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一都六県が幼稚園児  作者: アセロラC
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第四話 みんなのまちのおいしいおかし

サリー先生と園児たちの授業シリーズ。今回は、郷土のお菓子について取り上げます。意外な起源のお菓子メーカーがあります。

一都六県が幼稚園児 第四話 みんなのまちのおいしいおかし


 赤い半袖に大きな白いボタン、ミニスカートにおばさんパーマの小池サリー先生が教室に現れた。

「今日は魔法使いサリーのコスプレしてみました。こんにちわ!」

「オーッス!」

「そうじゃなくて、オイッス!」

「こんにちわ」

「はい、今日もとってもいいおへんじができましたね。今日の授業は、『これはおすすめ。これを食べないと人生で損をしているぞ』っていうみんなの町の名物お菓子を教えてください。ただし、ここでのネタとしてふさわしいものがいいですね」

 茨城県くんが手をあげて質問した。

「例えばどういうものですか」

 サリー先生はここにふさわしい条件について説明した。

「例えば、虎屋の羊羹ですとか塩瀬の和菓子ですとかっていうと、それは五歳児にはふさわしくないと思うのです。もっとどこででも気軽に買えて、気楽に食べられるスナック菓子なんかがいいでしょうね」

「ではジャンクフードでいいんですね」

「そうねぇ。全国チェーンのファストフードはちょっと違うと思うけど、でも実はうちが発祥の地だとか本社はうちにあるとかだとみんなに紹介する価値があると思うわ」

「わかりました」

「複数あげてもらえるともっといいですね。」

「はーい」


「それでは誰が一番早いかな」

 今回、群馬県くんは手を挙げなかった。

「どうしたの、毎回手を挙げるのが早い群馬県ちゃんだけど、今回は上がらないの?」

 群馬県くんはこの手の方法に不平を漏らした。

「各地域を平等に扱っているように見えるけど、こういうのって、実は人口の多い地域や歴史があるところの方が有利だ。グンマーとか栃木県とか、人口の少ない地域は不利だと思うんですが、いかがなもので」

 サリー先生は群馬県くんの発言に少し正当性を見出したようだ。

「そうね。テレビなんかで、安易に都道府県対抗みたいなことをやっているけど、人口の多い少ないがあって、必ずしも人数的とか面積的に平等な勝負になるわけじゃないわよね。まずはそのことがわかっただけでも、この授業の目標の一つは達成できたと思います」

 少しうれしかった群馬県くん。しかし

「でもがんばって、おいしいお菓子を紹介すんべ。……うーん、やっぱりねーな」と諦めかけている。

「あるでしょ。なんかあるでしょ」と励ますサリー先生には、

「ペヤングソース焼きそばとかサッポロ一番シリーズとかならあるけど」ととりあえず言ってみた。しかし、

「それはお菓子とは言えないよね。カレーが飲み物と言えないように」

 どことなく英語の暗唱例文のような発言だった。

「言っている人いましたよ。テレビタレントで」と、茨城県くんが言った。それに対して予想していたかのようにサリー先生は、

「一般人の感覚からしてみたらという意味。テレビに出ている奇抜な格好して奇抜なことを言っている例外的な人が正しいと思うならそれも個人の価値観だけど、一般の価値観とだいぶずれていると思います」と主張した。

