「元CTUの連邦捜査官」
「えぇ? ジャック=バウアーに撃たれて死んだんじゃ?」
「生きてるのよ。国家プロジェクトで蘇生させたの」
「『わしの誤診じゃったわい』で済ませたってこと?」
「そんなこと、存じませんわよ、何年前のアニメの話をしてるんですか? 現実とテレビとごっちゃになさらないであそばせ」
「あんたこそ、後妻じゃなかったの? なんで十年以上前の『24(Twenty Four)』シーズン6の話をしてるのよ!」
「詳し過ぎるのは先生の方でしょ! わたくしは『後妻』ではなくて『五歳』でございます! 先生こそ『24』が好き過ぎて『永遠の二十四歳』なんて見え見えの大ウソブッこいてんでしょ!」
「いい加減にしなさいよ! 神奈川県ちゃん!」
「先生こそ、あんまり変なことおっしゃると、ジャックを呼びますよ!」
「ジャックって?」
「今うちで飼ってるのよ。どこにも行くとこないからって」
「もしかしてクロエ=オブライエンも?」
「うちでハッキングしてるわよ。金を払わないでN○○の過去のアーカイブスをもう少しで全部ダ○○○ー○できるところだって昨日言ってたわよ……って、なんてこと言わせるのよ!」
するとどこからともなく教室内に苦虫を噛み潰したような小山力也によく似た声が響いた。
「なんてことだ」
サリー先生は驚いて声をあげた。
「誰の声? もしかしてジャックさんが来てるの?」
神奈川県ちゃんは言った。
「あたしの身に何か起こりそうな時は、ジャックが助けてくれるって契約なのよ。今頃天井裏の排気ダクトの中に入って、拳銃を抱えながら授業の様子を覗いているかもしれないわよ」
「わかったわ。神奈川県ちゃんには何もしないわ」
「普段はこのクラスも、C○Aの人工衛星をハッキングしてクロエがモニターしてるかもしれないんですからね」
「わかったわよ。静かに授業を進めるわよ。今日の授業は、みんなにとって喜びの時です。みんなはどんな時に喜びましたか? ちなみに先生はウルトラセブンで欠番の第12話を見た時です。それではまず今日はよく話す埼玉県くんから」
「万世橋駅から伊奈線の大成駅前に『鉄道博物館』が移転した時」
「君は五歳児よね。移転したのはだいぶ前のことよね」
「うーん……正確に言うとね、移転を知った時かな」
「いつも思うけど、苦しいわね。そういえば大成駅は駅名を変更したのよね」
「鉄博も大きくなった」
「そうね。以前の万世橋は、新幹線0系と機関車D51が二台並んでいたわね。目の前が、元プロレスラーで自称・焼き鳥屋のバイトをしている安生洋二さんのお兄さんが経営している専門学校のビルで」
「鉄博はアキバ時代よりメジャーになりましたよね」
「ところで先生が大宮で伊奈線に乗り換えるには湘南新宿ラインで行くのだけど、途中で浦和に停車するようになって、時間がかかって面倒だなって思うようになったのだけど、浦和と大宮っていまでも仲悪いの?」
ここで突然、埼玉県くんが苦しそうな声を出した。
「うう、胸が苦しい、痛い。分裂しそうな痛みだ」
「どうしたの埼玉県くん、この間は栃木県ちゃん、群馬県くんだったのに、それに続いて、今日は埼玉県くんまで胸が苦しいって言い出して」
「僕は、以前手術を受けたことがあるんです」
「胸の調子が悪くて? 病院とか言える?」
「執刀医は、元自治省事務次官の石原信雄って人」
「その人が中に入って、大宮・与野・浦和を合併して『さいたま市』ができたのね」
「知ってるんだったら、古傷をえぐるようなことを言わないでください。胸が痛いよ」
「わかったわ」
「お前は大手術だったんだな。うちは百万都市建設なんて言ってたけど、相変わらずだし」と、 群馬県くんが同情しながらも自嘲的に言った。
「私のところはみんな忘れちゃった。栃木市って言っても、どこかの町村が合併してできた新しい市なんでしょ、なんて感覚でスルーされてるし。変に古傷をいじられるよりはいいけど」と、栃木県ちゃんは呟いた。
