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一都六県が幼稚園児  作者: アセロラC
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第五話 みんなのまちのおいしいのみもの

サリー先生と園児たちの授業シリーズ。今回は、各地域に特色のある飲み物についてみんなに教えてもらいます。特にラムネの特殊性は興味深いです。

 一都六県年長組の担任、サリー先生がやってきた。

「みんな、こんにちわ」

「こんにちわ」

 大きな声で、クラスのみんながおへんじした。

「今日もとってもいいおへんじができました。今年の暑さはようやくひと段落したようです。アイスもいいけど、今日はみんなの町のおいしい飲み物について教えてください。たくさん出ると授業が盛り上がって、みんなのお勉強になります。興味深いお話を待っています。いいですか」

「はーい」と一同が声を出した。

「それでは誰からいこうかな……」

「はい」っと元気な男の子の声が上がった。

「はい、いつもトップバッターの群馬県くん。今日は難しいわよ」

「カルピス」

 難なく答える群馬県くん。

「カルピス? それは微妙ね。だって、本社は恵比寿じゃないの。松坂屋ストアの先にあるあの本社ビル、すてきだけど」

「いや、カルピス」

「東横線がまだ地上を走っていて、代官山の切り通しの踏切もあって、そこで映画化テレビの撮影しているのがときどき見られた頃、代官山駅の向こう側に古い鉄骨の建物で赤文字のカルピスってのがあって、当時は上場企業なのに貧相だなって、ちょっと寂しく思っていたのよ。子どもの頃のお中元の定番はカルピスの詰め合わせだったからがんばってほしいなって」

「だからカルピス」

「雪降る夜には♪カルピス」

「ムーミンパパの声って、なんで知ってるの? 」

「そんなこと言ってないでしょ。大平透さんだっけ」

「高木均さん『……と、鉄郎は思った』の人」

「そうだった……そうじゃなくて、先生が言いたいのは、カルピスは恵比寿の会社で、グンマーの会社じゃないってことなのよ」

「カルピス群馬工場は大きな広がりを持っているのです」

 怪しげなことを言う群馬県くん。

「それはどういう意味? 教えてくれる?」

「カルピス群馬工場は昭和40年代に建てられた。そこで操業開始したのだけど、折から企業による公害の責任追及が全国的に行われていて、カルピスも地下水のくみ上げすぎで地盤沈下したって批判されたことがあったの。その頃先生が飲んでいたカルピスは、その群馬工場で作られてたんだよ」

「言っときますけど、『永遠の二十四歳』の先生はまだ生まれていません。ともかく、北関東は土地が低くて、ある意味水郷地帯だから、飲料水メーカーとか半導体産業とか、水を使う工場が多いのよね」

「それからしばらく経って、バブルの頃に経営危機に見舞われたの」

「バブルの後に経営危機ならわかるけど、バブル期だったの?」

「それで経営支援を『味の素』に頼んだ」

「なぜか味の素」

「1980年代、味の素は多角経営を目指していて、フランスのダノンに日本を紹介した。乳酸菌製品に関心があったのでしょう」

「言われてみれば昔は『味の素ダノン』って言ってたわね」

「カルピスを子会社にしてから、社名を『カルピス味の素ダノン』にした。それからしばらくして、カルピス工場のそばの敷地に工場を作った。それからカルピス工場のあたりが乳酸菌の一大聖地になる」

「カルピスは、今や『味の素』の元を離れてアサヒビール系になったけど。」

「だけど、ダノンは日本国内で大きくなって、ヨーグルトのシェアを大きく伸ばしているからね」

(「『味の素の元』ってシャレに誰も気づかなかったわね(´・ω・`)」)

「ダノンのメイン工場はまだ拡張していて、そこから全国に配送しているらしい。あの辺りに行くと、グンマーではまずお目にかかれない遠い地域ナンバーのトラックが見られるらしい」