 相変わらず群馬県くんは悩んでいた。菓子は思いつかないが、ジャンクフードならとりあえずこれだろうと思って、

「桐生の金属金型の会社が始めた築地銀だこのたこ焼きとか……。まあ、自分で言ってるのに自分で突っ込むのもなんだけど、たこ焼きはジャンクだけどお菓子じゃねーし」

 群馬県くんは自己完結してしまった。思考がどん詰まっている証拠だった。

「群馬県ちゃん、無理しないでもいいのよ。今日はしばらく考えてね」

「考えさせておくんなせぇ」


「それでは次に誰がいるかな。では栃木県ちゃん」

 真面目で優等生っぽい栃木県ちゃんが席を立って答えた。

「はい、武兵作のえびせんべい、レモンサクレ、東京拉麺の三つをあげてみました」

 サリー先生にはえびせんべいに思い当たることがあった。

「えびせんべいって、御徒町の二木の菓子の店頭のワゴンに積まれているあれ?」

「そうです。あそこへ行けば必ず買える、手頃な価格で身近なところで買えるってはっきりしているのが手軽に食べられるお菓子だと思います」

 栃木県ちゃんは、手軽なお菓子について定義していた。

「あのせんべいは久助なんだけど、一袋の量が以前より減ったように思うのよね。でも先生は好きで買いに行くの。六つとか大型レジ袋に詰めてもらって、地下鉄銀座線の網棚に乗せたり、足元に置いたりして、周囲の冷たい視線に耐えながら帰ってくるのは、度胸というか根性が必要よね。先生はやってるけど」

「美味しいですか」

「あのメーカー、栃木県栃木市なのよね。栃木県の元県庁所在地だったところ……」

 突然栃木県ちゃんの様子が変わってしまった。

「あぁ……先生、その話はやめてください……む、胸が苦しい……胸にヒビが入って、バラバラになりそうな苦しみが……」

「どうしての、栃木県ちゃん! 何かあったの?! 先生にだけこっそり教えて!」

 話すんじゃない、栃木県ちゃん。先生はただの野次馬根性で聞いているだけだ。もし先生にその秘密を話したりしたら、これからそれをネタにして、今後からかわれ続けるかもしれない。しかし正直な栃木県ちゃんは、

「これは私の古傷なんですけど……ああ……苦しい……だれか私のブレザーのボタンを外して……」

 正直すぎるぞ、栃木県ちゃん。

 するとクラスの男子たちが群がった。

「隣のよしみで俺が外すよ、栃木県ちゃん!」

「どけよカッペ、俺がやるんだよ!」

 そこに千葉県ちゃんが割り入った。

「男子は引っ込んでなさいよ、やらしい! 栃木県ちゃん、わたしが……」

 それを手で制したのは神奈川県ちゃん。

「このあたくしを差し置いて、みなさん、なんという思い上がりなの。ノブレスオブリージュ(「貴族の義務」の意味)。これはわたくしのやることです。さあ皆さんはケガをしないように、わたくしの剣の届かない範囲にすっこんでいなさい!」

 なぜ剣が出てくるのか理解できないが、とにかく有無を言わせない神奈川県ちゃんの剣幕に恐れをなした男子たちは、神奈川県ちゃんから大きく離れた。

 しかしサリー先生は頭の中で状況をよく考えていた。

(「このシチュエーション……いや、このスケベ心丸出しのガキどものことではなくて……どこかで見たことあるわ……この状況では、ブレザーのボタンを外してはいけない。はっきり思い出せないけど、三つ目のボタンは外してはいけないって、40年前のもう一人の私が教えてくれているわ……」)

 先生はこの状況を打開するのではなく、回避することを思いついた。

「それじゃ話を戻すわ。先生はヒビの入った厚めのせんべいも好き。ちょっと高級だけど」

「『城壁』ですね」

 栃木県ちゃんの苦しみがけろっと消えて、普通のテンションで答えている! 早くも痛みは消えてしまったようだ!

「あのひざつき製菓のって、意外にドラッグストアやスーパーに並んでるよね。久助でない正規のえびせんべいが入手しやすいのもいいわよね」

(「話題をそらしただけで、栃木県ちゃんの苦しみが消えた。この手は有効かもしれない! しかしなぜ苦しみだしたのか、よくわからない……」)

 サリー先生は大変なことに気づいてしまった。しかし栃木県ちゃんはいつもの調子で授業に参加している。


「フタバ乳業のレモンサクレはどうですか?」

「カップが他に比べて背が高くて、おっしゃれ〜な感じがして、先生は好きです。あれが出始めた頃、グリコがかき氷カップの真ん中にバニラアイスを入れたのを出してたと思うの。コーラ味のはコーラフロートっていって。よく覚えていないけど」