「僕のは苦しい手術だったんだよ。北足立郡どうしの合併で埼玉郡でもないのに『さいたま』なんて名乗るなって言われたりして……」
群馬県くんが相変わらず同情するように言った。
「事情を知らない周囲の人に言われるのって、結構辛いよな」
埼玉県くんの痛みは続いた。
「胸が苦しい、分裂しそうだ」
よくわかっていない群馬県くんが言った。
「新聞のテレビ欄でテレビ埼玉のとこの『のびゆく大宮』ってテレビ番組名は目立ってたけど、浦和についてはあまり覚えてないし」
「苦しい」と一層苦しむ埼玉県くん。
さらに空気の読めない茨城県くんが致命的なことを言った。
「俺、大宮が埼玉県の県庁所在地だとばっかり思ってたし」
埼玉県くんの胸を激痛が襲った。
「あぁ! 痛い、胸が苦しい。僕の胸にヒビが入ってしまいそうだ」
慌てた栃木県ちゃんは先生にアドバイスした。
「先生、どうかひとつ、大宮と浦和の話をやめたらどうでしょう」
「わかったわ、栃木県ちゃん。いいですか、埼玉県くん、もう大宮と浦和の話はやめますよ。三つ数えたらやめますよ。さん、にー、いち。はい、やめた!」
そう言って先生が手を叩くと、埼玉県くんから痛みが消えた。
「えっ? みんなここで何をしているの? 僕が何かした?」
群馬県くんが驚いて埼玉県を見る。
「お前、覚えてないのか?」
「何を」
「お前、今、苦しんでたんだぜ」
「ああそうか。僕、苦しんでたかもしれない。よく覚えていない」
(「いったい、どうなってるの?」)と疑問が湧くサリー先生が尋ねた。
「みんな不思議な病気を持ってるのね。それって、暑さとかに関係あるの?」
「よくわからないけど、胸の痛みはあまり季節に関係ない」
しかし、原因のよくわからないサリー先生は不用意な発言をしてしまった。
「暑さっていうと、埼玉県の気象観測所って熊谷にあるけど、浦和にはないわよね?」
すると再び埼玉県くんが苦しみ始めた。
「ああ、今度は頭が痛い! 僕の頭が胴体から離れそうだ!」
完全にパニクるサリー先生。
「今度はどうしたの?」
「頭と胴体が分裂しそうな痛みが……助けて先生……」
「どうしたらいいのよ、困ったわね……栃木県ちゃん、わかる?」
クラスで一番の優等生である栃木県ちゃんは、サリー先生の片腕のような存在だ。みんなのことをよく知っている。
「埼玉県は、県庁所在地を決めるときに熊谷と浦和のどちらにするか議論があったの。その古傷だと思うわ」
「埼玉県って、そんなに議論があったの?」
「熊谷って暑さ日本一でしょ。それで地元の人も熱いのかもしれない」
「すると郷土愛が強いほど、埼玉県くんの頭痛がひどくなるわけね」
「痛いよ、○さん、頭が痛いよ」
「今かつての深夜番組のようなセリフを言ったわよ。あの番組で演じていた俳優さんたちもハマっていました、楽しかったって言っていたし」
「そんなことに感心してないで。先生、熊谷と浦和の話をやめたらいいと思います」と栃木県ちゃんが提案した。
「わかったわ。埼玉県くん、熊谷と浦和の話は、もうおしまいですよ。あなたはこれから三つ数えると痛みが消える。さんー、にー、いち、はい、痛みが消えた」
サリー先生が手を叩くと、埼玉県くんから痛みが消えた。しかしいつもと様子が違う。
「ふーっ。このあいだ久しぶりに緑色の五家宝を食ったんだけど、やっぱしうめーなってつくづく思ったぜ」
サリー先生は埼玉県くんの話しっぷりや態度が全く変わってしまったのに戸惑ってしまった。
「どうしたの、おとなしい埼玉県くんが、突然群馬県ちゃんや茨城県ちゃんみたいなぶっきらぼうな話し方になって」
「うめえもんにうめえっつってなにがわりーんだよ、あぁん?」
「栃木県ちゃん、これ、どうなってるの?」と栃木県ちゃんを見るサリー先生。
「埼玉県ちゃんは、普段は大宮モードで脳内に鉄オタ分泌物質が出ていておとなしいけど、熊谷スイッチが入ると、脳が珍走仕様に変わるの」
「どうしたらいいの?」
「大宮名物を食べさせたらいいと思います」
「えぇ? 大宮名物? そんなのあるの?」