「先生はお金がないから青ダノンしか食べないけど、いつか緑ダノンとか期間限定のピンクダノンを食べたいと思っているのよ」

「それくらい買えよ、貧乏人」

「うるさいわね!o(`ω´ )o それで、全国的に知名度をあげたダノンの大元は味の素とカルピスだったというわけね(『大元は味の素』っていうのもシャレだからね)」

「そういうこと(アウトオブ眼中)」

「(無視したなこの餓鬼)直接カルピスの話じゃないですが、とても面白い話でした。ところでその工場ってどこにあるの」

「館林」

「あれ、群馬県くんは館林はグンマーじゃないって言っていなかったっけ?」

「あそこはグンマーじゃない。グンマーを名乗らないでほしい。俺は知らない」

「ここで、実は先生は休み時間に食べようと思って、東急本店前のドンキで買ってきた青ダノンがあります。これには製造者:ダノンジャパン(株)館林工場 群馬県館林市……ってあるわよ」

 ここで突然群馬県くんに異変が起きた。

「お、俺には見えねえ!」

「えっ」

「見えねんだよ」

「どういうこと」

「読もうとしても、目の前が真っ暗で見えねんだよ」

 クラス中がざわつきだした。

「実は俺、初めて言うけど、館林のことを無視すると目が見えなくなんだよ」

 先生は驚いた。まさか群馬県くんが体に問題を抱えていたなんて。

「えぇ! 先生は初めて知りました。それは群馬県くんの弱点なのね」

 しかし群馬県くんは怒った。

「視力障害になった者に『目が見えないのが弱点ね』とか言って嬉しいか! 教員失格だぞ!」

 それは正論だった。人の障害を「弱点」と呼びがちだが、それを「弱点」と呼ぶのは如何なものか。先生は動揺した。

「そ、そういうわけじゃないけど……ごめんね。でも目が見えなくなる原因はなんなの」

 群馬県くんは強い気持ちを込めて言った。

「言いたくねえ」

 先生は困った様子だった。

「言いたくないって……先生、どうしたらいいの……」

 そこへ博識の栃木県ちゃんが、

「群馬県くんは『上毛かるた』やってたわよね」

「そうね。全部暗記しているとか」

「私も『上毛かるた』やったことあるの」

「えっ? 栃木県ちゃんも?」

 栃木県ちゃんは、なぜ古くからある群馬県の心の文化財、上毛かるたを知っているのか。

「群馬県と栃木県って、昔は上野国・上毛国こうづけのくに、下野国・下毛国しもつけのくにと言って、形は違うけど人口も面積も同じくらいで、双子のようなものだと私は思ってるの。マスコミとかテレビ番組とか漫画とかは対立を煽るのが好きだし、ネット掲示板とか他の地域の人たちは事情を知らないから仲が悪いかのように言っているけど、実際はそんなことなくて、急な山とか渡河困難な河川が境界になっているわけじゃないから、平野部はお互いに交流が盛んで、境界線を意識しないものなの。それで私も『上毛かるた』をやったことあるの」

「考えてみればそうだよね。境界線なんて、山縣有朋あたりが勝手に決めた人為的なものだし、それで人と人との間に壁ができて、お互いに憎しみあってバラバラになっていれば、人と人とが協力して物事を進めることができなくなるわよね」

「その話はまたにして。それで、上毛かるたのルールでは、試合の前に同じふだを三回読むの。『鶴舞う形の群馬県』を三回」

「そのフレーズ、聞いたことある」

「その文言から推測すると、館林は鶴の目の部分に相当するの」

「それじゃ、館林を無視したため、目が見えなくなったってこと?」

「そう思います」

「じゃ、群馬県くんの失明を回避するには……」

「館林の話題をやめればいいのだと思います」

「わかったわ」

 先生が栃木県ちゃんの意見をいれて、群馬県くんに話しかけた。

「群馬県くん、カルピスの話はここまでにしましょう」

 その瞬間、

「おぉ! 急に目が見えるようになった! (ΦωΦ)フフフ…」

「スゲーというか、怖えー」と他のお友達から声が上がった。


    ——————————


「続いては、誰にしようかな。神奈川県ちゃん、いってみようか」

「ごきげんよう。神奈川県は企業の創業の地というのが多くございまして、その中でも今回は、これなどはいかがでしょうか。生麦のキリンビール」

「生麦って、あの生麦事件の?」

「さようでございますわ」

「ビールの原料が麦だから生麦にビール工場ができたわけ?」

「詳細は存じませんが、地名と製品がうまく結びついた例はあまりないでしょう」

 そこで茨城県くんがいった。

「トヨタは豊田市だっぺ。地域と製品名が結びついてる」

 群馬県くんが反論した。

「お前さ、豊田市はもともと挙母市ころもしって呼んだんだよ。トヨタの知名度が大きくなって、市名の方を変更したの。同じような例だと、天理教が有名だから天理市って名前になったわけ」