「赤城乳業の赤城しぐれじゃないですよね」

「先生は、赤城しぐれはカップに入ったかき氷で、それを固めて棒に刺したのがガリガリ君って理解しているけど。森永もかき氷に煉乳をかけたのを出してたと思うな。もう忘れたけど」

 そこに茨城県くんが質問した。

「だから先生は、いったい何歳なんすか?」

「『永遠の二十四歳』ですが、何か?」

「どうして大昔のことを知ってんだよ」

「ググったの」

「ググって得た知識というよりは、先生の経験を語ってんじゃねえの?」

「文字情報を、こうやってこうやって、うんしょっとやって、頭の中で変換して、あたかも見てきたかのように、まるで実体験であるかのように語る技術は、教育者にとってとても重要な能力の一つだと思います」

 先生「こうやって……」と行っていた時、身振り手振りで説明しようとして、米俵を頭と両肩の上で回しているような、先生の両肩について離れない水子の霊を腕で払うかのように、全身全霊を込めて両腕を回していたため、大汗をかいていた。

「じゃ、経験したねぇんだな」

「くどいぞ! 『永遠の二十四歳』以外の何物でもない!」

「わかったよ」

 茨城県くんは渋々引き下がった。

 しかし、よく考えろ。ここは下がるところじゃない! 今の先生の謎の動きを追求するところだ!

「先生、次に行ってもいいですか」

 栃木県ちゃんがボソッと言った。

「はい、脱線しましたね。最後の説明をどうぞ」

「東京拉麺と言いますが、実際は足利のメーカーです」

 爆弾発言ぽいことを千葉県ちゃんはさらりと言った。千葉県の中の東京のついた固有名詞は一番有名だ。埼玉県にもある。しかし、栃木県にもあったのか。

「チキンラーメンの小型版というか、ベビースターラーメンを固めたのというか、スープの素を絡めた明星チビ6のサイズで、百均でよく見かける小型ラーメンね」

 それに茨城県くんが突っ込んだ。

「先生、チビ6のコマーシャルをせんだみつおがやってたとか、知名度はあるけど意外に販売期間は短かったなんて、そんなこと誰も知らねえよ」

「そんなこと誰も言ってないじゃないの。君こそどうしてそれを知ってるの。五歳児なのに変じゃないの」

「ググった」

「そう、ググればいいのよ。私たちに過去の経験で語れることなんてほとんどないのだから。しかも人様に語れるほど誇らしい人生を歩んできていませんからね」

 先生は小さくまとまってしまった。


「次、埼玉県くん」

「ガリガリ君、五家宝、三枚京焼」

「三枚京焼って埼玉県くんはよく言ってるわよね。メーカーが廃業して、それを引き継いだメーカーも生産しなくなって、マーケットから見なくなったのよね。輸送中とか陳列するときに割れやすかったのがよくなかったのかな」

「新潟のメーカーが類似品を出すこともあるね」

「味をよく考えて定番化したらいいのにね。いずれにしても代わりがないっていうのはなんとも言えないわよね。日本の政治もそうだけど。ところで五家宝はね、ちょっと思い出があるの」

「男組ですか」

 埼玉県ちゃんのリアクションはスムーズだった。

「そう、すごーい栃木県ちゃん! 先生がある家に行ったのね。そうしたらテーブルの上にお茶菓子で、まだ緑色だった頃の五家宝があったの。そしたらおばさんがそれを一掴み渡してくれて、向こうに漫画があるからこれ食べながら待っててねって言われたの。その漫画がサンデーで、連載中の男組読んでたら、主人公の流全次郎たちのグループ『五家宝連』のスキンヘッドの伊庭いばさんが敵に捕まってたとこだったの。それを流が『伊庭、俺は信じてるからな!』って力強く言うシーンが泣けたのね。記憶で言ってるから正確じゃないけど、多分こんな感じだったと思うの。でも、ここで先生が強調したいのは、原作者の雁屋哲先生は、絶対五家宝が好きだと思うわ」

 相変わらず長話の先生だが、この話のポイントは雁屋哲先生のことなのか? 先生の思い出じゃなかったのか?