「そういう微妙なことは小声で言ってください……。そういえば私、昨日おばあちゃんの家に行って、持たされたお茶菓子があって……カバンの中に入っています。ちょっと待ってて……持ってきた。はいこれ」
栃木県ちゃんは先生にお茶菓子を渡した。しかし先生には合点がいかなかった。このお茶菓子は場違いだったからだ。
「これ? 栃木県ちゃん、これは東京みやげよ。これが埼玉県くんに効くの?」
「いいから、先生、早く食べさせてみて」
栃木県ちゃんは先生をせかした。
すでに埼玉県くんの脳内には珍走物質がほとばしり、いつもと顔つきが変わっていて、週末の深夜によく聞いたメロディーを口ずさんでいた。
「ぱぱらぱーぱ、ぱぱらぱーぱ、ぱっぱ、ぱらららら♪」
先生は埼玉県くんにツッコんだ。
「もしかして珍走団定番の『ラクカラーチャ』?」
「ぱぱら、ぱらぱら、ぱら、ぱらら♪」
「これは『ゴッドファーザー愛のテーマ』? 栃木県ちゃん、埼玉県くんが壊れちゃったよ」
事情がよくつかめていないサリー先生とは対照的に、栃木県ちゃんは焦りながら答えた。
「埼玉県くんは、脳内で深夜の十七号バイパスを蛇行運転してるんだと思います。このままだと脳内で事故っちゃう。だから先生、早く私の渡したお茶菓子を食べさせて」
「わかったわ。埼玉県くん、これ東京みやげだけど、栃木県ちゃんが食べてって言うから食べて」
「んが、んぐぅ……あれ、みんなどうしたの? 埼玉県内の国電区間を伸ばせ!」
「えぇ? 本当に鉄分多めの埼玉県くんが戻ったわ! 埼玉県くん、どうして君は正気に帰ったの。これは東京みやげの『雷おこし』のはずでしょ?」
「これは大宮の工場で作られてます」
「えぇ? それで元に戻ったの?\(@_@)/ じゃ、熊谷の五家宝を食べると……」
栃木県ちゃんが先生の耳にささやいた。
「先生、やめた方がいいですよ。きっとまた頭の中で十七号バイパスを走ることになると思います」
「僕には何のことだかさっぱりわからないや」とすっかり忘れている埼玉県くんだった。
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「先生、今日はまだ何も話していないんですけど」と千葉県ちゃんが言った。
「そうだったわね。それでは千葉県ちゃんにとって一番嬉しかったのはいつ?」
「新東京国際空港が開港した日です」
「あの頃、Gメン’75で『吹雪くん、草野刑事と一緒に、すぐ香港に飛んでくれ』なんてやってたわよね。開港前の番組最初の頃は、駐車場に赤い鳥居が建っていて、その後ろを飛行機が飛ぶシーンが画面に出て、『これは羽田だ』って視聴者とってわかりやすい構図だったわね」
「丹波哲郎なんかが控える『国際警察』の事務所のある霞が関は、地下鉄霞が関駅のアップから後ろのビルを映していたんですよね」
「そうよね、懐かしいわって……ちょっと待ちなさい! 千葉県ちゃん、あんた何歳なの?」
「……い、以前TBSの深夜の再放送で見たんです……、先生だって、どうして1970年代のテレビ番組を知ってるんですか?」
「それはGメン’75傑作選のDVDを見たことがあるからよ、決まってんじゃない」
「ふーん」
(「千葉県ちゃんはおかしいわ。TBS深夜の再放送だって、三十年以上前のことじゃないの?」)といぶかしがるサリー先生だった。
「それじゃ、次は群馬県くん、栃木県ちゃん、茨城県くん、神奈川県ちゃん。まとめてどうぞ」
群馬県「あかぎ国体の時。この時のイメージキャラクターが馬場のぼる先生がお書きになった初代ぐんまちゃん」
栃木県「私は織姫神社が再興された時」
茨城県「俺はつくば万博の時」
神奈川県「わたくしは横浜開港記念日ですわ」
「みんな年齢不詳な発言よね。それでは最後に、今日全く発言していない東京都くんは?」
「僕は1945年8月15日」
「東京都くんなら都民の日の10月1日じゃないの? どうしてその日なの?」
「この日を境に、空襲で人が犠牲にならなくて済んだから」
「東京だけじゃないけど、どこも焼き尽くされたからね……」
