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プレゼント

 映画館を後にしてから、俺たちは一度ファーストフード店に入った。

 飲み物だけ注文して、二人掛けの席に向かい合って座る。


 先ほどから上機嫌でニコニコした表情を浮かべる夏奈に、俺は一応、さっきまで見ていた映画の話を振ってみた。


「映画、面白かったな。誘ってもらってよかった」


「私も、優児君と映画を観られてよかったかな。内容は、優児君のせいで全然覚えてないけど」


 ご満悦な夏奈。

 それから、彼女は俺の足に、自分の足を絡ませてきた。

 足をひいて逃れようとするのだが、彼女はそれを追って、触れ合おうとしてくる。

 いつにもまして積極的だな、と思ったが……それは俺のせいでもあるので、何とも言えなかった。


 俺はコーヒーを飲みながら、問いかける。


「まだ時間あるし、どこか行きたいところあるか?」


「うん。テニスウェアを見てみたいから、スポーツショップに行っても良いかな?」


 俺の言葉に頷いてから、夏奈はそう言った。


「ああ、問題ない」


「それじゃ、一緒にショッピングだね」


 にへらと相好を崩し、夏奈は幸せそうに言った。

 ただ一緒に買い物に行くだけなのに、そんなに喜ばれると、俺も照れてしまう。

 それを顔に出さないように、俺は無表情を装って「お、おう」と相槌を打つのだった。





 そして、近くのスポーツショップに移動した。

 テニスの専門店らしく、ラケットやテニスシューズなどの品揃えが豊富だった。


「テニスウェアが見たいんだよな?」


 ご機嫌な様子の夏奈に、俺は問いかける。

 彼女は、大きく頷いた。

 それから、ウェアが取り揃えられているコーナーで立ち止まる。


「優児君に、選んでもらいたくって!」


 と、明るく言った。


「俺が選んだものより、自分が気に入ったものを買った方が、良いと思うぞ」


 俺が言うと、夏奈は不服そうにしたが、その後に閃いたように、手を叩いた。


「それじゃ、私が気にいったいくつかのウェアを見てもらうから、その中で優児君が一番良いって思ったのを買おっかな! なんだか、デートっぽいし! ね?」


 ね? と言われても……、「そうだな、デートっぽいな」とは流石に言えない。


「それじゃ、早速選ぼっか!」


 楽しそうに言ってから、夏奈はテニスウェアを見ていく。

 気になったものはすぐに引っ張り出して、


「これとか、どうかな?」


 自分の身体に重ねて、俺に問いかけてくる。

 明るい色のウェアで、夏奈に良く似合うなと思った。


「ああ、良いんじゃないか?」


「ホント? それじゃー、こっちは?」


 今度はそう言って、淡い色のウェアを見せてくる。

 

「似合うんじゃないか?」


「えへへ、それじゃ……こっち!」


 今度は暗い色のウェアだ。

 これまでのより、大人っぽい感じだ。


「そういうのも、アリだな」


「ホント? 嬉しいな。……って!」


 そう言ってから、夏奈は目尻を釣り上げて、口調を固くして言ってきた。


「なんか優児君、適当に言ってないかな?」


 ムッとして、頬を膨らませる夏奈に、俺は言う。


「いや、思ったことをそのまま言っている。夏奈はスタイル良いから、基本的になんだって似合うよな」


 俺の言葉に、プイと視線を逸らしてから、夏奈は問いかけてきた。


「……それなら、今までのだったら、どれが一番良かった?」


「俺としては、一番最初に見せてきた、明るい色のウェアが良かったな」


 俺の言葉に、夏奈はラックに掛けたウェアを手に取って、掲げてきた。


「これ?」


「そう、それだ」


「……ちょっと、試着してみるから、ついてきてもらっても良い?」


「ああ、いいぞ」


 夏奈は試着室へと向かい、俺もその後について行った。

 試着室に入った夏奈が、着替え終えて出てきた。


「どう……かな?」


 どこか照れくさそうな表情を浮かべて、彼女は俺に問いかける。

 明るい色のウェアが、夏奈の華やかな容姿を引き立てており、とてもよく似合っていた。


「良いと思う。似合っているぞ」


 俺がそう言うと、夏奈は柔らかく笑ってから、


「ありがとっ。……それじゃ私、早速だけどこれに決めたよ!」


「そうか。もっといろいろ見ても良いんじゃないか?」


 俺がそう問いかけると、悪戯っぽく彼女は笑う。


「私の色々なテニスウェア姿を、優児君は見たいのかな?」


「……そういうわけじゃないから」


 俺の答えに、満足したように笑ってから、


「それじゃ、私着替えるから! ……覗いても、良いからね?」


 と、揶揄うように俺に向かって言った。

 俺はその言葉を聞こえなかったふりをして、


「テキトーに店の中をうろついておくから」


 そう言ってから試着室を離れ、店内をぶらつくことにした。

 後ろから何か夏奈に言われたような気もするが、気にしない。


 そして店内を適当に見て回るのだが、困ったことに俺は別にテニスをする予定がない。

 ラケットを握って「思ったよりも軽いな……」とか、テニスシューズを手に持ってから「結構軽いな……」とか。テニス用品の軽さに感心するだけの謎の時間を過ごす。


 それから、今度は小物類が置いてある棚の前に立つ。

 目の前にあるのは、リストバンドだ。

 普段走ることも多いし、あったら便利かもな。そう思っていると、


「優児君、リストバンド欲しいの?」


 後ろから、先ほどのウェアを買い物かごの中にいれた夏奈に声をかけられた。

 