「ヱビスビールだって恵比寿の地名と一緒になってっぺした」

「それは地名を製品名に取り入れた例で、その方が多い。お前んとこの『日立』とか、『とちおとめ』とか『ふさおとめ』とか『あきたこまち』とか」

 群馬県くんからは、なぜか女性に関する名前ばかり出てきた。

「うっ……その地名出されたらちょっと動悸がしたけどそれは置いといて、日本電産コパルとか兼松日産農林とかも地名がついてるんか?」

「お前、わざと言ってんべ! 日本電産とか兼松とかどこにそんな地名があんだよ。経営支援した会社の名前を冠につけてるだけ。水戸納豆だって、水戸納豆ってのが先にあったから水戸って地名になってるわけじゃないだろ。トヨタとか天理教が特殊な例なの」

「そりゃそうだな」

 東京都くんが言った。

「確かに地名から企業名っていうのは多いな。東京芝浦電気とか、東京三菱UFJ銀行とか。人の名前だって、武州熊谷出身で熊谷直実、野州足利出身で足利尊氏、上州新田郡出身で新田義貞」

 それに対して埼玉県くんが言った。

「東京三菱UFJ銀行の東京は『東京銀行』に由来してて、直接的には東京都とか東京府の東京じゃないと思うよ。でも東京銀行の前身は『横浜正金銀行』だ。あれ? 横浜がいつの間にか東京に変わっている!」

 埼玉県くんは一人混乱していた。

 神奈川県ちゃんは落ち着き払って言った。

「殿方、そろそろよろしいでしょうか」

「失礼いたしました! お嬢様!」と茨城県くんと群馬県くんが一斉に頭を下げた。

 この様子を見たクラスのみんなが思っていた。時々二人はシンクロしている。実は相性がいいのではないかと。

「国内最初のビール醸造所は横浜ですわ。キリンビールの前身だと言われておりますが、誰が最初に作ったとか、日本人で最初に作ったのは誰かとか、日本人による最初の醸造所はどこだとか、あれこれ言い出すときりがないですが、西洋人が居留地に住み始め、西洋文明が入ってきた横浜の地が国内のビール発祥の地として適切ではないかと、わたくしは勝手に思い込みすぎてやみません」

 サリー先生は言った。

「西洋文化の流入は、西欧人との貿易港のあるところが先なのね」


「それでは次に栃木県ちゃん」

「私のところは、レモン牛乳です」

「それは有名よね」

「近頃、アイスとかサブレとかにもなっています」

「実は、先生も飲んだことあったのだけど……」

 東京都くんはいった。

「『レモン牛乳』は栃木の味って言ってますけど」

「筑波山に行った時、地元のスーパーで!」

「イエ————!」

 茨城県くんが立ち上がってVサインをした。群馬県くんに向かって。

 それに対して、群馬県くんは冷静に、ごく当たり前であるかのように答えた。

「それってさ、北関東のスーパーに卸してただけだろ」

 サリー先生も続けて言った。

「そう。先生は『カスミストア』で飲みました」

 しかし茨城県くんのテンションは上がりっぱなしだった。

「古すぎ! 今は『カスミ』っていうんだよ」

 それに群馬県くんとサリー先生が反応した。

「だからなんだよ」

「だから何よ」

 二人の共同戦線が意外だった茨城県ちゃんは、たじたじとなった。

「いえ、なんでもありません(^_^;)」


    ——————————


 栃木県ちゃんは言った。

「私も知らないうちに『栃木県でしか売っていない」って言われるようになったの。調べたら、メーカー自らがそう主張しているように思えるの。別のサイトのテキストを引用して」