「ごく最近の五家宝は緑色でなくなりましたよね。今のきな粉色の方が自然でいいと思います」

 栃木県ちゃんの言葉に続いて、またしても茨城県くんが口をさしはさんだ。

「だからお前ら一体何歳なんだよ」

 余裕をかましてサリー先生は答える。

「コンビニ版のサンデーコミックスを読んだのよ」

「チッ」

 またしても引っ込む茨城県くんだった。

「それもだいぶ前だけど。先生が小学生か中学生くらいの頃。あのコンビニ版は完結しなかったのよ。受ける受けないは時代によって変わるのよね。(よかった、『連載中』って言ったのを気づかれなくて)」

 先生はこの場をうまく切り抜けた。


「それでは、人口が多い神奈川県ちゃん、どうぞ」

「ごきげんよう。鳩サブレー、ハーバー、ういろうでございます」

「有明のハーバーは愛されてるわね。横浜みやげと言ったらこれでしょう。でもそんなに定番なお菓子を作っているメーカーが倒産するなんて信じられなかったわ。世の中はいったい何が起こるかわからないわね」

「ういろうには、心の臓の薬のと、かつてはおまけでくださったお菓子のういろうの二種類があるそうでございます」

「ういろう御殿というか、小田原城の天守閣みたいな建物があるわよね。初めて見たとき、羽柴誠三秀吉さんが築いたのかと思ったわ」

「いろいろなところで立候補していた羽柴誠三秀吉さん、お亡くなりになられましたね。某自治体の首長選挙で本当に当選しそうになったり、巨大なミサイルのレプリカを某国に向けて建設したら、米軍から日本政府に照会があって、外務省あたりから叱られたっていう噂が出たり。日本には様々な危機がございますわね」


「次に千葉県ちゃん。今回はちょっとおセンチなの?」

「(古い言葉ねって指摘する気力さえないわ)はい、とりあえず、ぬれ煎餅とまずい棒」

「ぬれ煎餅といったら銚子電鉄よね。今でも時々買ってるけど」

「保線作業が進まないほど経営が悪化していて、社員が手打ちのHTMLで作った貧相なホームページで『お金を稼がなくちゃならないんです』って訴えてたんですよね」

「あの時の銚子電鉄には泣けたわ。支援のためにぬれ煎餅を買ってあげたいと思っていて、その機会を探していたのよ」

 千葉県ちゃんは、突然新製品の営業のような口調になった。

「それで今回はまずい棒のご提案なんですけど……」

「なるほど。『経営がまずいんです』って正直に言っちゃうのもいいわよね。実際に鉄道事業よりも物品販売の方が利益出ているらしいけど。でも公共交通ってそう儲からない性格の事業だと思うのね」

「痛み入りましてございます」

「(どこの時代の人間だよ)一般庶民は低賃金・長時間労働・パワハラだらけの劣悪な労働環境で仕事しているじゃないの。その労働者から搾りに搾り取って、大企業は過去最高のケイツネだとかいってじゃんじゃん溜め込んでいるわけでしょ。それを社会に還元する意味で、弱小鉄道事業者を支援してもいいと思うのよ」

「今日の先生、吠えてるね」

「一度、大手出版社の旺文社が経営危機になったことがあったのね。それを三菱商事が支援したの。そして再び経営が軌道に乗るようになったら、いつまでも子会社化しておかないで、スパッと経営から手を引いたのね。そういうカッコいい会社ってないのかしらね」

「旺文社には学習参考書でお世話になっていますが、そんなことがあったのですか」

「ここでみんなに注意しておくけど、事実は別として、授業で話しているのは先生個人の考え方だからね。君たちは君たちの頭の中でちゃんと意見を作ってほしいの。授業の中で学び、知識を吸収して、自分の意見を築くことが大切なの」