「特に欲しいわけではないけど、あったら便利そうだと思ってな。夏奈は、テニスをしている最中は着けたりしているか?」


「うん、着けてるよ。……あっ、これ可愛いっ!」


 そう言って、夏奈は棚から一つのリストバンドを手に取った。

 

「気に入ったんなら、買ったらどうだ?」


「うーん。でも、今日はテニスウェアを買ったし、また次きたときに考えるよ」


 夏奈は手にした商品を、丁寧に棚に戻した。 


「それじゃあ、他に見るものは特にないのか?」


「うん。今から、レジに持っていくよ」 

 

 そう言ってから、彼女は店内中央にあるレジへと向かった。


 俺はそれを見届けてから、先ほど夏奈が見ていたリストバンドを手に取ってから――。




 

「優児君、今日はありがとっ! すーっごく、楽しかったよ」


 スポーツショップを後にしてから、夕食を二人で食べ。

 帰りの電車を待つ、駅のホームで夏奈が俺に向かって言った。


「ああ、俺も楽しかった」


 俺が答えると、彼女は満面に笑みを浮かべてから、


「そう言ってもらえて、嬉しいなっ! ……今日選んでもらったテニスウェア、今度応援に来てもらった時に着るから……楽しみにしててね?」


 俺に向かってそう言った。


 その言葉に一度頷いてから、「ところで」と前置きをする。

 夏奈は首を傾げて、俺の続く言葉を待った。





「今日って、夏奈の誕生日だったよな?」






「……え? え、そうだけど。……どうして知ってるの!?」



 夏奈はその言葉を聞いて動揺を浮かべてから、俺にむかって尋ねた。


「ああ、やっぱりそうだったか。……昔、ナツオから聞いていたから覚えていた」


 彼女と過ごした、小学生の頃の夏のこと。

 いつも、誕生日の前には自宅に帰っていたナツオから、前倒しで誕生日プレゼントが欲しいとアピールされたことが何度かあった。俺はそれを、覚えていたのだ。


「……そ、そうだったっけ? そうだったかも……。やだ、凄く恥ずかしいな」


 顔を真っ赤にしてから、夏奈は俯いた。

 

「で、でも! そんな何年も前のこと、よく覚えてたね?」


 顔を上げてから、瞳を輝かせて夏奈は問う。

 ……池と出会うまでは、『ナツオ』が、俺にとっての唯一の友人だったから。

 だから俺は、彼女の誕生日のことを、寸前で思い出せたのだろう。


「まあ、たまたまだけどな」


 顔を赤くしたまま、夏奈は俺を見つめてくる。なんだか照れるな、と思いつつも。


「というわけで、誕生日おめでとう」


 俺はポケットからスポーツ店で購入した、夏奈が可愛いと言っていたリストバンドが入った小さな包みを取り出して、それを渡した。


「え?」


 と、呆けた表情をしながら、それを受け取った夏奈。

 数秒、何が起こったのか分からないといったような表情を浮かべてから、彼女はぽつりと呟く。


「えと、中を見ても良いですか?」


「ああ。気に入るとは思う」


 俺が頷くと、彼女は包みを開く。

 それから、中に入っていたリストバンドを見て、目を見開いた。


「これ……いつの間に、買ってくれたの?」


「夏奈が会計を済ませていた時、別のレジでな」


 堂々と買うのもなんだか照れくさくて、こっそりと買い、そして別れ際のこのタイミングで渡すことになったが……。


「ありがとっ、優児君。 ……すっごく、嬉しいなっ」


 そう高い買い物ではなかったが、喜んでもらえて良かった。


 そう思っていると、両手でちょこんとつまんだリストバンドで口元を隠しつつ、彼女は告げた。



「でも、優児君はすっごく悪い男の子だ。……私の気持ちに応えてくれないくせに、これ以上惚れさせて、どうするつもりなのかな?」



 どういうつもりも何も、俺はただ、友人の誕生日を祝いたいと思ったのだ。

 ……それで、彼女を傷つけたのだとしたら。結局これは、ただの自己満足なのかもしれないな。

 

 そう思い、俺が言葉を発そうとすると、夏奈が俺の口を片手でふさいできた。

 何のつもりだろうかと、俺は視線で彼女に訴える。

 すると、夏奈は優し気で、それでいてどこか艶やかな視線を俺に向けながら、口を開いた。



「今は、『好きだから』って返事以外……聞いてあげないからね?」



 大人びた表情で囁く彼女の言葉を聞き、綺麗だなとドキリとする。

 しかし、彼女が求めるように、好きだからと答えるわけにもいかず。


 ――口をふさがれた俺は、大人しくお手上げをするしかないのだった。

 


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