 サリー先生は尋ねた。

「栃木県ちゃんとしてはどうなの?」

 栃木県ちゃんは、以前から騒動になっているテーマについて語った。

「私は、おいしいものはみんなで食べたいと思うの。どこそこの味とか決めつけないで。おいしいのがあれば、みんなで食べればいいと思うの。それがうちが本家だ、うちが宗家だ、うちが元祖だって始まって、それをマスコミがさらに対立を煽るような書き方をして、ますます紛糾しちゃって、せっかくおいしいものなのに、おいしさがどっかに飛んでいっちゃうのが残念なの」

「先生は、その地元でしか食べられない物のは、あってもいいと思うけど」

「だって、関東レモン牛乳は少なくとも以前は北関東のたいていのところで手に入ったわけでしょ。それが栃木県でなくては味わえないって地域限定みたくなるのは悲しいの。おいしいものは、自分の身近なところで、みんなで一緒に食べようよ。それが一番おいしいよ」

 無口な埼玉県くんが久しぶりに授業で発言した。

「確かに、僕のところのガリガリ君だって、『埼玉の味』って言われたら違和感がある。全国にファンがいるわけでしょ」

 次に茨城県くんが言った。

「俺んとこの『うまい棒』だって、いつの間にか全国レベルになっていて、この間、公共放送の再放送で神戸の駄菓子屋の話をやっていて、そこに出ていて、家族を亡くしたばかりの若い兄ちゃんが『生まれてくる子どもと一緒にうまい棒を食べたい。今と変わらず二十円で』って言ってくれて、俺は涙が出たよ。うまいものって、みんなで食べるから本当にうまいんだなって」

 そして群馬県くんも。

「俺の『ペヤングソース焼きそば』だって、ヤングがペアになって食べてほしいって願いからそのネーミングになったっていうだろ。それがグンマーでしか売ってないってなったら、俺と栃木県ちゃんは、電話で話しながら、一緒にペヤングが食べられないわけだよ。グンマーの味って言われるのも嬉しいけど、どこででも買えて、みんなの心で味わえるペヤングであってほしいと思うんだよ」

 しかし、全く空気の読めない茨城県くんが茶々を入れた。

「別に食わなくていいよ。俺が栃木県ちゃんと一緒にうまい棒を食えばいいんだから」

「なんだと、てめえ。いい話してやってんのによ!」

「調子に乗ってんじゃねえぞ。馬野郎が!」

 サリー先生が止めようとした。

「やめなさい。二人とも!」

 しかし止まらない。

「いつやってもいんだぞ!」

「ああ、ここで決着つけてやっからよ!」

 サリー先生は二人を掴んで教壇の前に連れ出してビンタした。

「いい加減にしなさい! ( ‘д‘⊂彡☆))Д´) 彡☆))Д´) パンパン」

「痛え」

「先生は思います。地元の味って決めつけて、自分で自分を狭い世界に閉じ込めるのは必ずしもいいことではないかもしれない。でも地元だけの味としてやっていのにも、それ相応の理由があると思います。狭い世界こそがいいのか、広い世界がいいかって、いちがいに比較して決めつけることはできないと思います」

 ここで黙っていた東京都くんが口を開いた。

「昔々、ある地方のメーカーが、新製品を開発し、百年来のヒット商品だと大受けして、それを引っさげて関東にやってきた。そこでも大ヒットしたのだけど、西の方にはあまり受けず、そのままブームが去ってしまった。本体が逝きかけたメーカーは、関東に建設した工場を別のメーカーに譲渡して地元に戻って商売をするようになった。工場を譲り受けたメーカーは、地域名をつけていまでも売っていて、それから長い年月が経ち、このジャンルの定番製品になった。果たして、うまいものはみんな全国展開した方がいいと言い切れるか。企業にとって、創業の地を出るってのは、勇気と覚悟がいることなんだよ」

「○パンから出ているあれのこと……言われてみればそうかもね」

「俺たちの身近でも、例えば、その商店街でうまいと評判の店が、もっと客の多そうな繁華街に引っ越しをしたら、全然売れなくて店じまいしたってこともあるわけだよ。いろいろなところに頭を下げてお金を借りて、新たな顧客をつかもうと新規事業を起こしました。しかし経営がこけました。そうしたら、こちらのことを信用してお金を貸してくださった方々に大きな借金を返さなければならないんだよ。俺らは生活がかかっているのだから、そう簡単に新たな世界に踏み出そうなんてことはできないと思うよ」