「次に東京都くん」

「うちも人口が多いのでお菓子も多いですよ」

「期待してます」

「東京ばな奈、雷おこし、錦糸町の麩菓子」

「東京ばな奈って東京土産の定番になってるけど、元々は合羽橋の食器メーカーが発祥らしいのね」

「今でも店を開いているんですよね」

「こういう意外な産品があるから、会社の沿革を見るのってのおもしろいのよ。人生もそうじゃない。むかしフェームっていうドラマがあったんだけど、みんながダンサーになろうと練習しているのね。だけど舞台に立てるのはほんの数人で、多くの練習生が徐々にダンスをやめるの。だけど自分の能力が足りないことに気づいて挫折する人だけじゃないのよ。ダンス以外の道を肯定的に捉えて積極的にそこに向かっていく人もいるのよ。ダンサーになるだけが幸せじゃない。ダンサーになる途中で見つけた違う道がある。それを目指して行こうっていうのがいいのよ(ToT)」

「むかしから先生が苦労人であることはよくわかりました」

「何を言ってるのよ。確かに過去には苦労して、いろいろな職業を経験をしたかもしれないけど、いまの先生は幼児教育一筋。それでいいじゃない」


「最後は茨城県くん」

「やっぱ、ハートチップル、うまい棒、チートス」

 そこで東京都くんが悔しそうな顔をしながら独り言を言った。

「そっか、もっと駄菓子で攻めるんだった。成増には湖池屋とかあるし。ギンビスも明治もカルビーも森永も、他にも色々あったじゃん」

「東京都くん、後悔しても遅いのよ。もう発言した三つで勝負するしかないのよ」

「はい」

「またこのバトルの第二弾があるかもしれないから、それまでに勉強しておくのよ」

「はい」

「ところで茨城県くん、ハートチップルってどうしてニンニク味だかわかる?」

「会社の、方針だから」

「思わず成田三樹夫が無言で握手したくなるビールのコマーシャルのシーンって……そういう理由じゃなくて、先生のごく個人的で勝手な予想なんだけど、ハートを上下逆にしてみたら……」

「逆さにしてみたら……ニンニクの形だ!」

「1973年の発売前の企画段階でニンニク味が先なのか形が先なのかわからないけど、なんとなく子ども受けするハート型のを先に作って、味をどうしようとかという検討が後に来て、形を見て、その頃流行っていたスタミナのつきそうな風味のニンニク味と決めたんじゃないかな。あの頃は、三波伸介がコマーシャルやっていた鉄火焼シリーズにもニンニク味っていうのがあって。その当時発生したオイルショックによって高度成長がどんづまった企業社会は、労働者からさらなるやる気を引き出そうとしていたのだと思うの。ニンニクを食べさせて」

「滋養強壮の飲み物とか流行っていましたよね。いまでも話題に出ますけど、大村崑が卵を混ぜたオロナミンCに驚くコマーシャルとか、赤まむしドリンクとか、朝鮮人参ドリンクとか、高麗人参茶とか」

「そうね。ニンニク味のせんべいっていうのも鉄火焼以外にもあったのよ。それでじゃないかと勝手に想像していますけど」

「うまい棒は、数年前の鬼怒川の堤防決壊で工場に浸水するんじゃないかって心配がありましたが、結局大丈夫だったんですよね。でもメーカーに寄付金が集まったりしたとか」

「あの時ほど全国の人たちにうまい棒が愛されているって思ったことはなかったわ。正直言って、文字通り子ども騙しじゃん、駄菓子って。だけど、それを子どもの頃に食べた人たちは、様々な大人になったわけじゃない。社会的にも経済的にも成功した人もいるし、そうでない人もいるし。共通しているのは、その人たちがうまい棒を食べた経験なのよ。それをいつまでも覚えていて、大人になったらなんらかの形で恩返ししたいと思っていて、志を出したわけでしょ。そういうのっていい話だなって思うのよね」