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「今日はみんなが胸に痛みを抱えていることがわかりました。過去の傷はほじくり返さないようにしましょう。それでは今日のまとめです。みんなそれぞれ色々な喜びの日をもっているのですね。先生は軽い気持ちで例を出したつもりだったんだけど、先生のが一番情けなかったように思います。先生は反省します。それでは今日の成績を発表します。今日の優勝は、東京都くん!」
そう言うと先生は服を脱いでレースクイーン水着に着替えた。
「さあ、東京都くんの愛車はなにかな?」
トラックの音とともに、無線機のスピーカーから東京都くんと思われるおやじボイスが聞こえてきた。
「よっこらしょっと〜、こちらは関東○○連合の○○って言いますけどね〜、現在246の神泉町交差点にて半固定で〜す。ご入感のワッチステーションはございませんか〜てか〜(カラコロ〜ン)」
「東京都ちゃん、これって知っている人しか知らないトラック運転手どうしの話し方でしょ。先生はなぜかよく知ってるけど」
「おおっとぉ、先生ご存知でしたか。現在、よいしょっと〜渋谷駅ガード下を通過して渋谷警察前交差点で強制半固定ですからどうぞ〜てか〜(カラコロ〜ン)」
「だから東京都ちゃん、ノリノリでやってるのはわかるけど、その話し方とか(カラコロ〜ン)
の音とか、読者の100%が知らないから。先生はいちおう説明しておきますけど、これはトラックの運転手で、運転時の眠気覚ましと運転手どうしの情報交換を兼ねてパーソナル無線をやっている人たちの話し方です。パー線が始まって40年くらい経つんですけど、その間にこういう独自の喋り方が定着して、最後の(カラコロ〜ン)って言うのは、マイクで通話を終える時にスイッチを離すと音が出るアクセサリーの音です」
「先生よくご存知で。よっこいしょっと〜、現在六本木アマンド前通過〜よっこいしょういち、てか〜(カラコロ〜ン)」
「先生が説明しますけど、『よっこいしょっ』っていうのは、車線変更した時に言う言葉です。『強制半固定』っていうのは、赤信号で止まっている時のことを言います。ちなみに東京都くんの声はエコーがかかっています。それでダミ声ですよ。独特の話し方ですね〜。それで、東京都くんの愛車はなに?」
「日野レンジャーですよ〜。東京都の車って言ったら、日野自動車のこれしかないだろ、てか〜(カラコロ〜ン)」
「東京都くんはせっかくいい話で締めてくれたのに、このトラック無線ボイスじゃダメでしょう。でもご褒美ですから、星の形によく似たステッカーを貼りましょうね。高尾山の交通安全お守りステッカーですよ」
「どうやって貼るのだかわかりませんけどね〜現在、参議院横通過〜。おおっと、今日もデモ行進やってるね。えーと、『陛下、ご聖断ください』ってトラックが走ってるけど、これはなんですか先生〜てか〜(カラコロ〜ン)」
「それはおかき屋のトラック。霞ヶ関か虎ノ門に支店があって、そこに商品を納めるためその界隈を走っているらしいけど」
「世の中は、いろいろな思いを持ったいろいろな人がいるね〜。いてもらわなくちゃ困るよね〜。当ステーションはまだコマーシャル中ですよ〜。これから大洗に行って、そこからフェリーに乗って苫小牧経由で札幌ですよ〜てか〜(カラコロ〜ン)」
「東京都さん、がんばってください」
「おお、茨城県くん、ありがとよっこらしょ、ってタクシーなにぼさっとしてんだよ、信号変わってるだろ、それじゃのちからよろしくねがいますよ〜ってか〜(カラコロ〜ン)」
…………………………
今日もサリー先生の熱い授業が終わった。金田ジャンプ、雷おこしの工場、緑色の五家宝の存在、そして様々な思いを抱いている人がいることを学んだ。ここでついでに言っておくと、無線の世界でコマーシャル中とは仕事中という意味だが、これは忘れていい知識だ。
一都六県幼稚園児、この社会の未来を築くのは君たちなのだ!