 実例があるだけに、説得力のある東京都くんだった。


    ——————————


「それじゃ、東京都くんのオススメの飲み物はなに?」

「俺のところはいろいろな飲料メーカーの本社があって、何をとってもうちの飲み物になるわけだけど、このテキストの趣旨に沿った製品を挙げるのなら……」

「挙げるなら……」

「目黒本町にある風見飲料のラムネ」

「目黒区でラムネ作ってるの?」

「少なくとも目黒区の銭湯で飲むラムネの定番。区内全ての銭湯に行ったわけじゃないけど。風呂上がりの牛乳とかラムネってうまい。家の冷蔵庫よりもキンキンに冷えている」

「都内でラムネを作ってるの?」

「他にも何軒か作っている会社があるらしい」

「大企業がたくさんあるのに、中小企業がよく生き残っていられるわね」

「そこには略称『分野調整法』という法律があって、特定業種に大企業が参入できないように規制され、中小企業の経営が保護されている。ラムネ業界をはじめとして」

「そうなの?」

「豆腐もそう」

「納豆は?」

「納豆はオープンになっているけど、近年豆腐も規制がゆるくなっているらしい。零細企業の廃業が進んだからではないかと推測するけど、はっきりしたことは不明」

「豆腐もやればいいのに」

「先生は、一家で細々とやっている町のお豆腐屋さんを潰したいの? 意外に数多いんだよ、お豆腐屋さんって。僕は幼稚園に通うとき、町のお豆腐屋さんが、店の裏におからを積んでいて、それからもうもうと湯気がたっているのが印象的だったよ。お豆腐屋さんって深夜から仕込みをしているわけだよ。それでいったいどれだけの数の豆腐が出るわけ?」

「別に、そういうわけじゃないけど……みんなの議論を盛り上げるために言ってみただけよ。でも東京都くんの話っぷりからすると、いまの話じゃなくて、だいぶ昔の話っぽいけど」

「……世界的に大きい納豆メーカーはキッコーマンらしい」

「醤油も大豆製品だから?」

「豆腐はハウス食品らしい」

「昔、家庭で手軽に作れる『本豆腐』って手作り豆腐の素みたいなの出してたわね。


    ——————————


「次に千葉県ちゃん」

「うちはマックスコーヒー」

 そこに茨城県ちゃんも絡んできた。

「奇遇だな〜。僕もそれだったの」

「だからてめえはなれなれしく話しかけんなよ。うぜんだよ」

「そんな〜」

 先生は尋ねた。

「茨城県くんと千葉県ちゃんは、同じのでいいの?」

「マックスコーヒーはチバラキのソウルドリンクなのです」と茨城県くんが言うが、千葉県ちゃんは茨城県くんのことがあまり好きではない。しかし今回だけは、

「あたしはそのチバラキって言葉嫌いなんだけど、製造経緯を考えると、今回は寛容にならざるをえない」

「マックスコーヒーは茨城県と千葉県だけで売ってたのね」と先生が言うと、栃木県ちゃんが急いで割り込んできた。

「私のところでも売っていました。だけど人口が少なくて、声高にいう人が少なかったので有名にならなかったのだと思います」

「これって、まだコカコーラ・イーストにまとまってなくて、関東の中でも分かれていた頃のオリジナル製品でしょ」

「利根コカコーラのです」と千葉県ちゃんが答えた。

「先生は、三国コカコーラが埼玉県・群馬県・栃木県で、利根コカコーラが茨城県と千葉県だと誤解していました」

「栃木県の所属が違ったね」と茨城県くん。

「これは市販のコーヒーの中で、かなり甘い方じゃないの」

「それがいいっていう人多い」

「やっぱり子どもの頃に飲んだ味なわけね。ノスタルジックな甘さ」

「コカコーラ製の、缶で飲めるコーヒー牛乳ね」

「なるほど。今はどこででも見かけるようになったよね」

「おいしいものはみんなで飲もうよ」と栃木県ちゃんが言った。

「そうね」


    ——————————


「それでは最後に埼玉県くん」

「ピルクルごっくん」

「それは『ヨークごっくん』でしょ」

「ピルグリムファーザーズ号の乗組員からつけた名前だったのね。アメリカは史上初の『理念』によって作られた国だって言われるけど、ピルクルの関係者はフロンティア精神を持って製品を市場に送り出したのかもね。先生は、社名になっているヨークは学校給食で時々出ていたのを覚えていますが、ピルクルが出ていたかどうかまでは微妙ですね」