「今は常総市って言いますけど、あの地域はよく氾濫する小貝川もあって、水害の発生しやすいところなんですよ。地名も水海道って言った方が通りがいい人もいて、水運の結節点のような歴史があるんです。でも、もう人がたくさん住んでしまっているのだから、堤防をしっかりして水害を防がなければならないのです。だけど必ずしも満足に整備されていなくて、近年でも河川の氾濫に悩まされるのが残念なのです」

「茨城県くんも五歳児じゃないな」

「五歳ですよ。なに誤解してんすか」

「鬼怒川の氾濫は2015年の秋。そのころ君は……」

「二歳児っす。まだ物心がついてないっす」

「じゃ、どうしてあの悲劇を知ってるの」

「親や祖父母に教えてもらったっす。水害を含め、自然災害の経験は先祖から引き継ぐべきなんです」

「そうなんですか、山本さん」

「そうなんですよ、川崎さん」

「ほら引っかかった。絶対五歳じゃない」

「……」

 茨城県くんは黙ってしまった。


「それでは、今日の最優秀賞を発表します。神奈川県ちゃんのハーバー、千葉県ちゃんのぬれ煎餅、埼玉県ちゃんの五家宝、茨城県ちゃんのうまい棒。それぞれのお菓子には先生の話すも涙、語るも涙の思い出があります。でも今回の最優秀賞は、茨城県ちゃんです。それでは勝利者インタビューです。喜びの声を一言!」

「イエー。オカヤマノ、オバチャン、ミテル?」

「勝利のポイントはなんですか?」

「ヤマトダマシイ!」

(「絶対に五歳じゃないわ」)

(「ぜってー二十四歳じゃなかっぺした」)

 そこで群馬県ちゃんが心の中で呟いた。

(「さすがにこのやり取りは古すぎだろ。わかるのはせめて六十台のボクシングマニアじゃねーか」)

「それでは続いて記念品の贈呈です。茨城県くんの愛車はなんですか」

「白のワゴンR」

「この車もスカート履いて、見るからにいじってるわね。後ろのガラスにでかでかと『NARIAGARI』とか『今度飯どーでしょー』とか貼って。後ろが見えないでしょ! 違法よ」

「店長に合法だって言われたし」

「だから向こうは商売でそう言ってるのよ」

「それに『車検の前に元に戻せばいいだけだから』って、すごく親切にしてくれるし」

「それ親切じゃなくて、もろに店長の違法回避行動じゃん。やっぱ違法じゃん。それってまともなショップなの?」

 茨城県くんはキレた。

「店長の悪口を言うな!」

 先生は呆れながら言った。

「┐(´д`)┌ヤレヤレ。それでは首都高環状線バトルで勝者に贈られる黒い星によく似た紅葉の形の高尾山交通安全お守りステッカーを貼りましょうね」

「うちの方には、笠間稲荷とか筑波山神社のお守りステッカーがあります」

「今度めっちゃイケてる交通安全ステッカー特集とかやりたいわね。それではまた!」


 今日も涙なしでは見られない熱い授業が終わった。

 ところで今年は台風の被害が多い。水害で困っている人たちが多数いるのだ。

 被害に遭っていない人たちにとっては他人事かもしれないが、自然災害は日本中どこに住んでいても、いつ自分が被害者になるかわからないのだ。いま目の前で被害に遭っている人の苦しみは、あしたの君たちの苦しみなのだ。

 苦しんでいる人、困っている人の心を思いやる気持ちが今ほど必要な時代はない。

 豊かな想像力を身につけろ! そして動くのだ! 一都六県幼稚園児! 戦え、サリー先生!

  …………………………

「最後に栃木県ちゃん、さっき苦しんでた時、何をしゃべっていたか覚えてる」

「私、何か言ってました? 苦しさのあまり意識が朦朧としていて、何を話したのか全く覚えていません」

(「やっぱり」)

 何かに気がついたサリー先生だった。

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