「僕は、甘みのついていない牛乳より好きだった」

「まあ、酸味もあっておいしいしね」

「時々ツイッターでお姉さんも飲んでる。『ピル飲んでます』ってアピールながら」

「女子がピルクル飲んだっていいだろ。1リットル一気飲みしたって。それともなにか別の意味でもあると思ってるのか? どうせオヤジ週刊誌のいうことを真に受けてあたしなんかを誹謗しようとしてんだろ? えぇ?!」と、なぜか千葉県ちゃんが吠えた。

「さすがにそれは、ヤバすぎない?」と微妙な顔をして東京都くんが言った。

「血糖値って急激に上昇するらしいから、甘いものを短期間に大量摂取するは、たとえ女子でもやめた方がいいですよ」

 埼玉県くんのいう通り、糖尿病にならないように甘い製品を過度に摂取するのはよしたほうがいい。


    ——————————


「それでは、今日の結果を発表します。今日は、おいしいものは蛮勇を奮って全国に飛び出した方がいいか、それとも本体が逝かないように地元だけで生き続けるのがいいのかっていう議論が起きました。議論が出るのはとてもいいことだと思います。どっちの考えの方がいいか判断するのはみんなの方ですが、先生は、おいしいものは身近なところでみんなで食べようよという考えが好きです。だけど、東京都くんは、おいしいものをみんなに知らせるためには、大きな犠牲を払いかねないから気をつけようね、と教えてくれました。そういうことを踏まえて、今回は、建設的な議論のきっかけを作ってくれた栃木県ちゃんの関東レモン牛乳改め関東・栃木レモンが優勝です」

 先生は服を脱いで、レースクイーン水着になった。

 茨城県くんが尋ねた。

「先生、毎回思うけど、それっていつも下に着て授業やってるの?」

「そうよ、いつ勝負してもいいように」

「なんの勝負よ」

「『日々是決戦』っていうでしょ。うちのクラスにも貼って……なかった」

「それ違う施設の教室じゃないの?」

「とにかく、今日も勝者の証、星の形によく似た交通安全ステッカーを貼ります。栃木県ちゃんの愛車は何かな?」

「スーパーチャージャープラス四駆にあらずんば、『クルマ』じゃない!」

「今このテキスト読んで気になったけど、『車』と『クルマ』って違うの?」

「あたしのは、走りを楽しむための『車』じゃない。走りに勝つための『クルマ』だ!」

「栃木県ちゃんは、黒いランエボ3ね」

「ぶぼん、ぼぼん、ぱぁん、ぼぼん、ぱぁん、ぶぼん、ぱんぱん」

「今日はぱんぱんうるさいわね。さっきビンタもしたし」

「ミスファイアリングシステムだ」

「栃木県ちゃん、口調が変わってるわよ。もしかして車に乗ると人格変わる人?」

「誰がラーメン屋だって?」

「言ってないわよ、いろは坂の猿だなんて」


  …………………………


 今日もサリー先生の熱い授業が終わった。

 議論をすると人格を攻撃されたかのように感じる人が多い。しかしこのカンパチ幼稚園の園児たちは、自分を第三者の目で見ているかのように冷静である。

 自分の意見だけが全てではない。議論は積み重ねることでよりいい結論に近づくものだ。辛く苦しい第一歩を歩み出すことは大事かもしれないが、自分の立ち位置を考えて手堅くいくことも大切だ。商売は水物なのだ。

 しかしこれだけは言える。バブルは危険だ!

 毎日着実に歩め! そしていつかはチャレンジだ! 一都六県幼稚園児!

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